第18話『螺子先輩のメンテナンス・3』

ピボット高校アーカイ部     


18『螺子先輩のメンテナンス・3』 





 これでも食べて待っていよう。



 マスターは焼き立てのラウゲンプレッツェルと自分のコーヒーカップを持ってきて、ボクの横に腰を下ろした。


「売れ筋じゃないけど、このプレーンなのが本来のラウゲンプレッツェル。焼き立ては、こっちの方が美味しいと思うよ」


「いただきます」


 知恵の輪がくっ付いたようなラウゲンプレッツェルは、バリエーションが多くて、僕もお八つ用に買っていく。


 プレーンも買ったことがあるけど、僕も祖父もバニラとかシュガーとか日本人用にアレンジした方が口に合っているようで、数回買っただけだ。


「……あ、別物ですね!」


 香ばしさと、ほのかな甘さが新鮮だ。


「うん、熱いうちは、これが一番。工夫次第では、冷めても変わらない味にはできるんだけどね。ちょっと柔らかくなりすぎて、逆に、焼き立ての風味は損なわれるんだ」


「奥が深いんですね……あ思い出した。焼く前にラウゲンプレッツェルに塗っているの、ラウゲンて言いませんでした?   あ、さっき先輩に塗ったのも?」


「うん、そうだよ」


「螺子先輩ってラウゲンプレッツェルと同じなんですか?」


「ハハ、別物だよ。ラウゲン液は、ただの苛性ソーダ液だからね。使い方が似てるんで、昔から、そう言ってるんだ」


「ここの本業は、どっちなんですか?」


 マスターは、少し考えてから別の話をし始めた。


「要の街に捕虜収容所があったのは知っているかい?」


「え、まあ……」


 要の街には、第二次大戦中に捕虜収容所があって、そこで捕虜虐待があったとかで、戦後B・C級の戦犯になった人が居る。小学校でも中学校でも習った要市の黒歴史だ。


「その顔は、第二次大戦の方しか習ってない?」


「え?」


「百年ちょっと前に、第一次大戦があって、捕虜収容所はそのころからのものなんだ」


「そうなんですか?」


「第一次大戦はドイツとの戦争でね、収容されていたのはドイツ人ばかり。捕虜の扱いは、国際法に則った模範的なものでね、街の中を散歩も出来たし、ドイツ語やドイツ音楽や油絵とかを市民に教えていた捕虜もいた」


「え、そうなんですか」


「日本がちゃんとやったことは、あまり教えないからね。中には、この街が気に入って、終戦と同時に除隊したり帰国してから日本に戻ってきて、街に住み着いたドイツ兵も居たんだ。ボクのご先祖とか、螺子くんを作ったロベルト・グナイ・ゼーエン博士とかね」


「ええ、そうだったんですか!」


「二人とも日本人のお嫁さんをもらって、それから百年以上たってしまって今に至っているというわけさ」


「いやあ、知らなかったです!」


「僕は、もう五代目だから、ドイツの血は……1/32かな。もう完全に日本人だけどね、カミさんはハーフだから、ちょっとドイツが戻って来るかなあ。要の大晦日に駅前で第九の大合唱やるでしょ、あれって、ドイツ人捕虜が……」


 マスターは、僕の知らない要と、ドイツの関係と昔話をたくさんしてくれた。




「そんなに話されたんじゃ、螺子の楽しみが無くなってしまうわ」




 ビックリして振り返ると、螺子先輩が元気な笑顔で立っている。


「あ、直ったんですね!?」


「うん、ギュンター先生のメンテもよかったし、新しいラウゲン液も合ってたみたいだし、当分、大丈夫よ」


「よかったよかった!」


「イルネさんも、マスターもありがとうございました」


「体温計見せて」


 イルネさんが手を出すと、先輩は腋の下から古い水銀体温計を取り出した。


「う~ん、まだ42度ある。やっぱり、平熱に戻るまでは服着ない方がよかったわね」


「裸でもよかったんだけど、それじゃ、鋲くんに嫌われそうだったから……もうちょっと冷ましてから出ます」


「そうした方がいいわね、いま、ジンジャエール作ってあげるから」


「すみません、ジョッキでください」


「うん、大ジョッキにしとくわ」


「あ、イルネ、僕たちも」


「あら、ジンジャエールでいいの?」


「むろん、ビールで」


 マスターとイルネさんはビール、僕たちはジンジャエールで、ドイツのビール祭りのようになってきた。


「螺子ちゃん、鋲くんには、きちんと話しておいた方がいいよ」


「そうですね、リフレッシュもしたことだし、明日からは『螺子を裸にするツアー』とかやりましょうか」


「なんか、ネーミングが(^_^;)」


「アハ、ごめんなさいね、こういう性分なものなんで」


 学校の(現在の)制服を着ている時は清楚で、言葉遣いもお嬢様風なのに、根っこのところはちっとも変わらない。


「でも、先輩。言葉遣いとか仕草とかは、ぜんぜん変わるんですね」


「そうねぇ、わたしってお人形だから、着るものや持ち物とかで変わるのよ。まあ、見た目で分かると思うから、鋲くん、よろしくお願いします(>◡<)」


 か、可愛い……


 やっぱり、この人の笑顔は反則だ(#*´o`*#)。




☆彡 主な登場人物


田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部

真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長

中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート

田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父

田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

プッペの人たち              マスター  イルネ

一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

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