第6話 食堂にて

「エスト、あんたって奴は、なんてことを……」


 あのお調子者のキーラが頭を抱えている。

 その隣にもまったく同じポーズ、同じ髪型のお嬢様が座っている。


 俺たちは寮の食堂へ来ていた。

 俺はラーメンともうどんとも異なる謎の麺メニューを眼前に据えていた。スープに浸かっているからパスタではないだろう。しっとり香ばしい湯気が俺の鼻を刺激する。

 ヌーダという食べ物らしい。

 得物はフォークでもなく、箸でもない。金属棒だった。棒の腹に先の丸い棘が多数突き出している。これはヌーダ専用の食器なのだろうか。


「あのゴリマッチョ、おまえらより温い環境で育ったお坊ちゃまらしいな。あれで生まれて初めての屈辱だってよ。頭が鳥の巣になっているおまえらに比べたら……」


「ああっ! 忘れてた! 髪をセットしなおしてこなきゃ」


「本当ですわ。わたくしとしたことが。そもそも、こうなったのはあなたのせいですわ! 風紀委員のわたくしの身だしなみが乱れていると、ほかの生徒たちに示しがつかないではないですか。どうしてくれますの?」


 リーズが身を乗り出し、歯をギリギリと擦り合わせ、歯痒はがゆそうな顔で俺を睨む。


 だが俺の視線は意図せず、別の方へと導かれた。コツコツコツ、と子気味よく響く足音に注意を引かれたのだ。

 そちらからはスラリとした長身に黒髪ロングヘアーの女が近づいてきて、俺たちの横で立ち止まった。

 ビシッと着こなす制服にはしわ一つなく、そのたたずまいには一部の隙もないように感じられた。


「お、お姉様! おはようございます」


「おはよう。リーズ、何ですかその髪は。あなたもですよ、キーラさん」


 透明度の高い、よく通る声だった。

 リーズの姉ということは、この人が風紀委員長ということか。ジム・アクティも生徒会役員だったから、この人ももしかしたら四天魔の一人の可能性がある。


「いや、あの、お姉様、これは違うんですのよ! この粗暴な男にやられましたのよ! 風紀を乱しているのはこの男ですわ」


 リーズは何度も俺のことを指差して弁明する。

 リーズの姉の視線が俺に向けられる。

 リーズの取りつくろいは俺のかんさわるものだが、ここは風紀委員長に喧嘩を売っておくいい機会だ。


 だが、リーズの姉の視線はすぐにリーズへと戻された。そして彼女の叱咤しったは俺ではなく妹に対してなされた。


「リーズ、見苦しいですよ。たとえそれが事実だとしても、むやみに他者をとがめ、自分だけ責から逃れようとするのは、人の模範となる行動とは言えません。相手が恩人なら、なおさらです」


 彼女がチラと視線を移すと、その先にはキーラがいた。リーズと同じく俺を指差すポーズで、口の方でもリーズの加勢をしようとしていたところだったが、先陣が風紀の番人に咎めを受けたため、即座に指をテーブルの下へとしまってニコリと微笑んだ。


 リーズの姉はキーラにニコリと微笑を返し、そして俺の方へ向き直った。


「あなたがエストさんですね? 私はリーズの姉でルーレ・リッヒといいます。話はうかがいました。妹を助けてくださったそうですね?」


「え、ああ、まあ」


「エストさん、このたびはどうもありがとうございました」


 深々と頭を下げ、清潔感のあるいい香りを漂わせる彼女には、さすがの俺も喧嘩を吹っかける気にはれなかった。

 礼儀正しい相手は俺のドエスが発動する対象ではない。


 それよりも、彼女が深く頭を下げたことによって、食堂に会する生徒たちの視線を集め、俺たちはたちまち衆目に晒された。

 どよめく食堂の中から聞き取れる声を拾うと、こんなのが収穫できた。


「あれって風紀委員長じゃない?」


「あの厳格なお方が頭を下げているわ! いったい何が起こっているの?」


「たしかにあのお方は厳格だけど、礼儀正しく愛想もいい人だわ。そういうこともあるわよ」


「でも、あのお方も四天魔の一人だったよね? それほどの人が……」


 ふむふむ、やはり彼女は四天魔の一人のようだ。

 彼女のまとうオーラというか、かもし出す雰囲気は、ジム・アクティのような雑な威圧感ではない。もっと気品があり、洗練されている。

 振りくのではなく、あふれ出る覇気。彼女は強そうだ。


「お構いなく。ああ、ただ一つ、図々ずうずうしいことを承知で言わせてもらうけれど、もしお礼とかしてくれるんなら、一つ聞いてほしい願いがある」


 リーズもキーラもポカンと口を開けた。俺のあまりの図々しさに、驚き呆れて言葉を失っているようだ。

 肝心のルーレさんは少し目を見開いたが、その威厳を損なうことなく、冷静に対処してくる。


「何でしょう? 私にできることであれば何でもやりましょう。ただし、風紀や倫理にもとることであれば、聞き入れられませんよ」


「俺が望むこと。それは、あんたがバトルフェスティバルに出場すること。それだけだ」


 しばしの沈黙が俺たちの間を泳いでいった。

 最初に沈黙を破ったのは、やはり冷静なルーレだった。


「分かりました。許可が下りるかは保証できませんが、申請はしておきましょう」


 ルーレは微笑を俺のヌーダの上に置いて去っていった。

 ただ、あの凛々りりしい瞳の奥には、剣のように鋭い闘志みたいなものがひそんでいたような気がした。

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