第30話 もう一人の魔王

 神の使いを殺したディアウスはじりじりと近寄って来る。

 その威圧感は凄まじく、今すぐに逃げたいと思う程だ。だが、体が動かない。彼女の魔力を浴びていると体が委縮してしまい上手く動けないのだ。


「ほう、其方が元魔王であるか」


 少女は開口一番、そう言い放った。


「元……だと?」


 我は正真正銘魔王であり、決してその座から降りてはいない。

 それなのにこの少女は我を『元』魔王と言った。


 ふと、以前人族の王から聞かされたことを思い出す。

 魔王が役割を持たなくなった時、新たな魔王が生まれると言った話だ。

 先代魔王が役割を果たさなくなった時、我が生まれたのだと言う。であれば、目の前の少女が新たな魔王であるのも一応辻褄は合う。


 実際、もうとっくに我はアリサを利用しようなどと思っていない。その思いは奇麗さっぱり無くなってしまったのだ。

 幹部の皆は我の策を信じてくれた。そんな皆を、魔族軍を裏切ってでも、我はアリサと一緒にいたいと考えるようになってしまったのだ。


 ……新たな魔王が生まれていても、おかしくはなくなってしまったのだ。


「……貴様が新たな魔王であると?」


「え、それ本当? じゃあ私の子供ってことになるのか」


「アリサは黙っていてくれ」


「いかにも。私は新生魔王ディアウスである。其方は魔王の役割から外れた元魔王なのだ。役割を終えた今、ここで消えるがいい!」


「くっ……!」


 ディアウスは予備動作無しで、即座に爪で斬りつけてくる。何とかギリギリで躱すが、今の彼女の攻撃は本気ではない。……本気で戦えばまず負ける。本能がそう訴えている。


「ディアベル!!」


「邪魔だよ」


「ぐああぁっぁああ!!」


 アリサは我を庇いディアウスの攻撃を直に受けてしまった。

 拳による打撃一発で、アリスの純白の鎧が一瞬で砕け散ってしまう。今までそのようなことは一度も無かったというのに、ディアウスはいとも容易く鎧を砕いたのだ。圧倒的な力の差を感じざるを得ない。

 そしてそれは、我らが勝てないことを如実に指し示している。

 

「アリサ、無事か!?」


「はっ……ディアベルだって余裕はねえだろ……。で、こっからどうするんだ……?」


「……策は無い」


 小手先でどうにかなる相手では無い。

 付け焼刃の力ではその差は埋まらない。

 何をどうしたところで、ディアウスとは根本的に違う。そう思い知らされた。

 もはや生物としての格が違うのだ……。


「何もせぬのか? それでは……さらばだ」


 ディアウスの爪が我を庇うように前に立ったアリサを貫き、そのまま我にも突き刺さる。

 もはや勇者一人では命を賭けて庇ったところで何の意味も為さないと言うのか。


「ぐふっ……げほっ」


「がはっ……!」


 二人そろって絶体絶命だ。

 心臓こそ外れているものの、傷が深く出血が酷い。ダメージが深すぎるために回復魔法も追いつかない。


「もっと苦しんでみせるのだ。そのために心臓を避けたのだからな」


 ディアウスはあざ笑うように我らを煽った。

 急所を外れていたのではなく敢えて外していたことから、彼女の残虐性が明るみになる。

 むしろ魔王たるものこれくらいが普通なのかもしれない。そうとすら思い始めてしまった。 

 

 だがそれでもまだ諦められない。


「……ふざけ、お……って……!」


 魔王である以上、戦って死ぬことは覚悟していた。

 それでも、これほど圧倒的に蹂躙されて死ぬのは魔王として許せないのだ。


「魔王を……舐めるな……!!」


「なに?」


 我はディアウスの腹部に義手を当て、そのまま高出力レーザーカッターを発動させた。

 死ぬ前に少しでも足掻いたつもりだった。

  

 だが、その攻撃は彼女の体を貫くことは無かった。

 ほんの少し焦げ跡を残しただけで、かすり傷を付けることすら叶わなかった。


「残念だが、その程度の攻撃では私は倒せないのだ」


 我とアリサはもう一度爪で貫かれ、そのまま意識を手放し崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る