第198話 図らずも変えてしまった運命②

「最大の脅威?」


 これもミューイたちにとっては寝耳に水な話だろう。


「一気に話すから集中して聞け。その最大の脅威というのは、紅い狂気という。こいつこそ本当にこの世界の存在ではない者だ。ただし、こいつも本物ではない。神の世界においても脅威だったと言われる狂気の支配者の劣化複製品みたいな奴だ。こいつがとてつもなく恐ろしい存在で、この世界を比喩抜きで地獄に変えられるほどの力を持っている。全世界のあらゆる生命が、死ぬことを許されず永劫えいごうの責め苦を受けつづけることになる。俺を含めてこの世界の全戦力で戦ったとしても、そいつに勝てるかは定かではない。だが、戦うしか選択肢はないんだ。そしてその全戦力の力を最大限に引き出すには、どうしてもキューカの感覚共鳴の力が必要になる。俺の思考を全員が汲み取って、完璧な連携で最大限最善の動きで戦わなければならない。だから、俺はキューカとその契約者であるミューイを見守ってきた。キューカ、それからミューイも、俺と一緒に戦ってくれ。頼む」


 俺は頭を下げた。ミューイとキューカは互いに顔を見合わせた。突然のことで状況は飲み込めていないだろう。

 世界王として命令すれば済む話とも思うが、あえて頼みごととして持ちかけた。彼らの意思で戦いに参加してもらったほうが戦力として強くなるはずだ。


「分かりました。戦うしかないんですよね? だったら戦います。ただ、少し時間をください。突然のことだし、覚悟するのに時間がかかりそうです」


「分かった。俺もまだ試練の途中だ。紅い狂気は俺たちをまったく脅威に思っていないから、俺たちが全力で準備している間は楽しみに待っているらしい。ただ、あきらめたらそこで奴の進攻が始まる」


 一同はそろって紅茶をすすった。聞くだけで喉の渇く話だろう。

 で、この話をコータにも聞かせたのは、もちろんコータにも参戦させるためだ。共闘すると足をひっぱりそうだが、戦力になるなら少しでも多いほうがいい。


「コータ、おまえも戦え。本来はおまえは罪人だから裁かれる立場にある。だがおまえは位置の魔法を使って瞬間移動できるから、投獄しても無意味だ。鞭打ちの刑というのも一つではあるが、せっかく騎士団長にも勝る強さを持っているのだから、それを利用したほうが有益だ」


「もちろんさ……です。僕も戦います」


 コータの目が輝きを取り戻した。よほど戦いが好きらしい。まだ漫画やゲーム感覚が抜けていないようだ。

 本当の敵と戦えば、命のやりとりになるし、怪我をすれば痛いのだということが分かっていない。

 それに、おそらくコータはなぜ自分が異世界転移の記憶を持つ存在なのか理解していないだろう。鈍感コータには説明してやらなければ永遠に気づくこともできまい。


「コータ、本当はおまえがキューカと契約するはずだったんだぞ。そのためにおまえは異世界転移という形でキューカの近くに生み出されたんだ。しかも、この世界のことをゼロから学ぶ必要をなくすために、ラノベという形で事前に知識も入れてあった。だが、おまえは欲をかいてキューカとの契約を蹴り、アンダースと契約した」


「だって仕方ないじゃないか。幻獣種の精霊が強いって知っていたら、誰だって幻獣種と契約したいって思うものでしょ!」


 俺がまゆをひそめると、コータはしぶしぶ「……です」と付け加えた。


「たしかに幻獣種は強い。得られる魔法は概念種だから、どんな魔法になっても強いことは間違いない。だがな、しゃべる精霊は幻獣種と同等かそれ以上に強いんだぞ。実際、おまえはミューイに負けたし、俺に対しては歯が立たなかっただろう。俺の精霊エアは人型で言葉を喋る精霊だった」


 俺が精霊に恵まれていたのも間違いない。もっとも、空気の操作型でなかったとしても魔法の使い方しだいでE3エラースリーに勝つ程度まではいった自信はあるが。


「そんなぁ……。あのとき、あの九官鳥の精霊と契約していれば……」


「でも、いまはこれでよかったと思っている。おまえと契約したんじゃキューカはいつまで経っても人成できなかったかもしれないし、弱くなっていたかもしれないからな」


「…………」


「ま、欲をかいてキューカの申し出を断ったのは馬鹿すぎるというほかないがな。せっかく神が敷いたご都合主義のレールを自ら踏み外したんだ。馬鹿で愚かで救いようのない愚図のクズのゴミ野郎だよな」


 もはやコータからはぐうの音も出なかった。

 本当だったら本当に三人目の主人公だったはずなのに、欲が己の運命を変えたのだ。さすがに俺がここまで罵倒するのも納得できるだろう。

 これで自己嫌悪しなければ、もはやただのサイコパスだ。


「アラト・コータ、おまえは王国への反逆者であり重罪人だ。本来はちゃんと刑罰をもって罪をつぐなわせるべきところだが、俺の命令をその刑罰の代わりとする。おまえにシミアン王城の清掃員を命じる」


「なるほど、汚れ仕事は僕がこなすということだね?」


「まあ、そうなるな。あと敬語使え」


「仕方ない。任せてよ。シミアン王国に害をなす敵は、どんな強者だろうが僕が始末してあげよう……あげます」


 コータが目を輝かせる。

 やっぱりこいつはクズだ。快楽殺人鬼の素質でもあるんじゃなかろうか。


「馬鹿め。おまえが掃除するのは悪人じゃなくて王城に染みついた汚れや埃だよ。特にトイレ掃除と浴室掃除は全部おまえがやれ」


「えぇっ? それって本当にただの清掃員じゃないか……じゃないですか」


「だからそう言っているだろうが。位置の魔法が使えるんだから、棚とか動かして部屋の隅々まで掃除しろよ。ま、戦力不足のときには俺やミューイがおまえを戦闘要員として呼んでやるよ。それ以外のときは下僕としてせっせと働け」


「嫌だ……と言ったら?」


 コイツ、どこまで俺を苛立いらだたせたら気が済むんだ。

 俺はコータの両腕を空気で掴み、ひねる。悲鳴をあげるコータの頭を鷲掴みにし、顔を近づける。


「『言ったら?』じゃねーよ! 馬鹿が! 仮定ふうに言って様子をうかがったつもりか? 一回ではっきりと返事をしろ。俺に無駄な時間を取らせるな。『嫌だ』とはっきり言ったほうが数倍マシだった。臆病なだけのくせに、かっこつけようとして俺に無駄な時間を取らせた罪、万死に値する!」


「いでででで分かった分かった分かった! ごめんなさい! やりますから、やりますから!」


「チッ、最初からそう言えよ、クズが!」


 腕を解放してやると、コータは自分の両腕を反対の手でそれぞれさすった。

 コータはまるで俺のことを乱暴者の悪党を見るような目で見上げているが、こいつは本当に自分の立場や状況というものが理解できないらしい。

 犯罪の償いを労働で済ませてやろうと言っているのに、それを嫌がるのはさすがに看過かんかできない。


「くっそぉ!」


「クソじゃない! 刑罰でもいいんだぞ。喜んで引き受けろよ、噛ませ犬の犯罪者が」


「…………」

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