第225話 克服の試練

 いままでどおりに戦っていては駄目だ。いまの俺は強くなりすぎて、何でもゴリ押しで解決しようとしてしまう。

 元来、俺の戦闘スタイルはそうではなかったはずだ。相手の情報を集め、徹底的に分析し、弱点を見出みいだし、的確にそこを突く。それが俺のやり方だった。


 これは試練なのだから、ゴリ押しではクリアできない。というか、ゴリ押しでクリアしても意味がない。

 俺たちを成長させるための試練なのだから。


「エア、試したいことがある」


「時間を稼げばいいのね? 何秒あればいい?」


「二十秒……いや、十秒でいい」


「じゃあ十五秒は頑張る」


 俺がエアにうなずいてみせると、エアも黙って頷き返した。


 エアは骨竜の注意を引きつけつつ、俺が敵の攻撃に巻き込まれないよう高速で俺から離れた。

 高速になっている時点で捨て身だ。早く決着をつけなければならない。


 俺は空気の概念化魔法 《空気になる》で気配を消し、頭上の少し離れた場所に空気を圧縮していく。


 テリブルドラゴンは翼の骨を十本射出し、それをエアに向けて飛ばした。ホーミングミサイルのように飛んでいき、エアを串刺しにしようと飛びまわる。

 エアはちょこまかと飛びまわって骨槍を避けるが、いくら避けてもエアを追いつづけるのでキリがない。だんだんと逃げ場を失っていく。

 氷の塊を出現させて防御するが、それが壁となってさらに逃げ場を失う。


 これは十秒ももたないかもしれない。すでに五秒くらい経過しているので、あと五秒のうちに決着をつけなければ。


 俺は頭上で圧縮していた空気玉を自分の元へと引き寄せ、野球ボールのように右手に握り込んだ。そして、執行モードで急加速する。

 その行先は、ネア。


「エアー・バースト・ストライク!」


 俺は手をネアに向け、その一方向に絞って空気を解放する。

 不意を突いた甲斐はあったようで、空気の爆発的膨張をネアに浴びせられた。


「どうだ!?」


 爆発による空気のひずみが消え、俺はネアを凝視して彼がどうなったのかを確認する。


 ネアは無傷だった。彼の体をかたどるようにバリアが張られている。

 バリアに何のエネルギーを使っているのかは分からないが、少なくとも空気みたいなエレメントで作ったものよりは遥かに頑丈そうだった。


 ネアは俺の方を一瞥いちべつすると、静かに首を横に振った。


「召喚者を倒せば精霊が消えると思ったかい? 召喚者っていうのは精霊よりは強いものだよ。君の相手はあくまでテリブルドラゴンだ。ちなみにテリブルドラゴンは二人がかり仕様の強さになっている。君の相棒を一人で戦わせるなんて酷も酷だよ。早く戻ったほうがいい」


「くそっ!」


 エアはかなり追い込まれていた。俺は全速力でエアの方へと飛んでいき、ムニキスを抜いた。たとえ効果を失っていても刀は刀だ。

 俺は空気で自分の体をアシストしながらムニキスで飛びまわる骨槍を斬りつけた。

 骨は頑丈で、弾き飛ばすことはできても切断することはできなかった。


「借りるね!」


 エアは俺が身につけていたムニキスのさやを空気でさらい、空気の手で握って振りまわした。

 骨槍の何本かを二人がかりで弾いた後、二人は離散して攻撃の密度を分散させた。


「気をつけて! 様子が変わった!」


 骨槍に気を取られていた俺は、エアの注意喚起でテリブルドラゴン本体の方を見た。

 さっきまで緑色に光っていた目が赤くなっている。そして、その目から強烈な光線が放たれた。

 避けられるスピードではなかった。とっさにムニキスの刀身を盾にすると、光線はムニキスに反射して上方の彼方へと消え去った。


 この光線をうまくテリブルドラゴンに跳ね返せれば有効打となるかもしれないが、さっき光線を弾けたのはほぼマグレだから狙ってやるのは厳しい。


 そんなことを考えていると、テリブルドラゴンは急激に方向転換しだした。目は赤いまま。

 今度はエアを狙うつもりだ。


「エア! 目から光線がくるぞ!」


 俺は骨槍をムニキスで弾いたり避けたりしながらエアに向かって叫んだ。

 本当は対処方法を叫ぶべきところだが、俺にも有効な方法が思いつかない。


 テリブルドラゴンの動きが止まった。それはつまり、エアを光線の射線上に捉えたということだ。


「ベッドロックバリア!」


 エアの周囲にドーム状の分厚そうな岩盤が出現した。

 五本の骨槍がまず突き刺さる。骨槍は深く突き刺さったが、貫通することなく受けとめられている。


 だが……。


「くるぞ!!」


 テリブルドラゴンの光る両目から、強烈な赤い線がほとばしる。

 ガガンと短い音を立て、エアの創り出した岩盤をたやすく貫いた。


「エアァアアアッ!!」


 俺は空気の魔法で岩盤ドームを持ち上げ、それをテリブルドラゴンの方へと放ってエアの元へと急行した。


「大丈夫か、エア、エアッ!」


 エアの横腹に大きな穴が開いている。直径五センチくらいの大きさ。

 これは致命傷だ。急所ではないため即死ではないが、ものの数分、もしかしたら一分も経たずに失血死するかもしれない。いや、この場合は外傷性ショック死か?


「くそっ、くそぉおおおおおッ!!」


 俺の脳をさまざまな思考が巡る。


 エア抜きでは紅い狂気には勝てない。


 いや、エアのいない世界を守るために俺は戦えるのか。


 いや、純粋にエアを失いたくない。


 俺はエアのことが何より大切なんだ。まだ終わっていない。まだエアは死んでいない。

 あと何秒あるか分からないが、エアを救うために、俺は勝つ!


 俺の体からは白いオーラが噴出していた。

 俺は意図的に白いオーラを出せるよう訓練しているが、いま出ているオーラは意図したものではなく自然的に発生しているものだ。

 そしてこれは、意図的なものより断然強い。


「エアー・チャージ……」


 俺は手元に空気を集めはじめた。

 このだだっ広い空間から、手繰り寄せられるだけの空気をありったけ集める。


 五本の骨槍が俺をめがけて飛んできた。俺はドーム状に空気のバリアを張る。

 骨槍がバリアに食い込んだが、そこで完全に空気を固めて骨槍を無力化した。白いオーラで魔法が強化されていれば、こういう対処も造作もない。


「空気の概念化魔法 《形勢逆転の流れ》」


 エアはまだ死んでいない。エアは絶対に死なせない。奇跡だろうが何だろうが引き寄せて、テリブルドラゴンに勝ってエアを救う。

 この世界には、俺の作ったその流れに乗ってもらう。


 ――ヒュゥウウウウイエッエッエッエッ!


「効かねえよ」


 いまさらながらに気づくが、この試練は恐怖を克服する試練だったのだ。

 いまの俺には恐怖の入り込む余地なんてない。それほどまでにエアを想う気持ちと、エアを傷つけたテリブルドラゴンへの怒りでいっぱいになっている。


 ――それに、もう怖くない。


 俺は空気の槍を飛ばし、テリブルドラゴンを串刺しにした。串刺しといっても骨を貫いたわけではなく、骨の隙間に入り込んで骨竜の動きを完全に止めたのだ。

 しかしその顔は最初から俺の方を向いている。赤い目がひときわ強く光り、赤い光線を放った。


 俺は手元の空気玉を掲げ、それでレーザー光線を受けた。

 空気玉は内部で赤い光線を屈折および反射させつづけ、光線を中に閉じ込めている。骨竜の光線が続けば続くほど空気玉は赤を濃くしていく。


「完成だ」


 空気玉はスイカくらいの大きさまで圧縮されている。色的にも外皮を取り除いたスイカみたいだ。

 この空気玉を空気で固めた砲筒へと込める。


 これを発射する前にもう一つだけ空気の概念化魔法を使う。


「超絶必殺技 《勝利への道程ベスト・クライマックス》」


 これはとある五つの条件を満たすことによって、どんな相手にも絶対に勝利することができるという魔法だ。

 これも《空気の流れ》という概念を魔法として使ったバリエーションの一つ。


 俺の体からいっそう濃密な白いオーラが噴出する。


 これで決着だ。


 ――ヒュゥウウウウイエッエッエッエッ!


「エグゾーストッ、バァーストォオオオオオッ!」


 赤く輝く空気玉がついに射出された。

 テリブルドラゴンの胸部に命中し、弾けて爆発する。空気の急激な膨張に合わせて、自身が放ちつづけて溜まったレーザー光線も解き放たれる。

 光線は最初に骨竜のあごを直撃し、空気の動きに合わせて軌道が変わり、骨竜の顎から腹部までを切り裂くように走った。


 ――ギギィエエエイィィィ!


 奇妙な悲鳴をあげた後、オフホワイトな骨が黒ずんでいき、テリブルドラゴンは灰となって消えた。

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