第214話 さらに確約された次の一難

「ブラックホールはここには入ってこられないらしいな」


 部屋の入り口が閉まったため、ブラックホールは入ってこられなかった。

 壁の向こうがどうなったか確認できないが、もしブラックホールが消滅せずに待機していて、時間経過で扉が開いたときに入ってこられたらひとたまりもない。


「でも、この大部屋……」


「ああ、いかにもボス部屋って感じだな」


 部屋は一辺が五階建てビルくらいの長さを有する立方体形状といったところだろう。

 エアの光玉一つでは隅々まで照らせないほど部屋は大きく、俺たちは空間把握モードで部屋の形を認識していた。

 だが、突如として部屋は明るくなった。光源はどこにもない。物理現象や魔法をも超越した神の御業みわざというわけだ。


 そして、カラシ色の部屋の中央に黒い光の粒子が集まりはじめる。


「ここで機工巨人と……」


 黒い光の粒子が寄り集まってできたのは機工巨人ではなかった。

 そこに現われたのは、二体の土人形。黒褐色のボディーは俺と同じくらいの背丈をしており、肉づきは俺よりもいい。顔はないが、手足は指先まで細かく人のそれを再現している。


「おいおい、中ボスかよ」


 一難去ってまた一難、それで終わりと思っていたら、機工巨人戦はさらに次の一難だと分かった。

 第一の試練からかなりハードだ。


「二体いるね。一人一体ずつ?」


「向こうの動作原理が分からないが、おそらく連携ではこっちが不利だ。お互い一体ずつを引きつけて、あの二体を引き離そう」


「分かった」


 俺が執行モードを展開している間に黒い光の収束が終わり、二体の輪郭は完全なものとなった。

 その構えや得物から敵の戦闘スタイルがはっきりと分かる。一体は空手の構えを取っている。もう一体は右手に杖を握っていた。


「俺が空手野郎をやる」


「分かった。私は魔法使いね」


「もし相性が悪かったら変わってやる」


「ありがとう。エストがつらかったら私が両方引き受けるわ」


「ほう、吹かしやがる……」


 悪くない。いや、俺は嬉しかった。

 エアは最高の相棒であり、最強のライバルだ。俺とエアの見た目は黒衣と白のワンピースで正反対だが、内面的なところで俺とエアは似た者同士なのかもしれない。


「いくぞ!」


 空手家相手に馬鹿正直に近接戦闘を挑む必要はない。

 土人形を三次元的に取り囲むように空気を固めた弾丸を配置し、いっせいに発射した。これは絶対にかわせない。あとはこれに耐えうる耐久力を備えているかどうかだ。


 どう出るか様子を見ていたが、土人形に動く気配はない。

 空気の弾丸がいっせいに着弾する。


「えっ……」


 空気の弾丸はすべて弾かれた。素早い動きで跳ね返したとか、そういう話ではない。土人形は微動だにしておらず、弾丸が接触した瞬間にエネルギーをロスすることなくすべて反射したのだ。

 幸いにも弾丸は俺やエアには当たらなかった。


「エア、こいつ魔法を反射するぞ!」


「エスト、こっちのはたぶん自動回避。瞬間移動ですべて避けられる」


 魔法反射に自動回避。ちょっと強すぎない? こいつらの攻略法を見つけるのは骨が折れるぞ。


「エア、発生型と操作型では太刀打ちできない。概念種の魔法がいる」


「何を使ったらいい?」


「待て、考える!」


 もはや相性どころの話ではない。どうにか二人がかりで一体ずつ倒すしかない。

 そんなことを考えているうちに敵は動きだした。と思ったら、もう目の前にいた。空手家のほうは瞬間移動なんてしていない。超高速移動で間合いを詰めてきたのだ。

 さらに、俺がまばたきをする間もなく正拳突きを放ってきた。俺はぶっ飛ばされて壁に激突し、その衝撃で執行モードを構成する空気鎧が弾けとんだ。


「ぐふっ……」


 痛い。背中よりも腹が痛い。土人形の拳が入ったときはまだ執行モードで分厚い空気の鎧を着ていたのに、その衝撃が貫通して腹に達したみたいだった。

 まさに突き。決してパンチなどではない。正真正銘の突きだ。


「エスト!」


 土人形の追撃が迫る。ヤバイ。強すぎる。力が強すぎるし、速すぎる。


「エア、アオのスカラーだ!」


 気づいたらもう土人形の拳が肉薄している。これに触れたらアウト。最悪の場合、死ぬ。

 だが土人形の動きはスローモーションのようにゆっくりになった。エアがスカラーの魔法で土人形の速さを激減させたのだ。


 スカラーの魔法は共和国の守護四師の一人、アオが使っていた概念種の魔法で、物理現象の数値を変化させられる。

 生物に対して直接使うことはできないが、土人形は生物ではないので適用できるのだ。


 俺は空手家人形の拳の軌道から逃れ、エアの背後から業火を浴びせようとする魔法使い人形を真空で包み込んだ。

 そして、空手家人形の背中を神器・ムニキスで斬りつけた。


「効いているわ!」


 土人形は斬られた部分から黒い光を噴出し、傷口が広がるように傷口周辺から光の粒子が霧散していって、最終的に黒褐色の人形は消失した。


「魔法生物みたいなもんか」


 真空で包まれた魔法使い人形は、瞬間移動で真空の外へと脱出した。

 瞬間移動は厄介だ。スカラーの魔法でスピードを遅くしたところで、瞬間移動で回避されたらどんな攻撃も当たらない。

 ただ、攻撃のスピードが遅い分だけ空手家人形よりは戦いやすい。

 そんなことを思っていると、案外そうでもなかった。


「来るよ!」


 魔法使い人形が杖を掲げると、そこから緑色の極太光線が放たれた。俺とエアへの同時攻撃。エアは闇の穴を作って吸い込み、俺は空気のバリアで光を屈折させて回避した。


「こいつの攻撃も、威力、スピードともに半端ないな」


「こっちの攻撃も当たらないよ。どうする?」


 エアも黄色い光線を撃つが、当たる瞬間に魔法使い人形は別の場所に転移する。

 やはりこれは自動回避だ。人間のように意思で回避するのなら、当たらないように少しは余裕を持って回避するはずだが、この人形は本当に当たる寸前で回避するため、システム的な回避アルゴリズムがあるのだと分かる。


「不意を突くのもフェイクも通用しないだろう。対処法を考える」


 どうやら人形は攻撃頻度や威力が高い敵ほど重点的に攻撃するようで、いまはほとんどエアとのタイマン状態になっている。

 この大きな部屋の中を、光、炎、水、氷、電気、風などのさまざまな魔法が飛び交っている。地獄の光景だ。

 しかし魔法使い人形にはそれらの魔法はいっさい当たらない。

 エアのほうはすべて闇の穴で吸い込んでいるが、たまに魔法使い人形も闇の攻撃を飛ばしてきて闇の穴が相殺される。ジリ貧でいずれエアは被弾するだろう。


「エア、ちょっと試したいことがある。そこを動かずに粘ってくれ」


「分かった。でも長くはもたないよ」


「分かっている」


 魔法使い人形の猛攻に対し、エアは防御に専念した。

 人形は学習しているのか、だんだんと闇の魔法を使う頻度が高くなっており、いつエアのバリアが追いつかなくなってもおかしくない。


 そんな中で俺が試しているのは、空間内一斉攻撃の検証だ。

 巨大な部屋の隅から隅まで、自分とエアがいる場所以外のすべての場所に同時に風の刃を走らせる。

 もちろん、魔法使い人形はそれが当たる寸前に姿を消すのだが、次に姿を現すパターンを俺は分析していた。

 その結果、魔法使い人形は姿を消してちょうど一秒後に姿を現すことが分かった。そして姿を現してから次に姿を消すまで、コンマ一秒ほどのクールタイムがある。

 つまり、姿を消して出現した直後のコンマ一秒は攻撃が当たるということだ。


「攻撃はやんだけど、これじゃ倒せないよ、エスト」


「まだ途中だ。見ておけ」


 魔法使い人形には再生能力がある。その再生スピードがまたえげつないのだが、コンマ一秒の間に体を真っ二つにしたとしても、消えて次に現われたときには元通りになっている。

 攻撃の隙間をせばめていって何等分にぶった斬っても、姿を現したときには全快している。


 いま、一秒ごとに姿を現しては消えるということを延々と繰り返す状態になっている。

 状況は膠着こうちゃくした。負けずとも永遠に勝つことができない。

 エアはそう思っているだろう。だが俺は違う。


「分析完了した。こいつはどんなに大きなダメージを受けても一秒後には全快しているが、それ以前に受けるダメージを減らそうとする性質がある。攻撃の密度が低い場所を選んで出現しているんだ。それを利用すれば勝てる」


 俺はいま、部屋中に風の刃を走らせつづけている。それも鼠一匹すら入り込めないほど精緻せいちに並べて。

 そんな中で、俺の正面だけ風の刃を解除する。そこへ、神器・ムニキスの刃を差し込んだ状態で構えた。


 案の定、魔法使い人形がムニキスのある場所に姿を現し、その瞬間に元々そこにあったムニキスの刃を受けたのだった。

 魔法使い人形の体はムニキスの刃が触れた背中から崩壊が始まった。黒い光が空気に溶け込むように飛散していき、人形の体は風に吹かれた灰のようにサーッと消え去った。


「勝った……。さすがね、エスト。二体もいたのに、あっという間だったわ」


「まあ、じっくりやる余裕はなかったからな。速攻でやれなかったら、速攻でやられていた。それに一人だったら死んでいた。おまえがいなければ勝てなかった。ありがとな、エア」


「お礼を言うのは早いんじゃない? 分かっていると思うけれど、本番はこれからよ」


「そうだな」


 大部屋の奥側の壁がゴゴゴゴという重低音をとどろかせながら沈んでいく。

 そして、部屋の大きさは二倍になった。

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