その瞳に映して

プロローグ 目覚め

 夏の暑い日、セミの鳴く声があちこちから聞こえてくる。

 5歳の璃子は汗だくになりながら、公園を駆け回っていた。


 周りの友達はみんなで砂遊びをしている。

 しかし、エネルギーに満ち満ちた璃子はじっとしているのが嫌で、さっきからもう何周も公園を走り回っていたのだ。



 さすがにヘトヘトになってきた璃子は水筒のお水を飲もうと井戸端会議に参加中の母親のもとへ向かおうとした。

 その時だった。


 ――ドサッ


 小石につまずき、転倒してしまった。



「ママ……。」


 母親のほうに視線を送るがおしゃべりに夢中でこちらを見る様子はない。


 友達は少し離れた砂場で何やらお城のようなものを作っており、気づいていないようだ。



 痛いというよりも寂しくなった璃子は地面に視線を落とす。すると璃子の体を覆うように黒い大きな影が出来た。


 顔を上げるとそこには少年が立っており、璃子を見下ろしていた。


「あ、泣いてるかと思ったけど大丈夫そうだね。」


 少年の瞳はビー玉のような綺麗な茶色だった。

 目を少し細めて笑うと、少年は公園をそのまま後にした。


 時間にしたら5秒もなかったと思う。


 しかし、この5秒の間に璃子は体温が急上昇するのを感じた。



 いま思えば、これがきっかけだった。璃子はこの瞬間を後に何度も反芻することになる。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る