第二章 帝国編

第44話 誘拐

 なんとなく後味がよくなかったが、ついに俺は学院最強を証明することができた。

 控え室のドアノブに手をかけ、ゆっくり開いて中に入る。


 控え室にはリーズが待ち受けていた。

 大団子頭から飛び出る枝毛が目立つ。悲愴に満ちた表情で、にらむように俺を見つめてきた。


「何だ? おまえも誰かさんみたいに、やりすぎだって文句を言いに来たのか?」


「違いますわ。来たばかりで試合は見ていませんもの。その言いようだと勝ったみたいですけれど。そういうことじゃなくって、あの……大変ですの! マーリンちゃんが連れ去られましたの!」


「なにっ⁉」


 リーズの青ざめた様子からして、その言葉には疑う余地はなかった。


「なぜおまえが来た? マーリンのことはシャイルに任せていたはずだが」


「エストさんがいないうちにマーリンちゃんにいろいろと聞いてやろうと思って……。そうしたらキーラさんもいて、でも、襲撃者がいて……」


 要領を得ない説明だ。リーズは混乱している。


「襲撃者って誰だ? マジックイーターか?」


 リーズが床に膝を着いた。

 どうしたのかと思ったら、手を前に着き、ひたいを床にこすりつけて泣きながら叫んだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい。わたくしもその場にいたのに、何もしなかった。シャイルさんとキーラさんがマーリンちゃんを守ろうとして、それで傷ついて、でも、それなのに、私、何も……」


 まあ、あれだ。よくイジメで傍観者も加害者と変わらないなんて暴論があるが、被害者を助けたくても助けられない傍観者と、助けられるのに助けない傍観者はまったくの別物だ。

 リーズの様子からして、彼女は明らかに前者。俺は弱者を無意味に責めたりはしない。


「起きろ。仕方ない。とにかく部屋に戻るぞ!」


 俺は自分とリーズを空気で包み込み、控え室の外へと飛ばした。空へ上がり、一気に寮へと降下する。

 風通しのいい俺の部屋には、シャイルとキーラが倒れていた。


「おい、大丈夫か?」


 俺はまず、近くにいたシャイルを抱き起こした。


「私はなんとか……。それより、キーラは無事? あの子、すごく抵抗して、ひどい仕打ちを受けたの……」


 俺はシャイルをそのまま床に寝かせ、キーラの元へ駆け寄った。

 キーラを抱き起こすと、キーラは顔を背けた。幾筋いくすじもの涙のあとが残るキーラの顔は、紫色に変色してれあがっていた。

 よく見ると彼女のトレードマークである金色のサイドテールがない。少し離れた所に髪の束だったものが散っている。


「ごめん……。マーリンを、守れなかった……」


 俺はキーラを床に寝かせ、立ち上がった。

 かわいいもの好きで幼いマーリンのことを気に入っていたとはいえ、自己中心的なところがあるキーラがこうまで他人を守ろうとするのは意外だった。

 それだけに誘拐犯への怒りも倍増する。


「おい、エア!」


「いるよ」


 エアがスゥッと空気から溶け出てくるように姿を現した。

 いつもの白いワンピースに無表情を添えている。


「エア、おまえ、マーリンが連れ去られるのを黙って見ていたのか?」


「私は精霊。契約者のサポートしかできない」


「そうかい。じゃあ、ここで何が起こったかくらいは説明できるよな?」


「光景と音声を再現できる。消耗するからしばらくサポートできなくなるけど、やる?」


「ああ」


 空気の密度を変えて再現される映像と、空気を振動させて再現される音声。画質の悪いVRシミュレーションのようだ。

 それでもどの人影が誰で、どんな表情をしていて、どんな会話がなされたのか、それが十分に知れる代物だった。

 俺はしばしの間、黙ってそれに見入った。

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