第270話 カケララ戦‐リオン帝国⑦

 カケララとモック工場長、ロイン大将の三人は、目まぐるしく空を飛びまわっていた。


 砂煙と砂鉄がさまざまに形を変えてカケララに襲いかかる。砂の波が押し寄せ、鉄の蛇の大群が空を泳いで襲いかかる。

 カケララはそれらを巧みにかわしたり、時には拳を打ちつけて力ずくで跳ね飛ばしていた。


 カケララは防御に徹している。

 男衆二人の攻撃はカケララにとって致命傷にはならないが、白いオーラで魔法が強化されているため、傷は入るしダメージも受ける。

 しかも白いオーラが邪魔をして心を読みにくくなっている上に、二人の心を読んでも先回りができなかった。

 それはスターレの判断力操作の魔術効果がはっきりと出ていたからだ。とっさの判断であっても、じっくり考えた末に下した判断のように堅実な選択をしている。判断が速いためカケララが心を読んでも備えるほどの時間が得られない。


 カケララは気になってキーラの方を見た。

 彼女は両手を天に掲げてそちらを見つめている。電気の鎧も解除してすべてをその魔法に注ぎ込んでいる。

 キーラの心を覗き、その攻撃はカケララをほうむり得る威力を有し、そしてその準備も完了間近となっていることを知る。


 カケララは腕や脚、それから顔にも傷をつけながら、強引に砂と鉄の嵐から脱してキーラの方へと飛んだ。


 約束の二十秒まではあと五秒ある。キーラは焦燥に心を乱すが、彼女の背中にスターレの手が触れる。

 キーラの動揺は消え、迫り来るカケララを無視して魔法の発動準備に集中した。


 モック工場長とロイン大将は、カケララが自分たちの包囲網を突破しても焦ってカケララを追いかけたりしなかった。

 自分たちの行動を完全に無視するほど強引にキーラの方へ向かうのなら、逆にキーラをおとりにして自分たちが決めてしまえばいい。


 モック工場長とロイン大将はキーラとスターレの近くに砂埃と砂鉄を集めた。

 カケララを十分に引きつけたところで、高密度な砂と鉄の杭がキーラたちから放射状に発射された。


 さすがのカケララもこの攻撃は無視できず、キーラへ接近する軌道を変えざるを得なかった。

 カケララがその判断を下す際に一瞬だけ硬直することを二人は予測済みで、発射した砂と鉄が粒子状に形を崩して散弾の如く飛んだ。

 カケララを重力の中心として豪雨が降るみたいに広範囲から砂埃と砂鉄がひっきりなしに飛びついていく。

 着弾した粒子もそこで終わりではなく、そのままカケララを押し潰さんと中心方向へ力をかけつづける。


「あああっ、もうっ!」


 カケララが自分を中心として紅いオーラを爆発させ、砂塵と砂鉄の粒子をすべて跳ね除けた。

 そのカケララが目標であるキーラを見ると、さっきまで天を仰いでいた彼女が自分の方を見ている。

 キーラが恐い顔をしているわけではないが、自分のことをしかと見据える彼女の顔を見て、カケララは一瞬だけ怯んだ。

 彼女が初めて経験した恐怖という感情。

 それを理解するために噛み締める暇もなく、それは放たれた。


「崩天の雷極槌、ヘルズブレイクサンダー!!」


 空一面を覆う白いオーラ。その向こう側にあるであろう巨大な雷雲から、とてつもない太さの白い光がカケララをめがけて飛んできた。


 いくら動きの速いカケララでも、静止してしまったこの一瞬でそれを避けることはできない。

 とっさに両腕を上に掲げて防御姿勢を取るが、そのような打撃に対する防御姿勢は雷に対しては無意味だ。

 あとは電気にも耐性のあるカケララの体がどれだけ持ちこたえられるか。


「はああああああああっ!!」


 キーラの落とした雷は消えない。雷がずっと落ちつづけているのだ。

 カケララはしばらくは空中に留まっていたが、耐えかねたのか地面に激突した。

 キーラの極雷はなおもカケララを責めつづける。


「おいおい、マジか……」


 カケララは一度は地面に倒れたが、その場に立ち上がった。雷はなおもカケララを責めつづけているし、それは間違いなく効いている。

 カケララはおぼつかない足取りで、ゆっくりとキーラの前に歩み出た。その表情には苦悶くもんが見て取れるが、カケララは無理矢理笑った。


 モック工場長とロイン大将はどうにか加勢しなければと焦るが、この状況はもはや見守ることしかできない。

 そんな二人に対して、キーラの隣に立つスターレが首を横に振ってみせた。それは心配ないという目配せだった。

 カケララを正面で見ているキーラとスターレには分かったのだ。


 これはカケララの最後の悪あがき。最期にキーラの心を少しでもくじけさせようと、捨て台詞を吐きに来たのだ。


 キーラは責めの手をいっさい緩めない。しかしカケララが精神攻撃をしてくるなら、それを受けて立つ覚悟を決めた。

 ここでへたにスターレに耳をふさいでもらったりしてはいけない。少しでも弱腰なところを見せた時点でカケララにつけ込まれ、形成は逆転してしまうだろう。


 何より、いまのキーラには何を言われても動じない自信があった。

 その証が、彼女自身がまとう膨大な白いオーラなのだ。


 そして、カケララが最期の言葉をキーラへ投げる。


「ふふふ、可哀相に。未来永劫おまえが報われることはない。おまえは永遠の敗北者だ」


 もしかしたらそれは、カケララがまだカケラの一部だったころに見た未来を根拠としているのかもしれない。

 しかし、そうだとしてもカケラだって完全ではないし万能でもない。本気を出したエストと戦おうというのだから、カケラの未来視もアテにはならない。


「余計なお世話よ。あたしの恋におまえの口出しはいらない」



 …………。



 白い稲妻が消えた後、その場にカケララの姿はなかった。

 少しの間は耐えていたものの、雷の破壊力はあまりにすさまじく、カケララを跡形もなく消し飛ばしたのだった。


 本来であれば致命傷を与えた上で白いオーラに触れさせないと倒せないのだが、完全に消し去ることができれば白いオーラに触れる前でも倒すことは可能。

 もっとも、四人全員が白いオーラをまとったこの状況ではどのみちカケララに生存する可能性など残されてはいなかったわけだが。


 決着後、四人は疲れ果てて崩れるようにその場にへたり込んだ。


 幸いなことに、カケララに壊されたキーラのヘアピンは修復可能だった。ヘアピンの壊れた部分は金属部分だけであったからだ。

 柔らかい金が曲がらないよう金の中に鋼心が通してあり、それが折れて金が曲がっていた。鉄の操作型魔導師であるロイン大将が魔法でそれを直すことにより、ヘアピンは元に戻ったのだった。

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