第16話『螺子先輩のメンテナンス・1』
ピボット高校アーカイ部
16『螺子先輩のメンテナンス・1』
ごめんね田中くん、部活じゃないのに付き合わせて。
部活では見せたことのない優しさで、先輩は手を合わせた。
最初にゲートをくぐった時、お地蔵さんの陰に隠れる直前、おざなりに手を合わせた。
あの時の男性的ぞんざいさではなく、アニメの女の子が「無理言ってごめんね」という感じなので、戸惑ってしまう。
ちょっと反則的な可愛さだ。
「えと……いつものようには喋らないんですか(^_^;)?」
「え? いつも通りですよ」
「いや、先輩は、いつも『鋲!』って呼び捨てじゃないですか、苗字を、それも君付けなんて初めてですよ」
「え、そう? 学校の友だちには、いつも『さん』『くん』付けしてるわよ」
「あ……そうか、いまの先輩は部活時間外の?」
「え、そうよ……あ、わたしったら体操服のまんまだ!」
そう言うと、先輩は部室のある旧校舎に駆けこんでいった。
昇降口横の掲示板をボンヤリ見ながら先輩を待つ。
―― 部活は休みにするけど、ちょっと付き合って欲しい ――
昼休みにメールが来て、さっき、待ち合わせたところだ。
ジャージで現れたから、校内で作業をするのかと思ったら、駅前までついて来てほしいということで、さっきの「ごめんね田中くん」に繋がる。
あ……可愛い(#^o^#)。
旧校舎から制服で駆けてくる先輩は、スクールアイドルアニメみたいに可愛い。
部活中、ゲートの向こうではララ・クロフトかというくらいにマニッシュで、走る時も陸上選手のようだ。
こっちに走って来る先輩は、腕と長い髪を左右に振って、彼のもとに走って来るアニメヒロインのようだ。
「ごめんなさい、じゃ、行こうか」
生徒の半分は電車通学なので、駅前までは下校中の生徒たちの視線が突き刺さる。
視線の2/3は先輩に、あとの1/3がボクに向いてくる。
月とスッポン
視線を言葉にしたら、その格言が湧いてくる。
「ちょっと、つかまっていいかしら?」
「え、あ、はい」
「ごめんなさいね、やっとメンテナンスできると思ったら、気が抜けてきたのかも……」
右側を歩いている先輩は、最初は左手でボクの二の腕に掴まるだけだったけど、駅が見えてくるころには両腕ですがるような感じになって、同じ道を帰る男子生徒からは殺意さへ感じる(;'∀')。
「あ、そこだから」
「え、プッペですか?」
先輩と入ったのは、ドイツパンのプッペだ。
先輩が、部活中のお八つに買って来る半分以上は、このプッペの商品だ。
「先生は来られてるかしら?」
店に入ると、ショーケースの向こうのマスターに声を掛ける。
「まだだけど、準備はできてるよ。イルネが待機してるよ」
「うん、じゃあ、お世話になります」
「鋲君もいっしょについてやって、一人じゃ階段もあぶなそうだ」
「は、はい」
奥のショーケースの裏には、工房とは別のドアがあって、先輩に肩を貸しながら、階段を下りる。
「だいぶ参ってるみたいね」
地下室に入ると、並んだ機器の向こうから声がかかる。
ボクもパンを買いに来た時にレジに立っていた女の人が顔を出す。
「助手のイルネ、こっち、学校で助手をしてくれている鋲くん」
「ああ、何度かお客さんで来てくれてたわね。お互い助手同士、よろしく」
「あ、ども」
いつの間にか、ボクは助手になってしまったようだ。
「先生、もうじき来るだろうから、先にラウゲン塗るわ。助手君は、ちょっと外で待って……」
「鋲くんにもやってもらうわ」
「え、裸になるのよ?」
「うん、この先、鋲の世話になることもあるだろうから、体験しておいてもらおうと思うの。最初だから、背中だけ」
「そうね、じゃ、助手君は後ろ向いて」
「は、はい(;'∀')」
言葉遣いは優しくなったけど、やることは、いつもの先輩だ……。
十秒ちょっと衣擦れの音がして「もういいわよ」とイルネさんの声。
先輩は、手術台みたいなところにうつ伏せに寝ている。
シーツかなにかで下半身くらい隠すかと思ったら、スッポンポン、うつ伏せとはいえ刺激強すぎ。
「こんな風にね……」
イルネさんはサンオイルのボトルみたいなのを手のひらに出して、先輩の腰のあたりに塗り出した。
「直接手でやるんですか!?」
「抵抗あるでしょうけど、均一に隈なく塗るのは人の手がいいのよ。とくに、今みたいにメンテが遅れてるときはね……こんな風に、刷り込むように……人間だったら、新陳代謝ですむことなんだけど、螺子の皮膚は合成生体だし、ずいぶん無理してるから……」
「ミストとか、スプレーとかじゃ、ダメなんですか?」
やっぱり、直接先輩の体に触れるのは抵抗がある、ありまくり!
「うん、前の助手は女の子だったからね、先生にも言っておくわ……さ、ここからやってみて」
「は、はい……」
ラウゲンというのは、ほんのりと緑色で、均一に塗れていないと濃淡が出て、仕上がり具合が分かるようになっている。イルネさんは背中の上の方だけ残してくれていて、恐る恐る、おずおずと塗る。
イルネさんに手直ししてもらいながらも数分で終えると、ドッと汗が噴き出した。
『先生がこられたよ』
マスターの声がモニターから聞こえて、階段を下りてくる気配がした。
なにもやましいことをしているわけではないのに、なんだかドキドキする。
ガチャリ
ドアノブア回って先生が入ってきた……
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなか びょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなか らこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
中井さん ピボット高校一年 鋲のクラスメート
田中 勲(たなか いさお) 鋲の祖父
田中 博(たなか ひろし) 鋲の叔父 新聞社勤務
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