第19話「妹とオーディオ」

「『茜』『俺は』『お前の』『ことが』『好き』『だよ』」


「ハァハァ……やはりお兄ちゃんは良いですねえ」


 現在何をしているのか? 茜は兄の言葉をボイスレコーダーで撮ってこのような継ぎはぎをして自分を満足させていた。


「お兄ちゃんの声をもっとスムーズにしたいですね、素材が足りません! もっとお兄ちゃんと無駄話をしなくては!」


 そして妹の音声素材採集は始まった。


 ――リビングにて


「ねえお兄ちゃん、何か好きなものとか欲しいものはありますか?」


 突然茜が質問をしてきたのだがプレゼントでもしてくれるのだろうか?


「何かくれるのか?」


「いえ、お兄ちゃんの好みの傾向を調べておこうと思っただけです。食べ物とか好きなものが無いですか?」


「そうだな、オレンジジュースとか好きだけど」


「好きですと断言してくれますか?」


「……? オレンジジュースがすきです」


「よしっ!」


「??」


「お兄ちゃん、私の名前を呼んでくれますか?」


「茜?」


「疑問形ではなくて、もっと情熱的に!」


「なんだよ一体……茜! これでいいのか?」


「グッドです……次は私のことを褒めてくれませんか?」


「よく分からないが一体なんで?」


「まあまあ、細かいことは良いじゃないですか! ほら、私のことを可愛いと思いませんか?」


「思うけど……」


 贔屓目だろうか? 贔屓無しにしても茜は可愛いと思っているが、その辺は第三者の意見ではないのでなんとも言えない。


「では可愛いと断言してください!」


「ああうん……可愛いよ」


 茜はモジモジと手をポケットに入れながら俺によく分からない要求を続ける。


「ではお兄ちゃんは私のことが好きですよね?」


 ですか? ではなく、ですよね? と質問するあたり自信がうかがえる。いや、確かに嫌いじゃないけどさ。


「ああ、好きだよ」


「うっし!」


 何がうれしいのか茜は喜んでいるが、俺の言葉だけで喜んでくれるとは安上がりなやつだな。


「お兄ちゃん、この絵、綺麗じゃないですか?」


 そう言ってスマホでキラキラした画像を表示して見せてきた。


「ああ、綺麗だな」


「よし……!」


「なにがヨシなんだ?」


「聞き間違えじゃないですかね」


「だって……」


「さあお兄ちゃん! 次は可愛いと言ってください!」


「可愛いってなにが?」


 突然にぶち込まれる会話に困惑してしまう。コイツには話の流れというものが無いのだろうか?


「ええっと……犬の赤ちゃんってかわいいですよね?」


「ああ……? かわいいな」


 茜はポケットから片手を出さない。一体何をしているんだろうか? 俺には想像もつかないような高尚な考えを持っているのだろうか?


「うんうん、いい感じですね!」


「なあ茜、さっきから一体なんなんだ?」


「気にしないでください、私の収集癖が出ただけです!」


「なにを集めてたんだよ……」


 さっぱり分からない、何がしたいのだろうか? 妹の考えは兄には理解が出来ないのだろうか。


「お兄ちゃん……その、愛しているものとかってありますか?」


「あるぞ」


「ああ、やっぱり言えない……えっ!?!? ああああるんですか!?」


「ああ、睡眠と現金を誰より愛しているぞ」


「そうですか……それは良かったです。いきなり脈絡のない発言は気をつけてください!!」


 何で俺が怒られているんだ? というか全人類も睡眠と現金を好きな人が多数派だと思うぞ。


「脈絡の無いって……そっちが振ってきた話じゃないか」


 茜は一息ついてから言った。


「サンプルは十分ですね、ではお兄ちゃん、私はこれからいろいろとお兄ちゃんに見せられないことをするので部屋に帰ります。絶対に覗かないでくださいね?」


「それはフリか?」


 押すなよ的な意味だろうか?


「いや、割とマジでお兄ちゃんには見せられないので勘弁してください」


 そこまで言うなら見るわけにはいかない。部屋に帰っていく茜を見送りながら、何のサンプルをとったのか? あるいは一体なにをする気なのか? そう言ったことが気になりつつ俺も部屋に帰った。


 隣の部屋が気になってしょうがない。見せられないこととはなんだろうか? 思っているような思春期特有のヤツ? だったら俺に宣言する理由は一切無い。つまりは俺の予想もつかないことなのだろう。疑問は疑問のまま、一切の考えをその場で打ち切って寝てしまおう。どうせ俺には想像もつかないことなのだろうから……

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