第22話 新たな手がかり
「ふぅ。……やっと、一息つける」
レモネードをこくりと飲み込み、乾いた喉を潤す。
ここは交易都市エル・ファミルの酒場。エルフの里で捕まえたハイエルフのソフィアは組合長に引き渡した。現在は地下に収容されている。まずは、一段落といった感じだ。
「ぷはー。仕事の後のレモネードは最高! この酸味が良いのよねぇっ」
あの事件のその後について簡単に話そう。結論から言うと、一連のエルフの里の事件の首謀者がハイエルフのソフィアであることは、本人の所持品や状況等々から即座に認められることとなった。
エルフの里の一連の騒動はすべてハイエルフのソフィアの自作自演であることが確定した。その手口はこうだ。
シュブ=ニグラスの根をエルフの里全体に這わせて、木の活力を奪うことで枯れさせ、エルフの里を窮地に追いやり、エルフの里に暮らす者達が救世主願望を持つ下地を作り出した。
『んで、救世主願望が頂点に達したタイミングで、都合よく救世主様のご登場ッと』
エルフの里の森の奥に潜み、その機を虎視眈々と伺っていたのだ。登場するタイミングも完璧だった。
(……いや、仮にエルフの里の人間が組合に相談していなければ、より最高のタイミングで登場するつもりだったのだろう)
ソフィアは組合の人間が査察に入る前に女神アウローラの御遣いを騙り、里の危機を救うために遣わされたと嘯いた。そして難なく堂々と里に入りこむことに成功する。
(……あの女、頭はイカれてるくせに用意は周到だし狡猾……。あの手のタイプはさすがに初めて。今後も二度と、あんな狂人と出会うことはないはず)
『そこで、ソフィアは【奇跡】を演じてみせたワケだ』
もちろん実際は奇跡でもなく単なる、ハーフエルフを生贄に捧げた外法の類。自分で枯らした木を、ハーフエルフの生命力を生贄にして注ぎ込むことで森の樹々を活性化させただけのマッチポンプ。
手口はシンプルだが、里の窮地を救うことで一夜にして救世主として崇め奉られる存在となった。アルヴの森出身のハイエルフという出自も信頼を得るのに大いに貢献したことだろう。
『エルフの里の奴らも、もし冷静な状態だったならここまで簡単に騙されたりはしなかったはずだぜ。村の窮地を救う奇跡を起こした御遣い様だから、ここまで一瞬で信用されたってわけだ。弱った時は藁にもすがりつきたくなるもんだからナァ……』
「……そうね」
エルフの里に暮らす者としては、森の危機に現れたアウローラの御使いを名乗る存在は、救世主のように見えたことだろう。そんな時に、眼の前で常識ではありえないような【手品】を見せられたら信じるのも無理は無いし。責められない。
『自作自演とはな。最低最悪の卑劣な行為をよりによって同族に対して……』
「それについては、私も完全に同じ意見よ」
火のないところに放火して自分で消す。これ以上に卑劣な方法はない。
(多くのハーフエルフたちが無惨に命を奪われることになった……)
「でも、失踪事件とか里の子供も違和感を持つほどの事件が起こっていたし、ソフィアが救世主として現れたあとも疑う余地はあったはずなのに、どうして……」
『正常性バイアスだ。人間つーのは、一度信じたことにゃ多少の違和感が有っても、曲解してでも良いように捉えようとする性質らしいからナッ。一度強く信じた物を否定するってのは、言うほど簡単じゃねぇって聞くぜ』
リューの言うとおりだ。エルフの里の民もまったく異変に気づいていない訳ではなかった。ただ里を救った御使い様を疑うこと自体が『よくない事』そう感じているように思えた。
「信じた物を疑いたくない。……いや、疑えなくなっていた。だから、山奥の教会に行った人が帰ってこないことも、失踪者が増えたのも問題にならなかった。そういうことね……」
『まあ、そんなとこだろうナ。それに仮に違和感があったとして、アウローラの御遣いを名乗るハイエルフを糾弾するほど肝の座ったヤツなんてそうそういねェだろうしな』
仮にそんなことを言い出せば、周りから奇異の目で見られるか、不信心者だと思われるのが関の山だ。この事件で悪いのはハイエルフのソフィア、ただ一人。他の者たちに責任はない。
『ま、ザマァねえがナ。あのクソエルフもいまごろ組合の尋問官から《取調べ》を受けてるはずだ。死んだほうがマシと思うほどのなナッ』
「大勢の罪なき者を殺めてきたのだから、当然の報いね」
あの女がどんなに苦しもうが同情の余地なんてまったくない。……そして、あの女がこの世界で犯した罪は決して生きている間に贖罪できるような物ではなく死後、地獄の業火に焼かれながら永遠の苦役の中で精算すべきものだ。
(それにしても今回も、ギリギリのタイミングだった。我ながら思う。運がいいのか、悪いのか。最善ではないにせよ、救うことのできる命があったのだから、幸運だったのだと思いたい……)
ソフィアという女は山奥の教会に突入するまさにその日、エルフの里の全生命体を贄に捧げシュブ=ニグラスを受肉させるための儀式魔法を発動させようとしていたのだ。
(私が里に入るのが一歩遅ければ……たまたま、温泉でエルフの女の子と出会っていなければ……もし、私があの女に敗北していたら……)
そう考えるとゾッとする。もし、儀式魔法が成功していたら交易都市エル・ファミルのみならず、自由都市全体を揺るがすような大事件になっていたはずだ。
『唯一解せネェのはまだシュブ=ニグラスの欠片すら見つかってねーってことだ』
「……そうね。あれだけの巨大な物が見つからないっていうのは変よね」
『そのせいで今回の報酬はゼロだ。今回は完全に赤字だ。……はぁ』
クエストの依頼は『エルフの里の樹々が枯れた原因の調査』。正規の依頼でもなく、なおかつ、私が本当にシュブ=ニグラスと戦ったという証拠もない以上は、報酬がないことは仕方ない。クエストが空振りに終わるのも初めての経験ではない。
だが違和感がある。表出した一部とはいえ、私はあの異形のバケモノを確実に斬り倒した。……にもかかわらず、その断片が見つからないなんて。組合の派遣する調査員は優秀。見逃すことはありえない。なのだが……。
(……いろいろと妙な事件だったわ)
『考えても答えはでねぇ。まあ遠からず洗いざらい吐かせるはず。それまでの辛抱だ』
「そうね。それもそうね。私たちは、調査の結果が出るのを待つとしましょ」
尋問官は精神系の魔法や、薬物を使った方法でどんな屈強な悪漢や異常者にも洗いざらい自白させることができるらしい。遅かれ早かれ、事態は明るみになり、組合からの報酬はその時にちゃんと貰えるはずだ。
(それにしても尋問官……。いったいどんな方法を使ってるのやら。知らないほうがいいかしら)
「今回は空振りだったわ。でも、少なくとも私たちにとっては成果がゼロだった訳ではないんじゃない?」
それどころか、最も欲しかった物が手に入ったというのが正直な感想だ。……あのソフィアという女が、聖王国の従属都市シュタインガルドという都市に潜む竜人と関連している可能性が高いことが判明したのだ。
『ああ、そうだナ。聖王国にある従属都市シュタインガルド。そこが、あの女を雇ったボスの根城だ。本人の自白はアテにならなくても所持品から、特定されている。間違いはネェ』
「竜人が潜んでいるというのに、情報が漏れないってのも奇妙な話よね。噂好きの冒険者たちならそんな話、酒場で話題になってそうな物だけど」
『高位の竜は完全に人に擬態できるからナ。ヘタ打たなきゃバレねぇんだろうよ』
シュブ=ニグラスもおそらくはその竜人から授けられた物に違いない。いかに、アルヴの森出身のハイエルフとは言え、聖王国が管理している聖遺物のその一部でも手に入れるのは不可能なはずだ。
「とりあえずは、聖王国に行って内情を探るのが一番ね」
『そうだな。まずは、聖王国行きの定期便のある、海岸都市サン・リヴィアに行くぞ』
私達は新たな目的地へ歩みを進めるのであった。
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