第21話 新たな契約
そうしているうちに、ホールの連絡扉の向こうから声が聞こえた。
「施設長ー、どちらにいらっしゃいますー?」
「ラウエデス様ー!報告書にサインをお願いしますー!」
彼らはフルールを探しにきたようだ。
「どうしよう…こっちに来られると面倒ね…」
「あの者たちをここへ来れなくすればよいのだな?」
「うん?できるの?」
「造作もない。ここで伏せていろ」
「う、うん」
兵士の姿のカイザーは通路へ出ると、声のする連絡扉に向かって片手を挙げ、詠唱を始めた。
「
カイザーがそう叫ぶと、掲げた腕から突如として突風が吹き出した。
その突風を操って、室内に置かれていた機械やテーブルを持ち上げ、扉の前に次々と積み上げて完全に塞いでしまった。
「すご…!あんた変身したままでも魔法が使えるのね」
「この程度の低ランクの魔法ならばな」
「て、低ランク?あれが?」
今のでもすごい魔法だったと思うけど、あれで低ランクなら、本気を出したらどれだけすごいんだろうか。
「ありがと。おかげで助かったわ」
「おまえは私の主なのだ。いちいち礼を言う必要はない。次は何をすれば良い?」
「えっと、この水槽みたいなのから、中の魔族たちを出してあげたいんだけど、どうにかできない?」
「ふむ。やってみよう。ちと数が多いな。少し強い力を使うので擬態を解くぞ」
カイザーは兵士の姿から、元の赤い鱗をまとった巨大なドラゴンに戻った。
その大きさはドーム状のホールの天井に頭が届きそうなほどだ。
『トワ。耳を塞いでいろ』
「うん?わ、わかった」
云われた通りに両手で耳を塞ぐと、カイザーは超音波のような鳴き声を上げた。
耳を塞いでいてもキンキンする。
するとホール内にあったすべての水槽にヒビが入り、表面のガラスがバリン!と音を立てて次々と割れた。
割れた水槽からは中の液体が流れ出し、その水圧で中に囚われていた魔族たちの体は床に投げ出された。
一番大きな水槽も鎖がはずれて割れ、中に入れられていた銀髪の上級魔族も外に投げ出されていた。
「すっご…!なんでもできるのね…!」
ドヤ顔のカイザーを横目に見ながら、私はうつ伏せで横たわる銀髪の魔族の傍に駆け寄った。
首筋で脈を診る。
意識はないけど、まだ生きている。
全身に大小の怪我を負っているけれど、致命傷になるものは見受けられなかった。どうやら眠らされているだけのようだ。
「回復」
回復魔法を掛けると、彼の全身の傷は消え、間もなく意識を取り戻した。
「う…」
銀髪の魔族は目を覚まし、長い髪を体にまとわせながら、裸の体をゆっくりと起こした。
銀髪の根元にはところどころに黒のメッシュが入っている。
長い睫毛も銀色で、瞳は深いブルー。
よく見ると、青年魔王にも負けないほどの、とんでもない美形だった。
見とれていると、彼と目が合った。
「…人間の女?なぜここにいる…?私は一体どうして…」
『無礼な口をきくな。トワはお前を癒してやったのだぞ』
私の背後から巨大なドラゴンの顔をのぞかせたカイザーが語り掛けた。その鼻息で私の黒髪が揺れる。
彼はカイザーに驚き、眼を見開いた。
「まさか…カイザードラゴン?いやそんなはずは…」
『そうだ、私はつい先日、魔王によって封印を解かれたばかりのカイザードラゴンだ』
「なんと…!魔王様が復活したのですか?!」
『そうだ。このトワはその魔王より委譲された私の主であるぞ。頭が高い』
「はっ!」
銀髪の魔族は私の前に正座して平伏した。
「知らぬこととはいえ、失礼いたしました。高価なポーションを使って癒していただけたようで、感謝の言葉もございませぬ」
『ポーションなどではない。回復魔法だ』
「…回復魔法?…まさか、そのようなことはありえません」
『このトワは、そのありえんことを成すのだ』
「どういうことです?」
裸の銀髪男は私をじっと見つめた。
私は目のやり場に困って、視線をさ迷わせていた。
職業柄、男性の裸は見慣れてるけど、こんな若いイケメンともなると話は違ってくる。
それにしても魔族の男というのは、どうしてこうもみんな腹筋ワレワレのいい体をしているのだろう。
この男だって顔が小さくて美形なのに、胸や腕は筋肉質で、いわゆる細マッチョ体型だ。
「い…言った通り、回復魔法をかけただけよ。どういうわけか魔族にしか効かないんだけど」
「まさか…。あなたが私に回復魔法を掛けて癒してくれたというのですか?」
『だからそう言っている。自分の体を見て見ろ。ポーションで全身を癒すとすれば、1つでは到底足りぬ』
「…確かに。ポーションは重ねては使用できぬはず…」
彼は自分の綺麗な体を見た後、正座のまま武士みたいな土下座をした。
「トワ様とおっしゃいましたか。ご無礼をお許しください。私はジュスターと申す者。命を救ってくださったこと、なんとお礼を申し上げてよいか…」
「お礼は後でいいわ。他の魔族も助けないといけないから、あなたも手伝って」
ジュスターは床に投げ出されている魔族たちを床に並べた。
私はその中からまだ息のある者を探して回復させた。
結局、助けられた魔族はジュスターを含めて7人だけで、他の魔族は既に絶命していた。
助けた魔族らは、自分たちが私に癒されたことに驚き、そして感謝した。
彼らはそれぞれ下級や中級魔族で、見た目も顔がタテガミに覆われた半獣人だったり、鱗に覆われた皮膚を持っていたり、有翼人だったりと姿も体格もバラバラだった。
ジュスターという魔族だけが上級魔族で、一見すると人間と見分けがつかない容姿をしている。こんな美形、人間にもちょっといない。
「このジュスター、一度は死んだ身。命の恩人のトワ様のために粉骨砕身、尽くしたいと存じます。どうか私をあなたの配下にお加えください」
ファンタジーな見かけと違って、時代劇みたいなセリフを吐いた。
「配下って言われても…、困っちゃうな。私も行くところがない身だしさあ…」
「流浪の民となるのならば、是非にお供させてください。必ずお役に立ちます」
『トワ。この者、かなり魔力は高いぞ』
「そう言われてもね…」
「もはや帰る場所のない身の上。どうか私をトワ様の従者にしていただきたい」
『武人は義理堅いぞ。断ると自害するやもしれん』
「ええっ?カイザーってば、どうしてそう私をビビらすことを言うのよ…!」
「何卒、お願いします」
彼は額が床につくほど深く土下座をした。
こんな風に頼まれたら、嫌とは云えない。
「わ、わかったわよ…。いいわ、許します」
「感謝致します…!」
ジュスターが感慨深く云った途端、彼の体がまばゆく光った。
「おおっ!」
「え…」
『契約が結ばれたようだな』
「待って、まさか…」
『私の時と同じだな。やはりおまえの力は魔族だけに作用するようだ』
「カイザー…あなたわかってて私に勧めたの?」
まんまとカイザーの策略に嵌ってしまったようだ。
「ありがたき幸せ。これよりこのジュスター、トワ様の忠実な下僕として粉骨砕身、働かせていただきます」
「そーいうつもりじゃなかったんだけどな…」
『良いではないか。ここから逃げるにしても、人手はあった方が良いぞ』
私はカイザーをジロリと睨んだ。
「あんた、私を嵌めたわね…」
『さて、何のことかな』
「白々しい…。まあ、いいわ。ジュスターだっけ?とりあえず何か服を着てくれないかな。そっちの人たちも、裸は困るんだけど」
すると、裸のままのジュスターの体が短く光った。
「ん?…私、今おかしなこと言った?」
ジュスターはしばらく茫然としていたけど、2、3度瞬きをすると、私に向かってにこやかに微笑んだ。
「…これは面白い。トワ様は稀有なお力をお持ちのようですね」
彼はそう云って立ち上がった。
そして何事か口ずさむと、ジュスターの裸の体は瞬時に貴公子のような衣装に包まれた。
「ええっ!?」
黒に銀色のラインの入った上下に黒のブーツという、ちょっと派手な軍服みたいでカッコイイ。詰め襟や袖口に黒と銀糸の刺繍が施され、ベルトのバックルには銀色のオオカミのような獣が象られている。
肩章からは腰までの漆黒のマントが翻っている。
黒い衣装に、長い銀色の髪がとても映える。
突然の変化に、私は目を見開いた。
「な、何が起こったのかな…?今の何?その服、どこから出したの?」
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