第32話「ネットワークカメラの脆弱性」

 俺はその日、酷く退屈をしていた。そしてふと思いついたのだが、他人の生活を覗き見るというのは楽しいのだろうか? こんな考えに至ったのはネットワークカメラにはデフォルトの設定でネットに公開しており、その設定ミスで誰でも覗けるカメラが存在してしまうという理由からだ。


 ネットにはアクセスが自由なネットワークカメラの映像へのリンクを集めているサイトがある。俺は些細なエンタメを期待してそのページを開いた。大半は退屈な他所の庭などどうでもいいようなものが映っている。くだらないと思って次から次へとページを移動していく。そしてたまたま……奇跡的な偶然とも言える確率でソレを見つけた。


 見覚えのある部屋が移っている。あまりにも見覚えがあって詳しく調べなくてもそこがどこなのかよく分かる。本来であればこんなところが映るはずのないところ、俺の部屋だった。


 誓って俺は自室にネットワークカメラなど設置していないし、自分で買ったものなら真っ先にパスワードを変える、こんな運用をするはずがない。そもそも自室を映す意味が無いだろう。幸いカメラは押し入れの奥の方に設置されているらしく布団の隙間から僅かな幅だけ俺の部屋を移していた。それでも僅かな視界で、この部屋だと判断するのに十分すぎるほど俺はこの部屋で生きてきた。


 俺はまずルータのケーブルを引っこ抜いた。これでとりあえず漏洩は防げる。それから押し入れの中身を出して隅の方をみてみると安物のカメラが一台置いてあった。明らかに隠すように置かれたそれを俺はどうするか少し考えて、電源を外し明日が燃えないゴミだったのでゴミ箱に放り込んだ。誰が設置したかはだいたい予想が付くがその予想が確定するのが怖いので犯人不明のまま事を処理することにした。


 部屋に帰ってルータにケーブルを挿して再度そのカメラのアドレスを開いてちゃんと切断されていることを確認する。きっちり切断されていたので、念のため他のカメラがないかどうかをきちんと確認して問題無いと結論が出た。あれを誰が置いていたか、それを追求しても誰も得をしないので俺はカメラを捨てたと言うことで満足し、時々はルータに知らない器機がぶら下がっていないかチェックしようと今後の再発防止ルールを考えた。


 こんな性悪説に基づいた運用をしたくはないのだが、実際悪用されてしまった以上それを悪意がなかったと判断するのは無理があるだろう。あのカメラがいつから置かれているのかと思ったら背筋を冷たいものが伝ったが、出会ってまだ日が浅いアイツがやったとしてもそれほど長期でないことを計算してセーフと判断した。


 それから夕食になったのだが、その場には父母共にいなかった、奇妙に思い茜に聞くと、『食事券を渡してたまには外で食べてきてくださいと言っておきました』と言われた。聞いただけなら親孝行な立派な娘だが、本来の意図は明らかに親に聞かれるとまずい会話をするための人払いだった。


 夕食のカレーを食べていると茜が話しかけてきた。


「お兄ちゃん、最近掃除をしましたか?」


「ああ、勉強しようと思った日に限って掃除が捗るんでな」


 嘘をついた。どうせカメラのアクセスログなど確認できないのだから問題無い。ルータからケーブルを抜いた時点でネットワークからは切断されている。


「ところでお兄ちゃん、その掃除で何か変なものが見つかりませんでしたか?」


 冷や汗を流しながらそう聞いてくるので助け船を出してやることにした。


「ああ、色々ゴミや要らないものが出てきたから燃えないゴミに捨てておいた」


 その言葉にカメラだと認識されなかったと思ったのか、茜はホッとして食事に戻った。


「お兄ちゃん、隠しごとってないですか? 私に何か隠してませんか?」


 俺はすっとぼけているだけであって隠しごとはしていない。その境界は曖昧なものだが嘘ではないだろう。


「茜、プライバシーって知ってるか?」


「も……もちろんじゃないですか! いきなりなんですか!?」


 わかりやすい動揺だ。自分のことをゲロって居るようなものだが正論の刃で切り裂くのはやめておいた。妹と長きにわたる禍根を残すだけの結果になりそうだったからだ。


「ねえお兄ちゃん、私の愛情ってそんなにおかしいですか?」


 少し考えて答える。


「家族愛としては明らかにおかしいだろう。というかお前のは愛情じゃなくて執着じゃないか?」


 何故俺なんぞに固執するのかは分からないが、物好きであることは確かだ。自分が執着しても得るもののない人間だと言うことくらいよく分かっている。自分の事というのはまったくもってよく分からないな……


「でもお兄ちゃんへの愛は本物ですよ?」


「そうか……」


 歪んでいるがなとは言わなかった。たぶんコイツの気持ちというのは矯正不可能なものなのだろう。愛情に理由は無いのかもしれないが、いざそんな無償の愛情をぶつけられると負担だ、それに耐えるほど俺は器が大きくない。


「お兄ちゃん……私のこと嫌いですか?」


 うーん……嫌いではないが……結局俺は妥協して答えた。


「失敗から学習する妹は好きだな」


 そう、失敗から学習して欲しい、頼むから……


「そうですか……ふふふ……そうですか」


 不気味な笑いをしながらカレーを食べている様は新しい悪巧みをしているといっているようなもので、学習するというのが『バレない』方面に工夫しないことを俺は祈るよ。

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