第260話 カケララ戦‐シミアン王国⑦

「シー……」


 誰かの声がしたかと思うと、騎士団長とミューイは遥か上空にいた。

 紅いモヤが覆っていたはずの空だが、いまは霧のように白いモヤが立ち込めている。

 そして、二人の前にはアラト・コータが白いオーラを放出しながら浮いていた。


「僕はとびっきりの負けず嫌いなんだ。勇敢な二人に感化されて、僕も恐怖に立ち向かってみることにしたよ」


 コータが語る間、空を飛べるカケララが追撃してこないということは、彼女は三人に気がついていない。

 ただ、コータが姿を消したことに気づくまでそうかからないだろう。いまこの瞬間がカケララに勝つための最後にして最大のチャンスだ。これを無駄にはできない。


 ミューイは服を破いて作った布切れで右肩を覆い、その上から左手で押さえた。

 青い顔が激痛にゆがむが、その瞳は強い光を宿し、コータと騎士団長の注意を引きつけた。


「聞いて。カケララは未来の自分の声を聞いているわ。未来のカケララが現在のカケララにどう動くのが正解か教えているから、目に見えない攻撃だろうとかわすことができる。だったら、声を聞かせなければいいのよ。だから私が音で妨害する。そして、あなたたち二人で即死級の攻撃を与えれば、未来のカケララも過去に干渉する余力はないはず。そこできっちりとトドメを刺すの」


 三人は手早く仕掛ける手順を打ち合わせた。

 そして、行動を開始した。


 カケララは勝利したと思い、シミアン王城のある西方へと飛ぼうとしていた。

 しかし、突如として未来から声が届いた。ただし、声は声でもカケララの声ではない。ミューイの奇声だった。ミューイが未来のカケララの声に奇声を被せたのだ。


「うるさい!」


 カケララは背後に人の気配を感じて振り返り様に狂気の五爪を振るった。

 後ろにいたのはコータだった。爪が触れるより先に消えて遠くに姿を現す。それは時間稼ぎだった。

 さきほど未来からやってきたミューイの奇声が辺り全体に鳴り響いている。甲高くて耳をつんざく声だが、それ以外の音が聞こえない程度で行動不能におちいるほどの威力はない。

 それはカケララの未来予知を妨害するには十分であった。


 メルブラン騎士団長のチャクラム二つとチェーンソードがカケララに向かって飛んでいく。

 その三つの刃のうち、チャクラム二つは瞬間移動によって一気にカケララへの距離を詰めた。チャクラムには例によって《絶対切断》やら《自動追尾》やらの欲張りセットが付与されていた。


 カケララは未来の声が聞こえないため、チャクラムを動体視力と反射神経のみでかわす。


(マジかよ……。未来予知がなくても全部かわすのか)


 カケララはいまだにダメージを受けていない。

 おそらく彼女は体感的な時間の流れが違うのだ。もしかしたらすべてがスローモーションに見えるのかもしれない。

 ただし、カケララのドレススカートは少しずつ切り刻まれており、紅いスカートの裂け目からはスカートを膨らませている白いパニエがはみ出しているし、何層も重ねてあるパニエも少しずつ生地を散らしている。

 どうやら余裕はないらしい。


(もう一手、何かあとひと押しがあれば……)


 それは三人の共通意思であった。

 ミューイはひたすら叫びつづけている。彼女の声が三人の生命線であり、これが途切れたときが三人の敗北と考えていい。そのミューイは魔法で声を強めることに集中しており、ほかに何かをする余裕はない。

 メルブラン騎士団長はチェーンソードで懸命にカケララを追いつづけているが、もしその手を緩めればチャクラムを振りきる余裕ができて一気に距離を詰められるだろう。

 コータはカケララの死角を狙って二つのチャクラムを瞬間移動させている。コータがチャクラムを瞬間移動させる魔法の手を緩めても、カケララには余裕ができて反撃を許してしまうだろう。

 だが、いちばん余裕があるのもコータだった。この戦いを決めるのはコータしかいない。


「…………」


 コータに天啓が舞い降りた。ある物が彼の目に留まったのだ。

 それは、メルブラン騎士団長の胸についている記章。彼が王立魔導騎士団長である証であり、自己顕示欲の強い彼を満足させるに足る大きなメダルのような金属板だった。円形で、星のようなギザギザ模様が飛び出している。


 コータは次の瞬間、二つのチャクラムと同時に騎士団長の記章も瞬間移動させた。


「――ッ!?」


 カケララには一瞬、チャクラムが三つになったように見えた。

 とっさに一つ目をかわすが、かわしながらそれがチャクラムではなくハリボテの武器だと気づく。

 しかしもう遅い。二つ目として見ていた一つ目のチャクラムをスカートの端を犠牲にしてかわすが、最後に飛んできたチャクラムは完全に直撃コースだった。

 思わずチャクラムを紅い爪で受けるが、《絶対切断》が付与されたチャクラムは爪の四本を切り飛ばし、そのままカケララの腹を貫いた。


「ここだぁあああああ!」


 コータが叫ぶ。カケララを惑わせるため記章と二つのチャクラムを連続で瞬間移動させる。

 ミューイは声を途切れさせてしまい咳き込んだが、その瞳は意地でもカケララから離さない。


「そのまま動かないで」


 カケララの耳にカケララの声が届いた。

 カケララがその声に従うと、彼女の両腕が同時にスパンと切り落とされた。カケララが聞いた声は未来のカケララの声ではなく、そう思わせるようにミューイが魔法で作り出した声音だった。

 もはやいまのカケララには過去にアドバイスを飛ばす力は残っていない。だから嘘のアドバイスだということを過去の自分に教えてやることができなかった。


 メルブラン騎士団長はチェーンソードでカケララの顔に斬りつけた。が、先端の刃の腹を噛んで止められた。

 刃が食い込んで口の両端が少し切れているものの、切断効果のない刃の腹の部分をガッチリと白刃取りしている。

 顔を切り落とすことはできなかったが、チャクラムの追撃でカケララの両脚を切り落とした。

 そして、騎士団長はチェーンソードのつかを手離してチェーンをカケララの首、そして胴体に巻きけた。

 すでに両手両脚を切り落としているが、それでも飛んで逃げられる可能性があるので、ここまでして完全に無力化したといえる。


 コータは自分たち三人をカケララの近くまで瞬間移動させた。そして三方向から取り囲む。カケララの正面にはミューイがいた。

 カケララは四肢を失っても宙に浮いている。


「私にはまだ目と口がある」


 カケララの腹と両肩、両ももから鮮血がドボドボとこぼれ落ちているが、彼女が失血で弱る様子はない。ただただ拘束によって動きを封じられているのみだ。


「目と口で私たちを怖がらせる? でもね、私もあなたが怖いものを持っているわよ。あなたはこれが怖いんでしょう?」


 そう言って、ミューイはカケララに近づいた。白いオーラをかもし出しながら。


「私もあなたが怖い。だけど、立ち向かおうという気持ちを抱くと、この白いモヤが出てくるの。あなたはこれが苦手のようだけれど、私はこれを自在に操れないから、これをあなたに触れさせるには近づくしかない。もちろん、近づけば近づくほど怖いわ。でも怖ければ怖いほど白いモヤはたくさん出てくる」


 ミューイはそう言いながら、一歩ずつカケララとの距離を詰めていき、そしてついに彼女の真正面に立って向かい合った。

 彼女の右隣にはメルブラン騎士団長、左隣にはアラト・コータがいて、その二人もミューイと同じく白いオーラを放出している。


 カケララは身動きが取れず、ただただミューイをにらむのみ。

 ミューイはカケララとの間にあった最後の一歩を詰め、腕を広げた。右腕を失っているので左腕だけだが、それをカケララの背中にまわし、優しくカケララを抱きしめた。


「女王の抱擁ほうように甘んじなさい、狂気の偶像よ」


 白いオーラに侵食されたカケララは、紅い霧となって形を失い、霧散して消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る