第29話

 麓の街にも街医者はいる。

 セイジはカマルを連れて何度も検診に出向いた。魔術を使える医者はカマルのお腹に手を当てて退治の様子を見ているようだった。

 治癒の魔術が使えないわけではないが、セイジは医学の専門家ではない。それでもカマルのお腹に手を当てて感じ取っていた生命力と、医者の見立ては一致した。


「これは、双子ですね。産むのは大変かもしれませんが、こまめに診せに来てください」

「双子、ですか?」

「そうです。赤ちゃんが二人お腹にいます」


 双子という単語自体を知らなかった様子のカマルに、医者が説明する。


「子どもたちって、セイジさんが言ったのは、気付いていたんですか?」

「何となく、カマルさんのお腹に二人いるような気がしたんだ」


 手を当てたときにカマルのお腹に二つの命を感じた。医者の見立てでそれが間違いではなかったのだとはっきりする。一度に二人の子どもを産むのはカマルにとっては負担かもしれないが、驚きながらもカマルは喜んでいた。


「イオくんに話さないと。赤ちゃんは二人ですよって」

「イオにも分かってる気がするんだがな」


 診察から帰って来ると、ソファに座ったカマルにイオが駆け寄って来た。セイジは何となく嫌な予感を覚えていた。


「お母さん、どうでしたか?」

「赤ちゃんは二人だということが分かりました。双子なんだそうです」

「やっぱりそうでしたか。イオは滋養にいいように準備してきましたからね!」


 物凄く嫌な予感がするのだが、イオはにこにこと嬉しそうにカマルに告げる。


「ワイバーンを取って来ました! ワイバーンステーキにしましょう!」

「はぁ?」


 思わずセイジは頭を抱えていた。

 イオがイノシシやシカやコカトリスやブラックベアを取って来るのはもう日常になっていたが、まさかワイバーンを取って来るとは予想外だった。


「サプライズなのです」


 庭にカマルとセイジを連れ出して、森の中に隠しておいた巨大なワイバーンを担いでくるイオの姿に、カマルが口元を押さえるのが分かった。急いでカマルは小屋の中に避難させて、セイジはイオに説教する。


「カマルさんは妊娠中で体調がよくないんだぞ? なんでワイバーンなんだ」

「妊娠すると貧血になるから、鉄分を多くとった方がいいって、本に書いてあったのです! ワイバーンのレバーと心臓は鉄分豊富で滋養にもいいのです!」

「他のものもあるだろう! 血生臭い解体作業を見て、カマルさんの吐き気が酷くなったらどうする!」

「師匠が解体するから平気なのです。イオは汗をかいたのでシャワーを浴びますね」


 説教を全く聞かない体勢でイオが立ち去るのに、セイジは頭痛しか感じなかった。

 イオなりのカマルに対する気遣いなのだと分かっているが、何故ワイバーンなのだろう。普通に街の肉屋で家畜のレバーと心臓を買ってくるわけにはいかないのか。


「確かに、小さな街だから肉が売り出すのもときどきだし、レバーや心臓は手に入りにくいけど……」


 解体しても氷室にしている倉庫に入りきらない予感しかしないワイバーンを前に、セイジは立ち尽くしてしまった。

 死んで血抜きをされたワイバーンを放置しておくとカラスや魔物が寄って来るので、仕方なくセイジはワイバーンを解体する。硬い鱗のある皮を剥いで、内臓の処理をして、骨から肉をそぎ取っていく。

 解体が終わったら外は寒いのに汗びっしょりになっていて、セイジは一度小屋でシャワーを浴びた。


「イオ、倉庫に入りきらない。麓の街に分けて来てくれ」

「仕方がないですね。帰ったら特大のワイバーンステーキを焼いてくださいね」


 仕方がないも何も、自分が持って来たのにセイジのせいのように言うイオに呆れつつも、セイジはカマルの隣りに腰かけた。


「カマルさん、気分は悪くないか?」

「は、はい。ちょっと驚いただけです」

「ワイバーンの心臓とレバーを調理したら食べられそうかな?」

「心臓とレバー?」


 どういうことかと聞き返すカマルにセイジが説明する。


「妊娠中には鉄分が必要らしいんだ。それで、イオはワイバーンを取って来た。心臓とレバー……肝臓には、特に鉄分が多いんだ」

「そうなんですね。お肉屋さんでは売ってませんからね。イオくんは私のために取って来てくれたんですね。大丈夫です、食べてみます」


 イオの好意を理解して頷くカマルに、どうすれば臭みなく食べられるのか、調理方法をセイジは考えていた。



 ワイバーンの心臓とレバーはよく血抜きをして、水洗いをして、水気を取って、塩コショウで味付けして、パン粉をはたいてオリーブオイルで揚げ焼きにした。バルサミコ酢とハーブを散らせば、臭みもかなり気にならなくなる。

 一人で食べきれる量ではなかったが、時間を置くと臭みが酷くなるので、カマルの分を取り分けた後にセイジはイオに残りをあげてしまう。特大のワイバーンステーキを焼いてもらったイオは、ステーキもレバーも心臓も全部食べ尽くした。


「美味しいです。ありがとうございます、イオくん、セイジさん」

「口に合ったならよかった」

「お母さんは元気な赤ちゃんを産むのですよ?」


 「お母さん」とカマルを慕うイオが言うのに、セイジは不思議な気分になる。自分のことは一度も「お父さん」などと言ったことはないし、思われているはずもないセイジだが、イオはカマルのことは受け入れた。

 これが聖女としてのカマルの人徳というものなのだろうか。

 カマルが来てセイジも変わったが、イオも明らかに変わっていた。


「イオくんの弟か妹か、両方かもしれませんね」

「イオの弟でも妹でもないのですよ」


 カマルの言葉にイオがあっさりと否定する。


「イオの運命のひとなのです」

「は?」

「イオには分かるのです。お母さんが産むのは、イオの運命なのです」


 イオには未来視のような力があることがセイジには分かっていた。だからこそ、イオが冗談ではなく本気でそれを言っていることが分かる。

 生まれる前からイオが自分の運命と決めているのが、セイジの息子か娘だなんて信じられない。


「お父さんと呼ぶのは今じゃないって、そういう意味か!?」

「師匠は昔から察しが悪すぎるのですよ!」

「カマルさんのことも『お母さん』じゃなくて、『お義母さん』だったのか!?」


 あまりのことに叫んでしまったセイジだが、カマルは意外と落ち着いていた。


「そうだったのですね。イオくんにお母さんって呼ばれるのが嬉しくて気付いていませんでした。お義母さんだったのですね」

「お母さんは、本当のお母さんのような気持でいるのです。師匠は……まぁ、いつか『お義父さん』になりますね」

「断言した!?」


 まだ十二歳のイオだが、大人になれば自然とセイジの元を離れて独り立ちしていくのだとセイジは勝手に思っていた。しかし、イオの言うことが本当で、セイジとカマルの子どもがイオの運命の相手ならば、イオはセイジの元を離れていくというのはなさそうである。


「師匠とお母さんの仲を応援したのも、お母さんに幸せになって欲しかったのもありますが、師匠とお母さんが結ばれない限り、イオの運命は生まれないと分かっていたのです」

「イオ、お前、何がどこまで見えているんだ!?」

「それは、内緒なのですよ。師匠は言ったじゃないですか、ひとの秘密を暴いてはいけないって。師匠もイオの秘密を暴くようなことしようとするなんて、悪趣味なのです」


 未来のことが分かっていてそれを告げずに立ち回っていたイオの方がよほど悪趣味だと思うのだが、イオが怖くてそのことがセイジは口に出せない。産まれてくる息子か娘がイオの運命であったとしても、他の相手ならば「うちの子を奪うなど許さん」と戦争ができるのだが、イオにだけはセイジは勝てる気がしない。


「私とセイジさんの子どもがイオくんの運命だなんて、ロマンチックですね」


 ほのぼのとしているカマルを味方に付けることもできず、セイジは口を閉じるしかない。

 世界最強の魔術師であるセイジの怖いものは、やはり弟子のイオだった。

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