第293話 言葉の重み

「ふーん。もう何も怖くないという顔ね。弱点が分かったところで力の差は歴然だというのに」


 カケラはひどく冷めた目で俺を見下ろす。

 俺も氷のような視線でカケラを見上げている。


「心も読めなくなっちまったか? 俺はおまえが怖くて怖くて仕方ないぜ。だからこそおまえと戦うためにこれほどの勇気が必要なんだよ」


 カケラのまゆがピクリと動いた。心を読めないことは図星のようだ。

 しかしそれ以上の狼狽ろうばいは見せない。それは単なるポーカーフェイスか、それともカケラには些末さまつなことなのか。


「たしかに心が視えにくくなっているわね。でも能力をそれに集中すればできないことはない。たとえ世界が勇気の白いオーラで覆われようとも、私は能力が同時に使えなくなるだけで種類を一つに絞ればどれでも使えるわ」


「そんなこと教えていいのかよ」


 カケラともあろう者が自分の情報をペラペラとしゃべるなんて気持ちが悪い。うっかり屋さんなんてがらじゃないし、罠でなければ何か意味があるに違いない。


「言うことで保証されるのよ。白いオーラの中でも能力が使えるってね。ねえ、言葉の重みって知っている?」


 言葉遊びか? だがカケラのそれが単なる遊びで済むはずがない。小さな種火が気づくと業火に変わっているように、気の迷いから狂気を引き出すような罠かもしれない。

 俺は感覚共鳴でつながっている仲間の中からスターレをこっそり呼び寄せた。俺の背後につかせ、魔術で俺の判断力を向上させる。判断力向上とはつまり、思考力強化だ。


「何が言いたい?」


「ゲス・エスト。あなた、『何でもするから、もうやめてくれ』って言ったの覚えている?」


「ああ。覚えているとも」


 俺は連続する悪夢の中で地獄を味わいつづけた。限界はとうに超えていて、とにかくその状況から逃れたい一心で出てきた言葉だ。

 たしかその後にもカケラは言葉の重みがどうのと言っていた気がする。


「有言実行強制。もはや一度解き放った言葉は覆せず、その言葉は必ず実行しなければならない。何でもすると言ったわね。ゲス・エスト、現実世界でもあなたの手でエアを殺めてもらおうかしら」


 考えが甘かった。罠にはとっくにかかっていたのだ。俺が考えるべきは罠を回避することではなく、いかに足を取られた罠から脱出するかを考えることだった。

 俺はカケラの言葉に逆らえない。いや、そうじゃなくて俺自身の言葉に逆らえない。

 俺はこうなることをまったく予期していなかった。

 だが、俺の言った言葉がたったそれだけのことでよかった。とても抽象的な表現しかしてなくてよかった。


「ははは。カケラ、なにを勘違いしているんだ。俺が言った『何でもする』っていうのはな、おまえを倒すために何でもするって意味だ。有言実行させてもらうぜ!」


 カケラの表情がゆがむ。これまででいちばん不快そうな顔を見せた。


「なかなかいい後付け解釈ね。まあいいわ」


「ああ。約束を守ってくれてありがとう。約束の履行を強制させられるおかげで、俺も限界以上にやれそうだよ」


 流れは変わった。勝機が見えた。

 ここにいる全員が勇気の白いオーラをまとっている。この状態であれば俺はカケラにダメージを入れられるし、ダメージを入れられるならアレが使える。


「ふーん、なるほどね」


 カケラは能力を俺の心を読むことに使っているようだ。

 そして、いまから使うこの技が始まれば、カケラそれを防ぐために能力をとある一つに絞って固定せざるをえなくなる。


「空気操作概念化魔法・勝利への道程ベスト・クライマックス!」


 勝利への道程。

 かつて一度だけ使ったことがある超絶必殺技。


 次の条件を満たすことで勝利する流れ――そういう空気・雰囲気――を作り、絶対に勝利を得るというルールを作る。


 一、空気の魔法が概念化していること

 二、自分または味方から白いオーラが出ていること

 三、自分およびその場にいる味方全員に勝利への強い意志があること

 四、自分およびその場にいる味方全員が勝利を信じていること

 五、相手に攻撃してわずかでもダメージを与えること


 五つの条件をすべて満たすことによって、不死身だろうが無敵だろうが、どんな強い相手をも倒すことができる。


 カケラが相手の場合、三と四を満たすハードルが極めて高い。

 なぜなら――。


「ベスト・クライマックスは絶対に成功しないわ。私が一人でも心を操作すればいいのだから」


「そうだろうな。それゆえにおまえの能力はそれ一つに固定されるんだ。あとはベスト・クライマックスに頼らず戦っておまえを倒しきる!」


 カケラは常に俺たちのうちの誰かを操っていなければならなくなった。ゆえに、時間操作、未来視、物体操作、読心術のいずれも使えない。

 絶対にダメージを受けない保証があれば一瞬だけ能力を切り替えることも可能だろうが、そんな絶対の保証は存在しないし、用心深いカケラがリスクを冒すとは思えない。


「さあ、誰を操る? 言っておくが、俺は無理だぜ。さっきの有言実行のおかげで俺は必ずおまえと戦うからな!」


 感覚共鳴が一人外れた。

 エアだ。それはカケラが操作するのに選択したのがエアということだ。

 その選択は当然だろう。俺の次に強いエアを操作して俺たちを攻撃することが、最も効率的に俺たちの戦力をぐことになる。


 エアはカケラのそばへ瞬間移動し、上空に二つの大きな黒い穴を作り出した。

 それはワープホールだ。一つの穴からは煌々こうこうと燃え盛る炎の巨大な龍が出てきて、もう一つの穴からは電気をまとった水の巨大な龍が出てきた。胴は長く途切れることがない。


 俺は機工巨人を操って二つの龍の頭を握りつぶすが、龍は炎と水で変幻自在のため、すぐに胴が頭へと変形して軌道を変え、再び俺へ襲いくる。


「一つずつ対処する。水のほうは頼む!」


 水の龍に対抗するようにダースの作ったワープゲートから砂の龍が現われる。それが水の龍にまきついて電気を吸い取った。

 しかし水龍の胴体は激しい流水でできていて、水龍がうねると砂龍はボロボロに崩れ落ちた。


 その間に俺は炎の龍へと向かった。

 炎の龍は一直線に俺に向かってくるが、真空の壁を作るとそれを嫌がって方向転換する。すかさず上下から真空の板で挟みこみ炎を鎮火させる。

 どんなに強い力で炎を操ろうと、酸素がなければ燃焼は不可能。俺にとっては相性のいい相手だ。


 俺は真空の塊をワープホール内に押し込みながら、ワープホールに近づいて神器・ムニキスでその黒い境界を切り裂いた。

 炎龍が発生源とともに完全に消失し、俺は水龍の方へと向かう。


「イル、やるよ!」


「うん!」


 ハーティとイルが並び、水龍を見上げて両手を掲げる。

 イルが掲げる手の先に風が球状に渦巻きはじめた。そこにハーティが熱を加えていく。

 そして、その風の球が勢いよく放たれた。


烈風熱波れっぷうねっぱ!」


 高温の風球が水龍の胴体に直撃し、胴体の一部が一瞬にして蒸発した。

 しかし自在に流動する水の龍はすぐに胴体を修復し、頭を二つに分裂させて、一方は進路をハーティとイルに切り替えた。


「まずいまずいまずい!」


 一目散に逃げる二人。

 直撃する前に黒い空間が現われて水の龍を飲み込む。

 しかし胴体から頭がさらに分岐して黒い空間を迂回うかいする。


 その間、俺は水龍の発生源となっているワープホールへと向かった。

 最初に分裂した片方の水龍はこちらに向かってきていたが、ハーティとイルが一瞬でも動きを止めてくれたおかげで、水龍の攻撃より先にワープホールをムニキスで斬ることに成功した。


 残った水龍はレイジーの発した無数の光線が蹴散らし、空気中に散らした水を盲目のゲンが捉えた。

 一度操作リンクが切れた水に盲目のゲンが先にリンクを張りなおしたので、そこにある水は盲目のゲンのものとなった。


「まだだ! 次の攻撃をされる前にエアを無力化するんだ!」


 作戦は感覚共鳴で伝える。

 ダースのワープゲートでエアの背後にミスト・エイリー教頭を送り込み、彼がエアの頭に触れることでエアの記憶を消す。これでエアは魔術で魔法を再現できない。


「もう、面倒臭いわね」


 カケラのつぶやきとともにエアの感覚共鳴が戻った。

 しかし次に感覚共鳴から外れたのはドクター・シータだった。

 エアの次に強く、記憶を消しても能力が消えない彼を支配するのは順当といえる。


「おまえのほうが面倒臭いっつうの」


 ドクター・シータの体が白い肉塊に変化し、体積が急激に膨張する。

 そして何本もの鋭利な触手が飛び出し、さらに重装兵のような姿の人形がたくさん飛び出してくる。

 かつてドクター・シータと戦ったからこそ分かるが、あの人形は量産型のくせに一体一体が強い。

 カケラのターゲットが移ったので、教頭にはエアの記憶を元に戻させた。


「あの人形たちはメルブランとリーンに任せる。メルブランは《絶対切断》を付与して戦え。リーンにはまたムニキスを預ける。それから、ドクター・シータ本体はエアと盲目のゲンに任せる。エアは機工巨人を使え。残りは俺とともにカケラを叩く!」


 俺は喋りながら戦略を組み立てて伝えた。この高速思考はスターレのおかげだ。

 俺はムニキスをリーンの方へ投げると、リーンは華麗にそれを受け取った。もちろん空気を操作して受け取りやすいようにしていたが、おそらくそれがなくてもリーンなら難なく受け取っただろう。


 空を飛びまわるリーンとメルブランは、次々と肉人形を切り裂いていく。二人のほうは問題なさそうだ。

 そしてもちろん、ドクター・シータ本体への対処も問題ない。


 ドクター・シータの剣のような触手を機工巨人が弾き、その背後からエアが魔法を打ち込む。光に始まり電気、炎、氷と怒涛どとうの波状攻撃をお見舞いしている。

 そこに盲目のゲンによるひときわ強力な水の攻撃が加わることで、ドクター・シータを完全に押さえ込んでいる。


「こちらの戦力もかなり削がれているが、おまえの能力はこれで完全に封じた。覚悟しろよ、カケラ!」

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