第55話 更なるバフ
「つ、う――」
「あ、おはようございます一也さ――。い、飯村さん」
「おはよう。……朱音は酔うとあんな感じになるだけで別に本気で怒ってるわけじゃないから。いつも通りでいい。気にするな」
「は、はい」
「う、うぅ……」
「……ほら本人もこんな様子で、きっと覚えてすらいないさ。それに――」
「クロちゃんは、私達の、事嫌い、なの? よそよそしいの、嫌……」
「朱音はこう言っているし、俺とも歳はそう離れてなさそうなんだからもっとフランクでいい」
怒り上戸ならぬ説教上戸の朱音による地獄の様な飲み会から一夜明け、俺は少し痛む頭を押さえながら先に起きていたクロをフォローする。
朱音はまだ寝ているが、眠りが浅いようで寝言を呟いている。
探索者として仕事をしている時はこうもっと凛としていて格好いいのに……。
「じゃあ、あ、朱音ぇ……。朝だよぉ。違った、もうお昼だよぉ」
クロはしどろもどろに敬語を止めて寝ている朱音を起こす。
一緒に暮らす人がずっと敬語だと堅苦しく感じてしまうと思っていたから、俺としてもこれはいい機会になってくれたと朱音には感謝している。
だからといって急に押し掛けて来た事も、酒癖が良くないのも勘弁して欲しいところではあるが。
『サポーターとの親密度が上昇しました。サポーターによる対象となる人間への更なるバフが可能になりました。反対にサポーターへのバフ付与、一部スキルの貸出も可能になりました』
「親密度の上昇……そういえばあったな」
「この報告、ちょっと恥ずかしい」
今後ダンジョンの正常化に必要な要素の1つなのだろうが、クロとしたら心情を晒されてる気分なのかもしれない。
あんまりそっちには触れず、取り敢えずは新しく出来るようになった事だけ確認しようか。
「更なるバフ。これってリジェネ以外も使えるようになったって事だよな?具体的に何が出来るようになったのか聞いてもいいか?」
「はい! あ……うん! 移動速度アップのスキルが使えるようになって、バフを掛けた対象の取得した経験値を他の人達にも与えられる『レベルギフト』っていうスキルも使えるようになったの」
「『レベルギフト』か、俺にはあんまり意味のないスキルだが――」
「それ私に掛けてもらえる?」
いつの間にか目を覚ましていた朱音がスッと話に入ってきた。
さっきまでの寝姿が嘘みたいにシャキッとした顔つきで、あれだけ飲んだってのに二日酔いもないみたいだ。
寝起きが良いってだけじゃ説明がつかないが、目覚めが悪いよりはずっといいな。
「いいですよ……いいよ! でも効果時間は決まってるみたいで、2日間だけになるけど」
「構わないわ。今日から拓海や『ファースト』の仲間と合流してダンジョンに潜るから」
「経験値を他人に与える……。なるほど、彩佳と淳をこれで元に戻そうって事か」
「それもあるわ。でも、拓海でさえボロボロになった階層を抜けて今後はもっと深い階層に行くんだもの、仲間のレベルアップは必須よ。しばらくは統括モンスターに手を出さずレベル上げね。……飯村君が手伝ってくれたらあっという間に終わるかもだけど――」
「今日はクロと東京見物に行くから無理だ。この辺りより新宿とか渋谷とか都会らしい街並みを見てもらって美味い飯を食って……親密度は高めて上げた方が絶対に得だからな」
「それってただのデートじゃ――」
「親密度上げだ」
朱音は俺の言葉を聞くと黙り込み、どこかへ通話する。
もしかして付いて来るつもりか?
「あ、拓海! その今日なんだけど私――」
「拓海さん! 朱音さんに経験値を仲間にも分けられるバフを掛けたので、止めは出来るだけ朱音さんに任せてあげてください、任せてあげてね」
『りょ、了解した。……朱音、仲間もちょろちょろ集まりだした。まだ時間はあるが遅刻だけはするなよ。11階層以降はまだ危険が潜んでる。絶対に1人だけで侵入しないように遅刻はするな――』
「何回も言わなくたって分かってるっての……」
クロの善意が朱音のズル休みを阻止したみたいだ。
悪い事は出来ないな、本当に。
「じゃ、じゃあ私は行くわ。飯村君、クロちゃんに絶対変な事しちゃ駄目だからね」
「分かってる。それより家で支度もあるだろ? 急いだ方がいいぞ」
「朱音さん、また遊ぼう!」
屈託のない笑顔に見送られながら、朱音は苦笑いを浮かべて家を後にした。
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