第241話 カケララ戦‐シミアン王国②
三人の連携攻撃の間、カケララからは攻撃してこなかったが、敵の攻撃を避けるだけで精一杯というわけではなかった。
単に敵の力量を推し量っていたにすぎない。
タンッ――、とカケララが床をひと蹴りすると、
それを認識したときにはもう、カケララの右腕が騎士団長の腹を貫いていた。
「がはっ……」
「メルブラン!」
騎士団長は激しく吐血し、カケララが腕を引き抜くと、腹から
その光景を
恐怖に染まった顔のミューイが振り返ろうとしたその瞬間、真紅の鋭い爪がミューイの背中に深々と五本の溝を刻みつけた。
一人離れた位置にいたコータの目にはミューイが倒れる姿を見下ろすカケララの背中が映っているが、その背中越しに強烈な視線を感じた。
これほどまでにひどい悪寒を感じたのは初めてのことだった。
「アンダーッスッ!」
コータは声を瞬間移動させて遠方のアンダースに届けることで、契約精霊であるアンダースの力を借りた。
コータが瞬間移動し、カケララの背後を取った。そのはずだったが、コータが移動先に姿を現したときにはすでにカケララがコータの背後を取っていた。
しかしそうなることをコータは予測していた。カケララの手が伸びたとき、そこにコータはいなかった。
瞬間移動で移動した距離はほんのわずかで、その移動によりミューイとメルブラン騎士団長の全身を障害物なしに視界に納めることができた。
そして、その二人と自分を含めた三人での長距離瞬間移動を決行した。
「……あいつは、ついてきていないな」
全身から一気に力が抜けて、コータはその場にへたり込んだ。
ここはシミアン王国内には変わりないが、シミアン王城からは遠くはなれた場所、精霊の
コータはここを緊急脱出先とするため、あらかじめアンダースにここで待機させていたのだ。
瞬間移動先に状況が見えていなければ瞬間移動はできないので、アンダースに第二の目になってもらったというわけだ。
「おっと、早くこの二人を治療しないとな」
コータは意識のない騎士団長と、
癒しの泉の回復効果は、ゆっくりだが着実に回復するというものだ。どんなに重傷であっても生きてさえいれば確実に回復に向かう。
ただし、一瞬で完全回復するという都合のいい代物ではなく、重傷であればそれだけ時間がかかる。
「怖かったぁ……。はあ、疲れた……」
緊急避難には成功した。
だが、いつカケララがここを見つけだして追いかけてくるか分かったものではない。もしかしたらすでにここに避難したことはバレているかもしれない。
コータ自身も癒しの泉に浸かることにした。
コータは泉の縁に両肘をかけ、胸から下を泉に
視線は自然とミューイの方へ向く。いろいろとムカつくことも多いが、彼女はファンタジーのプリンセスの例に漏れず優れた
もしも自分が本当に主人公だったなら、きっと彼女がヒロインだったに違いない。
だが現実は違う。彼女が心酔しているのは世界王とかダサい称号を名乗っているゲス・エストとかいう奴だ。
どうやらこの世界の主人公は彼らしい。あのダース・ホークをも差し置いて。
「はぁ……」
コータは首を振って考えるのをやめた。考え事をすると、なにかとネガティブになりがちだ。
こういうときはミューイのかわいい顔をただボーっと眺めて癒されるほうがいい。精神的には癒しの泉よりも効果がありそうだ。
目を閉じたミューイは眠っているのか覚醒しているのか分からなかったが、コータがしばらく見ていると、彼女がゆっくりと口を開いた。
それから、かすれた小さい声でうわ言のようにつぶやいた。
「なんてこと……。私は大きな間違いを犯していたわ。カケララの能力は読心術なんかじゃなかった……」
「何の能力か見当はついているのか?」
ミューイが自分のことを無視するんじゃないかと思いながらも、コータは彼女にそう問いかけてみた。
「たぶん、未来視」
「なるほどな。それならいろいろと説明がつくな」
コータはミューイが答えてくれたことに嬉しくなって、彼女の方へと寄ろうとした。
そんな彼をミューイの言葉が制止する。
「コータ、とても言いづらいのだけれど、さっきからあなたの視線をひしひしと感じて落ち着かないわ。少しそっとしておいてくれないかしら」
コータは一瞬、石のように固まってしまった。
ムカつくから何か言い返してやりたいが、状況が状況だけに、そっち方面の言葉は何も思い浮かばなかった。
さすがにコータにとってもいま最優先はカケララへの対処だ。
「……カケララとは僕が戦うよ。君たちはゆっくり傷を癒すといい」
コータは泉から上がり、洞窟の外へと向かって歩きはじめた。
泉の空間からコータが見えなくなる直前、ミューイは肩を落としている彼を、声を張って呼びとめた。
「コータ! さっきはあなたのおかげで助かったわ。ありがとう」
コータは嬉しくなって思わず顔がにやけてしまったため、ミューイに背を向けたまま片手を軽く振って返事をした。
そしてそのまま祠の入り口へ向かって再び足を動かしたのだった。
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