第34話 ローグ学園①

 ローグ学園。


 俺は上空からローグ学園の校庭を眺めていた。

 帝国領内の辺境にある高等学校であるが、生徒は見るからに不良ばかりだった。

 いや、不良とひと言で済ませてはならないかもしれない。エアの説明によると、悪行を働きすぎて行き場を失った若者たちの掃き溜めみたいなところ、だそうだ。

 その説明にすんなり納得できるほど、生徒一人ひとりの表情に甘さがない。


 ここはまるで大破した船や漂流物が一挙に集まる墓島のような場所だろう。

 だが静かではない。静寂という意味では、ここは墓場とは対極にある場所かもしれない。

 いま、俺の眼下には一つの戦場がある。勢力は二つの学校の生徒。一つはローグ学園、もう一つは魔導学院。

 ローグ学園の生徒は基本的には学ランだが、ほぼ全員が好き勝手に改造して原型を留めていない。

 対する魔導学院側は、すべての生徒が女子で風紀委員の腕章を腕に巻きつけている。


 肝心の戦況だが、魔導学院側が押されているのは一目瞭然だった。

 それもそのはず。魔導学院側の戦力が十数名の魔導師であるのに対し、ローグ学園側の戦力は生粋の悪党が数百人だ。ほとんどが腕っ節に覚えがあり、中には格闘において結構な手練てだれや、そして魔導師までいる。


「エスト、あそこ」


「ああ、分かっている」


 校舎の屋上を囲うフェンスにシャイルとリーズがはりつけにされていた。戦いに敗れた学院側の魔導師も次々とはりつけにされていく。みんな気を失っているようで、脱出しようとあがく者はいない。

 フェンスの後ろには長剣を持った男が立っている。もしもローグ学園側の戦況が不利になったら、シャイルたちの首に剣を沿えて「抵抗すると殺す」と脅すのだろう。

 最初からそうしないのは、学院側の魔導師たちが必死にあがくところを蹂躙じゅうりんしてたのしんでいるからかもしれない。


「助けないの?」


「まあ、待て。全員が一箇所にまとまっていたほうが助けやすい。全員が負けてはりつけにされるまで待つ。そうすれば屋上を制圧すれば済むからな」


 学院側の残りはあと三人だ。

 奴らの狙いはおそらく俺だ。俺を脅すための人質をすぐに殺すはずがない。

 俺は上空でその戦争の経過をじっくりと静観する。音がここまで届くように少し空気の性質をいじった。風紀委員たちの声が届く。


「相手が私たちを殺さず人質に取るということは、魔導学院と何か取引をするつもりなのでしょう。けれど、私たちが全員倒れては、暇を持て余したここの連中があの子たちに手を出さないとも限りません。委員長が来るまでもちこたえるのです」


「副委員長、ごめんなさい。私、もう……」


 棒の先から静電気を放つ棒術使いが敵の捨て身の体当たりに押し倒され、後続の男どもにどんどんのしかかられて埋もれていった。


「アンジェさん!」


「おっと、よそ見している場合じゃねーんじゃねえかい?」


 いかつい筋肉をまとった大男が副委員長ににじり寄る。

 副委員長を取り巻く砂が大男にまとわりつくが、大男は三メートルを越すほどの大跳躍ですぐに抜け出した。


 なるほど、副委員長の魔法は砂の操作か。男のほうは何だろうな。ジム・アクティと同じく、魔法を活かすために肉体の鍛錬を必要とする人種には違いないだろう。


「エンジュさん、あなたのお姉さんの援護を!」


「へぇ、こいつ、エンジュっていうのかぁ。めんこいねぇ、めんこいねぇ。俺ちゃんの好みだぜぇ」


 ひょろっとした男が捕らえた女子風紀委員のほおをベロリと舐めあげた。

 彼女は無抵抗だった。抵抗しないのではない。できないのだ。


「エア、あいつ、前に会ったよな?」


 その男には見覚えがあった。

 魔導学院には俺とダースと教員以外に男はいないから、会ったとすれば、あのときしかない。


「魔導学院に侵入してリーズをさらおうとした毒使い」


「ああ、そうだ。痛い目を見せてやったのに、りてねえのか。馬鹿すぎて痛みや恐怖も忘れちまうのか。なら仕方ねえな」


「許すの?」


「いいや、許すわけがない。再起不能にしてやるさ、特に精神的にな。絶対に『殺してくれ』って懇願させてやる」


 学院側の戦力は残り一人。風紀委員の副委員長。名前は知らないが、操作型の砂の使い手だ。腰まで伸びているつやのある栗色のポニーテールは彼女の気の強さのしるべだろうか。


「へっへっへ、あとはおまえだけだ。観念しな」


「私が観念したら、あの子たちには手を出さないと誓うか?」


「おいおい、いまのは言葉の彩ってやつだ。観念しなくていいんだぜ。せいぜいあがいて俺を愉しませてくれや」


「ゲスが!」


 おっと、その言葉は俺のために取っておいてほしいぜ、なんてな。

 俺もだんだんとうずうずしてきた。早く眼下の戦場に飛び込んで調子づいているあいつらを蹂躙してやりたい。


「サンディアせんぱーいっ!」


 副委員長の後方から、彼女を呼ぶ声が走ってきた。二人組みだ。

 その二人のことはよく知っている。イル・マリルとハーティ・スタックだ。ハーティが大きく手を振り、その後ろにイルがくっついている。


「あなたたち、なぜここに! ここは危険です。すぐに帰りなさい!」


「その指導は受け入れられません」


 ハーティが副委員長の隣に立ち、断固たる口調で言った。


「ハーティさん、あなたのことを想って言っているのですよ。お願いだから、今度ばかりは言うことを聞いて」


「いいえ、聞けません。先輩、あたしはもう、いままでのあたしじゃありません。あたしはいつもあなたの指導を無視してばかりでした。でも、もう改心したんです。それでも、この指導だけは聞けません。あたしのダチがどうしてもダチを助けたいって言っているんです」


 ハーティはブロンドのウェーブを右手で後ろにはねて、その瞳に闘志をたぎらせた。

 副委員長は緊張感を保ちつつも、あきらめたように柔和にゅうわな笑みをこぼした。


「この状況ではあなたたちのことまで守りきれませんよ。覚悟、してくださいね」


「覚悟はしてからここに来ましたから」


「覚悟なんかない。殺意しかない」


 イルがハーティの横に並んだ。彼女は俺と戦ったときに見せた黒いオーラをまとっている。


「エスト、どうするの? 彼女たちがシャイルとリーズを助けるより先に……」


 相変わらずエアは他人の心配ではなく自分の成長のかてを心配している。俺が言うのもなんだが、すがすがしいほどに無慈悲だ。


「焦るな。静観する」


「イルとハーティの情報を得るため?」


「おまえはイルとハーティのことをだいぶ買っているようだが、あの二人が加わって戦況がくつがえせると思うか? ここの連中、とても人と足並みをそろえたり仲間を尊重するような奴らには見えねーだろ。そんな奴らがこんなにまとまって面倒な作戦を遂行してんだぜ。こいつらが全員で束になっても敵わないような圧倒的な奴がまだ隠れている。俺の作戦を変更する必要はない」


 とは言ってみたものの、ハーティの能力は未知数だ。彼女しだいでは、戦況は一気に覆るかもしれない。

 俺の戦闘がおあずけになってしまうが、それはそれで見ものというものだ。

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