第48話「妹とショッピングモール」
「お兄ちゃん! デートがしたいです!」
「デートって……いろいろ言いたいことはあるがこの辺にデートするところは公園くらいしかないぞ?」
「お兄ちゃん、私はコレをもっています」
そう言ってさしだしたのは二枚の切符。地元の汽車の往復券だ。
「これでアオンモールへ行けますよね?」
準備はできているらしい。俺はそのくらいの時間はあるのでその提案を受けた。どこまでいっても地方のショッピングモールであって、一般的には金のない連中がデートをするときの代表のような場所だ。ムードにこだわる茜がそこで妥協するというのは珍しいなと思った。
「いいのか? 雰囲気の欠片もないと思うぞ?」
「お兄ちゃんがいればだいたいのところはデートスポットになるんですよ!」
そういうものなのか、あるいはどこに行くかではなく誰と行くかが大事だというのならその通りなのかもしれない。果たして俺が一緒に行くことでデートになるかどうかは非常に議論の分かれるところだろ。何しろ兄妹だ、デートと呼んでいいのかはその時点で論争になるだろう。
しかし、俺もどこかで妹である茜と一緒に遊びに行けることを喜んでいる心の一部があることはどうしても否定できない。俺の本心について少し考えようとして、深みにはまりそうだったので俺の心の穴に重厚な蓋をしてそれを溶接してコンクリートの塊をその上において心の中に封印した。
「お兄ちゃん? 行きたくないんですか?」
俺は少し考えて答えた。
「いや、たまにはいいな」
茜はガッツポーズをして俺の手を引いた。
「じゃあ善は急げと言いますし早いところ行ってしまいましょう!」
「時刻表とか……」
地方特有のどうしようもない数分ごとに電車が来たりしない時刻表からして急いで行くか時間を潰してから行くしか無いだろう。
「丁度いいタイミングでお兄ちゃんに話しかけましたから今から行けば十分で汽車が来ますよ!」
どうやら全ては妹の手のひらの上らしい。時間まで予想して俺に話を振った茜に感心する。俺ではそこまで気が回らないのは確かだろう。時間計画の完璧な茜はそこまでして俺と一緒に行きたかったのだろうか? それについては俺の嗜好では答えが出なかった。理性の部分が俺なんかと一緒に行っても嬉しくないだろうと主張するのだが、だったらここまで時間に配慮して俺を誘った理由の説明がつかない。矛盾を抱えたまま家を出ることになった。
「お兄ちゃん! 服と下着とアクセサリのどれかを買おうと思っているんですが、どれがオススメですか?」
「アクセサリ」
服はギリギリセーフかもしれないが、下着は完璧に兄妹といえどアウトなので、一番セーフに近いであろうアクセサリを買ってもらうことにする。兄妹だと言い張っても下着売り場に男がいるのは不味いのではないかと容易に想像がつく。
「なるほど、お兄ちゃんは見た目の中でも目立つ者に注目すると……」
「そういう問題じゃないだろうが! ランジェリー売り場に俺が一人残される修羅場を想像して見ろ!」
茜は少し思案げな表情を浮かべてから答えた。
「それは大変興奮しますねえ! お兄ちゃんが私のために下着を選ぶ、ロマンを感じずにはいられません!」
ダメだこの妹、自分の欲望に全振りしている……話が通じるとかそういう問題じゃないぞ……
俺はとりあえず何はともあれ駅に向かうことにした。『行くぞ』と言うと茜は俺の手を引いて駅まで急ぎ足で歩いて行った。無人駅では俺たち以外の誰一人としていなかった。限界路線の日常である。
そうして三分くらい立ったところで電車がやってきた。予想外に自宅で時間を消費していたらしい。もう少し粘れば罰ゲーム同然の妹の計画を破綻に追い込むことが出来るということについては考えないことにした。
ガタンゴトンと汽車は揺られていく。俺たちは整理券を手に目的地への値段を計算していた。定額制ではない汽車なので安易に安心することはできない。従量制の汽車というのは安心して乗れないと思うのだが、駅と駅のあいだを歩くのが現実的ではない地域あるあるだ。一駅前からおりて歩くなんて到底正気の沙汰とは思えない。
俺たちはバスに乗り、やはり整理券を引いてバスが進んでいくのを見る。慣れてはいるのだが距離に応じてバス代が上がっていくのはあまりいい気分ではない。妹の手を握ってバスに揺られていると、目的のアオンモール前に到着した。特定の施設前にわざわざバスが止まるようにするのは珍しいことではない。
「茜、ついたぞ」
「ふぁ!? お兄ちゃんが私の手を握っている!? なんてことを! お兄ちゃんとのスキンシップを逃すなんて!」
「お前ずっと俺に寄りかかってただろうが……今さらそんなこと気にするなよ」
「おおおお兄ちゃんに寄りかかる!? そんなボーナスタイムを私はフイにしたんですか!?」
「はいはい、入り口についたんだから早いところ入るぞ。いい加減暑い」
春であってもやはり長距離を歩くと汗をじっとりとかいてしまう。距離こそそれほどではないが、茜がじっくりゆっくり歩くので日光に晒された時間が長かった。
「ふう……涼しいですね」
「汗が引いていく……涼しい……」
「ねえお兄ちゃん……アクセサリショップに行くわけですが……お兄ちゃんにお小遣いをあげようと思います」
茜がなんとも含みのある言葉を出す。まあ俺にお金をくれるというのなら文句の一つも無いというものだろう。
「どうぞ」
そう言って茜が差しだした金額は万札が五枚だった。これはもらいすぎのような気がしてならない。
「こんなにもらうわけには……」
「いいんです! どうせこの後使っちゃいますからね!」
よく分からないままアクセサリなどを売っている雑貨屋に連れて行かれた。
「じゃーん! お兄ちゃん! これを買ってください!」
茜は財布を一つ手に取り俺に見せる。金額は税込み四万九千八百円。さっきもらった金額とほとんど変わらない。
「お前、自分で買うという選択肢はなかったのか?」
当然の疑問をぶつけると茜はしれっと答える。
「お兄ちゃんが払ったという事実が価値のほとんどなのですよ! たとえ私がさっきまで持っていたお金だとしてもね!」
よく分からない理論を呈して誤魔化しているような気がしてならない。こういう物を詭弁というのではないだろうか? しかし俺は店員にさっきもらった万札を渡して会計が済んだ。値引き一切無し、ハイブランドは値下げしないというのは本当らしい。
「お兄ちゃん! 買ってもらったお財布は一生大事にしますからね!」
「一生でなくてもいいぞ。気にするな」
「私が気になるんですよ!」
鼻歌を歌いながら気分がよさそうに歩いていく茜と一緒に俺たちは帰宅した。その晩、食事がいくらか豪華だったような気がしたのは気のせいかな?
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