第98話 アルネラ村

 アルネラ村で働き始めてから2週間が経った。

 主にゼフォンの働きで収穫はかなり順調だった。

 私も野菜やソレリーの実の選別に慣れてきたところだ。

 大司教公国のお堅い人々しか知らなかった私は、最初は戸惑ったけど村人は皆優しくてすぐに打ち解けた。

 週に一度、収穫の後に村人たちとお弁当を持ってピクニックに出掛けたりもした。


 そんなある日、村に似つかわしくない派手な馬車がやってきた。

 馬車から降りてきたのは、なにやらじゃらじゃらとアクセサリーを身に着けた中年男とそのお付きの男だった。

 2人はヨナルデ組合の組合長と書記長だと名乗った。


「なあに?あれ」

「いけ好かないヤローだな。いかにも成金って感じだ」


 私とマルティスは納屋から村長と組合長の様子をこっそり見ていた。

 話をしているうちに組合長の態度が変わり、村長が慌てていた。


「俺、ちっと行ってくるわ」

「え?ちょっとマルティス…!」


 マルティスは村長と組合長が話しているところへ向かって行った。

 入れ替わるように、外で作業をしていたゼフォンが納屋へ戻って来た。


「客が来ているそうだが、あれか」

「あ、ゼフォン」

「村長と何か揉めているようだな」

「うん…。なのにマルティスってば、割り込んでいくなんて、怒られるよ…」


 組合長は随分と上から物を云うタイプの人だった。

 どうやら、お金のことで揉めているみたいだ。


「待ってくれ、今より配分を下げるってどういうことだ?それじゃやっていけん!」

「西の地区じゃ干ばつが続いていて2期も作物が取れない状態なんでね。こっちからその分を回してあげないと。ほら、それが組合ってもんだろう?」

「そのためにあんたら組合がうちから備蓄用にって予備分をタダで持っていってるんじゃないか!」


 そこへ、マルティスが組合長と村長の間に割って入った。


「はいはい、だいたい状況はわかった。組合ってーのは相互扶助を目的とした組織だもんな」

「なんだおまえは?」

「だけどさ、それは組合が被るのが普通で、生産者に負担を強いることじゃないよな?」

「そうだ、そういう契約のはずだ!よそが不作の時は組合から貯蓄分を回すことになっているはずだ!」


 村長がマルティスの言葉に後押しされた形で、断言した。

 すると組合長はブチ切れた。


「う、うるさい!決めるのは私だ!部外者は口を出すな!」

「いいや、決めるのは組合員である生産者だよ。そもそもあんたらは人の上前をはねることで儲けてるだけじゃないか。組合員が誰もいなくなったらやってけないだろ?生産者をもっと大事にしないと痛い目見るのはそっちだぜ?」


 マルティスは理路整然と云った。


「なっ…!何なんだ、おまえは!」

「そもそも配分も少ないよな?今いくつだったか?」

「7:3だ。最初は5:5だったのに、送り賃だの人足代だのがかかるとかでいつの間にかそう決まっていたんだ」


 村長の答えに、マルティスは呆れた。


「マジかよ。そりゃあおかしいよな。あんたもそう思うだろ?」


 マルティスは組合長の隣にいる書記の男に問い掛けた。


「う…い、いや、私は…」


 しどろもどろの書記に構わず、マルティスは組合長に向かって断言した。


「最低でも5:5、いや、こっちが6割でもいいくらいだ。この村の作物はどれも最高級ランクで、言い値で売れる品質だ。あんたらもうけ過ぎだぜ?そう思わないか?」

「そ、そうだな…6:4が妥当か…」


 組合長の言葉に、同行していた書記長は慌てた。


「え?あの、ガイゼル様!?ほ、本当によろしいのですか?」

「ん?何だウブル。儂の言う事に文句があるのか?」

「い、いえ…」

「だよな?そもそもこの村は安定して収穫があるんだ。送料やら人足の手間賃なんか込みだとしてもアルネラ村の配分は6:4でも十分組合は儲けてるはずだ」

「あ、ああ…その通りだ。文句はない」

「よし。じゃあ決まりだ!村長、証文をもらってくれ」

「は、はい!」


 こうしてあれよあれよという間に、組合との契約が更新された。

 ガイゼルという組合長には意見を云えないのか、ウブルという書記官はあたふたしているだけだった。


 そうして組合長らは派手な馬車に乗って帰って行った。

 村長は何が起こったのかわからないまま、馬車を見送った。


「あ、あの…6:4って、本当に良かったのかね?」

「ああ、今月からこの村の配分は6:4になった。これでも少ないくらいだ」

「一体何がどうなって…?あの組合長がそんなことをいうなんて信じられん」

「まあまあ、そういうこともあるんだって。証文もあるし、大丈夫だよ」

「しかし、あとで面倒なことになったりせんだろうか」

「心配しなさんな。大丈夫だって」


 村長が首をかしげながら、村の集会所へ歩いて行った。

 鼻歌を歌いながら納屋へ戻ってきたマルティスに、ゼフォンが云った。


「おまえは精神スキルを使うのだな。しかもかなりの上級スキルだと見た」

「げ。…バレてたか」

「精神スキルって?」

「おまえは知らなくていいの」


 マルティスはそう云って私の前を通り過ぎた。


「何なの?」


 私はゼフォンに説明を求めた。

 彼はしばらく無言のまま、私を見つめていた。


「平和な人間関係のためには知らなくていいこともある」


 そう云って彼もまた去って行った。


「ちょっとー!私だけ仲間外れってひどくない?!」


 結局何も教えてもらえなかった。



 それから5日後、再び馬車が村を訪れた。

 今度は馬車が3台に増えていた。


「おいでなすった」


 マルティスがのんびり云った。

 この事態を彼は予想していたようだ。

 組合はこの前の配分を取り消しに来るだろうと彼は云っていた。

 それも用心棒を連れて、強引にでも証文を破棄させるつもりで。


「ゼフォン、よろしく頼むよ」

「わかった」

「トワもな」

「う、うん」


 1台目の馬車から降りてきたのは先日組合長に同行してきたウブルという書記の男と、彼の部下らしき男2名、2台目と3台目からは、見るからにいかつい魔族の男たちが3名ずつ降りてきた。おそらくはウブルが雇った用心棒だろう。


 マルティスが村長の代わりに対応した。

 村長をはじめ、村人たちには家から出ないようにマルティスから話をしてある。


 ガラの悪い魔族が前に出て来て、マルティスを脅すように声を掛けて来た。

 ゼフォンが云うには、6人中、1人は上級であとは中級魔族らしい。

 その上級魔族がリーダーのようだ。


「誰か、うちの組合長に精神スキルを使った者がいるようだな」

「そ、そうだ、この村から戻って来てしばらく、組合長はアルネラは6:4、とばかり言っていた。頭がおかしくなったかと思ったぞ」


 上級魔族の男の指摘に、ウブルが同調した。


「言いがかりはよして欲しいな。こっちには証文もあるんだ。組合長だって納得してくれたじゃないか」


 マルティスがそう身振りで答えると、いかつい魔族たちが「ふざけるな!」といきなり襲い掛かってきた。


「ほい、出番だよ」


 マルティスが男たちをスッと躱すと、彼の後ろからゼフォンが現れた。

 男たちよりも頭一つ分背の高いゼフォンの登場に、彼らは怯んだ。


「な、何だおまえは…!」

「おまえたちこそ何だ」


 ゼフォンはギロリと男たちを睨んだ。


「くそっ、上級魔族がなんでこんなとこにいるんだ!」

「じ、上級魔族だからって容赦しねえぞ!見せしめだ、やっちまえ!」


 男たちは腰に帯びていた剣を抜いてゼフォンを取り囲んだ。


「ゼフォン!はいこれ!」


 私はゼフォンに農耕用の柄の長い鍬を投げた。


「すまんな」


 ゼフォンは鍬をまるで槍のようにぶんぶんと振り回し、構えた。

 彼は、襲い掛かる男たちの足元をその長い柄で薙ぎ払った。

 男たちは足払いされて、すっ転ばされた。


「さすが闘技場のチャンピオンだ。強いねえ」

「暢気に解説してる場合?加勢しないの?」

「あんな連中、何人来たってゼフォンの敵じゃねーよ。おまえの出番もなさそうだし」


 マルティスの云う通り、ゼフォンは男たちをあっという間に倒してしまった。

 書記とその配下たちは口を開けたまま、呆気に取られていた。

 こんなはずではなかった、という顔だ。

 彼らは村長と村の男たちをちょっと痛めつけて組合に逆らったらどうなるかを思い知らせ、証文を破り捨てて、配分を元に戻すつもりでやってきたのだ。


 そこでマルティスは再び出て行き、倒れている魔族たちに向かって云った。


「あんたらアザドーから派遣された用心棒だろ?」

「なっ…!なんでそれを…」

「アザドーがヨナルデ組合の上層部に食い込んでるって話は商人の間じゃ有名だぜ?弱い者いじめに加担するなんて、やっぱろくな組織じゃねーな」

「お、おまえ何者だ!」

「どーでもいいだろ。おまえらアジトに戻ったら組織の上の人に言っとけよ。弱い者をいじめるような仕事はやめとけって」

「う…?」

「どうせあちこちの集落でも村人から金品を脅し取ったりしてたんだろ?全部告発して反省しろよ?」

「は、はい…」


 その様子を見ていた私は、ようやく気付いた。


「わかった…!マルティスって言葉で人を操ってるんだ」

「…気付いたか。そうだ。操られている本人はその意識はないがな」


 私の前に立っていたゼフォンが振り返りながら教えてくれた。

 更にマルティスはウブルに、この村の特産のソレリーをブランド化して販売するように勧めた。

 こういうとこは商売人なんだなと感心した。


「もしかして私も操られてたり…?」

「俺がいるからにはそんなことはさせん」

「ゼフォンは大丈夫なの?」

「俺には精神耐性がある。簡単に操られたりはせん」

「そうなんだ…!良かった」


 結局、書記と組合員は6:4の配分を保持したままで組合本部へ帰ることになり、アザドーという組織の魔族たちは組織の本部に戻って自分の罪を懺悔するというミッションを自らに課すことになった。

 これらすべては本人らの知らぬところでマルティスの精神スキルによって操られた結果だった。


「ねえ、もしかしてそのスキルでアトルヘイム帝国でもなんかやらかしたんでしょ」

「いや、あれは俺だって被害者なんだ。おまえがいなきゃ死んでたんだぞ」

「だから何やらかしたのよ」

「まあ、いいじゃないか。もう終わったことだし」

「おまえはいいが、トワを巻き込むなよ」


 ゼフォンがマルティスをたしなめるように云った。

 マルティスは「へいへい」と返事をした。


 その月の終わり、組合から貰えるお金が随分と増えたと村長が喜んで報告に来た。

 おかげで私たちのお給料もちょっと弾んでもらえた。

 その後、この村のソレリーの実がブランド品として大人気となり高値で取引されるようになると、組合との立場が完全に逆転して村は日増しに豊かになって行くことになるのだが、それはまた別の話だ。


 収穫期が終わるより少し早く作業を終えた私たちは、村を発つことにした。

 その夜は村人たちが送別会を開いてくれた。

 ゼフォンは村の若い女性たちから、いつでも戻って来てくれと、そりゃあもうモテモテだった。で、へそを曲げかけていたマルティスはおばちゃんたちからお酒を勧められてそれなりにご機嫌になった。

 お酒が苦手な私はジュースを飲みながら村長夫妻と話をしていた。

 村長の息子はダイスといって、私と同じくらいの年頃だそうだ。

 話を聞いていると、息子をとても可愛がっているんだとわかった。

 今月から、息子に送る仕送りを増やしてやれると云い、まだ幼い妹にも楽をさせてやれると喜んでいた。


 私は席を立って、外に出た。

 空には満天の星。

 村長さんと話していたら、元の世界の両親のことを思い出した。

 今頃どうしてるのかな。

 私が死んだって悲しんでるかな。

 職場の皆もどうしてるだろう。

 同僚の梨香子、合コン誘ってくれてたのに、行けなくて悪いことしたなあ…。

 それとも、もう私のことなんて忘れちゃったかな…。


 …。

 …。


 ああ、ダメだ、こんなんじゃ。

 元気出せ、私。


 この世界で生きるって決めたんだから、落ち込んでちゃダメ。

 だけど、勇者として召喚されたのにクビになって、これからマジでどうしたらいいんだろう。この旅の先に答えがあるといいのだけど。

 やっぱり魔王を倒さなくちゃいけないんだろうか。

 でも、村長の話を聞く限り、そんなに悪い人とも思えなくなった。

 そもそも今、魔族と一緒に旅してるのに、魔王を倒す理由がない。


 この世界で私がやるべきことって何だろう。

 今迄みたいに、言われたことだけやってちゃダメなんだ。

 これからはちゃんと自分で考えて、行動しなくちゃ。


「よう。物思いにでもふけってんのか~?」


 そこへマルティスが千鳥足でやって来た。


「マルティス…。酔ってるの?」

「おばちゃんたちがなにかと勧めてくるんだよ。ここの酒、妙に美味いんだよなあ。まあともかく、ちっと寄り道したけど、ようやく出発だなぁ」

「そうだね」

「ペルケレに行ったら儲けるぞー!」

「出たよ、金の亡者」

「おまえのやるべきことはぁ!俺様を金持ちにすることだかんな!」

「あ~、そうだった。あんたにお金返さないといけないんだっけ」

「10倍、いや100倍にして返せよ!期待してっからな~!」

「がめついって」

「それくらいのつもりでいろってぇことだよ~」


 マルティスはそう云ってまた宴席に戻って行った。

 私は溜息をついた。

 そんな私の様子を、ゼフォンは横目で見ていた。


 当面、借金を返すことが私のやるべきことになりそうだ。

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