第81話 悪魔
「――うっぐ……。これでもまだ動くのか……」
放たれた矢はトロルの上半身全てを弾き飛ばし、残った下半身はパタリと地面に落ちた。
どうみても戦闘不能、それどころか死んでいる筈の見た目たっていうのにピクピクとそれは動き、断面はじゅくじゅくと音を立てながら再生しようとしている。
これはあれだ、切られたばかりの蜥蜴の尻尾や頭を潰されてももがく害虫なんかに似ている。
「そっちがまだその気なら……『回復弓』」
俺は軋む身体に鞭を打って仕方なくもう一度弓を構えると回復弓で痛みを誤魔化しながらトロルに近づいた。
だが、近づいてよく見るとトロルの身体は再生を試みているだけのようで一向に元の形に戻る気配がない。
再生という強力なスキルを発動させ続けるにはそれ相応の魔力が必要な筈。
ここまで削れてしまった身体にはそのスキルを十分に発揮してやれる程の魔力が残っていないのかもしれない。
「わざわざ止めを刺してやる必要はないか。だったら先にこっちだな」
トロルを無視して地面に落ちている赤いそれに目を向ける。
直接身体に繋がっていないのに、脈を打つトロルの心臓。
グロテスクな見た目に喉の奥から何かが込み上げてきそうになるが、ぐっと堪えてその上に足を置く。
――ぐち゛ゃっ……
力を込めて押し潰すと、トロルの心臓は血を噴き出しながら地面と一体になる。
あれだけ厄介だと思っていたあのトロルもこれで死ぬと思うとなんだか呆気ない。
『レベルが303に上がりました。ステータスポイントを2取得しました』
アナウンスが流れ、上にいるトロルの死亡が確定する。
これでクロが少しでも楽に戦えるようになっているといいんだが……。
「まだ身体が痛むが、早く戻って加勢に行かないと――」
――しゅう……
クロの身を案じて休む事なく登り階段へ向かおうとすると、放っておいたトロルの身体が空気の漏れるような音を響かせながら萎み始めた。
ここへ来るまでに幾度となく見てきたサキュバスによる吸収。
あの状態のトロルを吸収して行われる自己強化などそれほど脅威にならないと思うが……。
「……走るか」
一抹の不安を感じとった俺は、まだまだ痛む身体を無理矢理動かして階段を駆けていく。
不安によって高まる胸の鼓動は気持ちが悪く、呼吸の仕方を忘れてしまったかと思わせる程息を詰まらせる。
「もっと早く、早く……。クロ……。――クロッ!」
サキュバスの体液の効果がまだ残っているのか、クロの事を思うと口から勝手にその名前が溢れた。
そして階段を登りきった先で俺の目に映っていたのは、地面に横たわるクロと1匹のモンスター。
モンスターは正に悪魔と見間違う程凶悪な顔で禍々しい角を2本生やしている。
「なんだこいつ……。サキュバスはどこ――」
「ふふふふ、お帰りなさい……。まさかあれがあなたに負けるなんて思わなかったわ。本当に強いのね。でも、この姿になった私はもっと強いの。さぁあなたもこの子みたいに痛めつけて……たぁっぷりと調教してあげるからね」
胸の膨らみと不適な笑い声。
どうやら俺の不安は現実となってしまったようだ。
「デコイがなくなったくせに強気なんだな」
「あなたこそ、デコイがなくなっただけで随分と憎たらしくなったわね。でも、そういう子程いい声を上げてくれる。私を楽しませてくれる」
「……悪趣味だな」
「直ぐにあなたもハマってくれるわよ、ふふふ」
サキュバスだったそいつは笑いながらゆっくりとこちらに近づき始めた。
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