第9話 少女の色

 ダンジョン遠征が決まってからボクに合わせた装備品の作成のため少し休暇を貰った。


 なんでも赤の装備は熱がこもりづらく、熱に強い素材を使わなければならないため、基本オーダーメイドになるらしい。


 高級ポーションより0がひとつ多い値段に顎が外れそうだったが、巻き込んだお詫びにとゼインさんが立て替えてくれた。

 瀕死のボクを救ってくれたり、装備を仕立ててくれたりと、ラヴァさんとゼインさんには頭が上がらない。


 バーミリオン家御用達の武具屋で採寸だけ済ませ店を後にする。


「貰った装備以上の仕事をするぞ…」


 ゼインさんの仕事は激務なのもすっかり忘れ、感じた恩に報いようと決意を新たにする。

 しかし、今日は久しぶりに貰った休暇だ。

決意を新たにしても体を休めることを忘れてはならない。


 が、貰った小部屋に戻ってベットで寝るというのはしたい気分ではなかった。

 ボクはヘトヘトの体に合わせて軽い運動も兼ねて都市を回ることにした。

 知識としてだけ入れた都市を実際見て回るのは治安維持のためにも役立つだろうと、決意に対してもいい選択だ。


 ゼインさんも採寸代よりもだいぶ多めに持たせてくれたため、都市を回ってゆっくりしてもらう予定だったのだろう。

 受け取ったひと月弱のお給料を握りしめ初めて余裕のある都市探索へと出る。


 まずはバーミリオン家の周囲、都市北部に位置する活気のある商店通り。

 ここは授業でよく説明のあった辺りだ。

 赤の周りのおかげかどの方向からも凄まじい熱を感じる。


「安いよ安いよ!とれたての果物に直送野菜!どれも新鮮だよー!」

「直剣、短剣、槌に長槍、弓や盾もあるよ!武器屋にも負けない高品質!まけとくよー!」

「あーお兄さんお兄さん寄ってかないかい、気になるあの子に使えば一滴でメロメロだよ…へへへ」


 真っ赤に熟れた果物やみずみずしい野菜、恐ろしい安さで売られている雑にまとめられた武器、怪しい薬を売る老婆…


 他にも見渡せば色々な店がある。


 たくさんの店が並ぶ通りにはこれでもかと人が詰め込まれている。

 迷子にならないように子供たちがしっかりと親の手を握りしめて歩く様子は微笑ましい。

 ボクも少しくらい贅沢をしようと小腹が減ったので1本5カッパーの立派なジューシーな串焼きの露天の香りにつられ引き寄せられる。


「都市に来た直後は黒麦パン(1カッパー)をかじってたのに、なんて贅沢なんだろう…」


 あとは無駄遣いせずに生活費以外を村の育てのおじいちゃん、おばあちゃんに仕送りしようと銀と銅の硬貨が少し入った袋をしまう。


「それじゃ、一口…」


 熱々の肉汁が滴る立派な串肉を頬ばろうと人通りの少ない路地によけ、齧りつく。

 パリッと焼けた皮に、むっちりと弾力のあるお肉。味付けは香ばしい香りを放っていたタレで口いっぱいに広がる。


 噛んだ断面からは肉汁が流れ、熱々の肉汁は口の中で肉とタレと混ざり合う。


「ボクは幸せを知ってしまった…もう黒麦パンになんて戻れない…」


 今まで食べたことの無い贅沢品に恍惚の表情を浮かべる。

 二口目に齧りつこうとしたその時


「あ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 通りの方から少女だと思う大きな声が聞こえる。

 都市の見回りがてらと歩いているのだからバーミリオン家(仮)としても行かない訳にはいかない。


 肉串を冷ましたくないと思いながらも、路地から出る。


 通りの真ん中で叫び声の主はいた。

 140cm程の小柄な褐色の体に、どこか野性味を感じさせる色が抜けた金の髪を雑にふたつに束ねている。服もお洒落ではなく毛皮と布を合わせたものを纏っていて余計に野生児を想像させる。


 状況が飲み込めずにいると少女は大声で叫ぶ。


「トゥーのアイスどーしてくれるの!」

「嬢ちゃんからぶつかってきたんだろーがよ! アイス買ってはしゃいでんじゃねぇよ!」


 トゥーと名乗る少女がアイスを冒険者にぶつけてしまったらしい。

 小柄な少女と50cmほども差のあるいかにも冒険者といった風貌のスキンヘッドの男は、アイスをぶつけられたことに苛立っている。


「トゥーのアイス!」

「ガキじゃ話にならねぇ! 親呼べや!」


 少女が地団駄を踏みながらアイスの怒りをぶちまける。

 スキンヘッドの冒険者はアイスから離れない少女に苛立ち始める。


「エレトロは連れてきてないもん! 久しぶりのお小遣いだったのに!」


 どうやら少女は一人で来ているようだ。両親が解決すると言うこともない。


「アイス買わないならトゥーも怒るから!」

「やってみろクソガキ!」

「やばいぞ、アイツ武器出した離れろ!」


 冒険者が武器を振り上げ、少女の髪が逆立つ。周りの客達は巻き込まれるのを嫌って離れようとする。

こんな人が多いところで冒険者が少女に手を上げるために武器を振り回すなんてありえない。


「待ってください!」


 ボクは二人の間に割って入り冒険者に銀貨数枚を差し出し頭を下げる。

 冒険者もトゥーという少女もキョトンとした顔をしていた。


「これでクリーニング代は足りますよね! 剣は収めてください!」

「なんだよお兄ちゃんときてんのかよ。初めからそうしときゃいいんだよ」


 剣を収めた冒険者は出てきたボクの腰にあった給料袋を取り上げ満足そうな顔をうかべる。


「迷惑料込みだこっち貰ってくぜ」


 気分良さげに男が去った後、人助けをしたはずなのに暗い顔でがっくり項垂れた。


「仕送り分がァ…」


 下を向いた顔を少女がしゃがんで覗き込む。


「シオクリ?食いもんか?」

「ボクを育ててくれた人に生活できるようにお金を送るはずだったんだ」

「なに! それじゃあ肉が食えないじゃないか!」


 トゥーは慌てた顔で足と手をバタバタさせる。


「取り返してくる!」


 冒険者が去った方向を向き、また喧嘩になりそうなことを言う。


「ダメだよ、女の子が喧嘩なんてしちゃ」

「喧嘩しなきゃいい? なら簡単だよ?」


 キョトンとした顔で小さな顔を傾げる。

 揺れるツインテールが可愛らしい。


「んじゃ行ってくるね! ちょっと待ってて!」

「ちょ…待っ!」


 待ってといい切る前に少女の体がブレる。

 足元の石畳が少し凹み、少女が恐ろしい速さで移動したことに気づいた頃遅れて風が吹く。


「あの歳ですごい色持ちなのかな…」

「トゥーは黄色だよー、凄いでしょー? んひひ」


 いつの間にか右手に給料袋、左手に冒険者の財布を持った少女が目の前で得意げに立っている。


「はいこれシオクリ」

「ありがと⋯で、そっちのお財布は…?」

「同じことしてきた! 悪いことしたら自分に帰ってくるってエレトロが言ってた」


 少しムッとしたようにほっぺを膨らませる。感情が表に出やすいのかいちいち可愛らしい。


「でも財布はダメだよ…」

「これでさっきのアイス買うんだ! 一緒に食べよ!」


 少女はやり返しただけだし本来取られた側が悪いのは冒険者業界では常だ。そんなに入ってないし生活には困らないだろう。


「じゃあ食べようか。」

「うん!」


 晴れ晴れとした気持ちでアイスを一緒に食べた。

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