第22話
買ってきたチュロスのレシピで早速生地を作って絞り出して、カマルがチュロスを揚げている。テーブルにはイオが着いてわくわくと出来上がりを待っている。
「揚げたてがとても美味しかったんですよ。イオ様も、出来上がったものから食べてくださいね」
「はい! 楽しみにしています!」
揚げたチュロスを運ぶのはセイジなのだが、「なんで俺が」と文句を言えないのはカマルがとても楽しそうだったからだ。揚げたてのチュロスに砂糖を振ってセイジがイオの皿に運んでいくと、イオは熱さにふうふうと吹きながら口いっぱい頬張って食べている。
「さくさくで美味しいのです! カマルさんはイオのために作ってくれて優しいのです!」
幸せそうに食べているイオのために、セイジは何度も揚げたてのチュロスを運んで行ったのだった。
大量のチュロスを食べ終えて満足したイオは、部屋に帰って行った。
昼間にセイジとカマルが町に行っている間にイオが何をしていたかは知らないが、帰りが夕食時になったので帰ったときにはイオはとても不機嫌だった。
「おやつがなかったのです。イオはお腹が空いて死ぬかと思いました」
「自分で何か作れるようになれ」
「イオが自分で作れるようになっていいのですか?」
いずれイオも独り立ちするのだし料理をできるようになっていて損はないはずなのだが、脅す口調で言われるとセイジは身構えてしまう。
「イオが、料理を作れるようになったとします」
「それはいいことじゃないのか?」
「イオは自分の好きなときに好きなだけ、料理を作れるのですよ?」
「それのどこが悪いんだ?」
問いかけたセイジに、イオは「師匠は分かっていませんね」とやれやれと呆れ顔だった。
「イオが自分の好きなだけ材料を使って、好きなだけ料理を作るのですよ?」
その言葉に、やっとセイジはイオが料理を作れることの恐ろしさに気付いた。買い置きしていた材料が全て食い尽くされていて、朝起きたら朝食が作れない状態になるかもしれない。
少し目を離していたら昼食に何もかも材料が使われていて、何も作れなくなるのを想像して、セイジは青ざめてしまった。
「そ、そうだな。お前は料理が作れなくていい。作らない方がいい。作ったらいけない!」
最終的にはセイジはイオに料理を作らないことを約束させていたのだった。
そういうことがあった後で、夕食後にカマルがチュロスを作ったので、斜めだったイオの機嫌はよくなって、シャワーを浴びて鼻歌を歌いながら部屋に入って行った。
セイジとカマルも順番にシャワーを浴びて新しく建てた離れの小屋に繋がる扉を開けて入って行った。
買ったばかりなのでまだシーツもかかっていないベッドにカマルがシーツをかけて枕も移している間に、セイジはベッドを買うまで入れておいたベッドを自分の部屋に戻しておいた。
湿った髪のままのカマルの手を引いて引き寄せると、カマルがセイジの膝の上に座るような体勢になってしまった。慌てているカマルに、セイジは甘く微笑んだ。
「カマルさん、愛してる」
「セイジ様、私も……」
口付けを交わして膝の上に横向きに座っているカマルの腰を撫で、太ももに触れる。目を伏せながら口付けを受けて、カマルが甘い声を上げる。
「セイジ様……」
「あ、それ」
「え?」
そのまま甘い時間になだれ込むつもりだったセイジは、ふと気になっていたことを口にした。
「その呼び方、変えられないか?」
「セイジ様の呼び方ですか?」
戸惑っている様子のカマルの髪を掻き分けて、耳をセイジはそっと唇で食む。びくりとカマルの身体が震えた。
「俺も抱き合うときにはカマルのこと呼び捨てにしてるし、カマルにも俺のこと親し気に呼んで欲しい」
「セイジ様を呼び捨てになんて」
「二人きりのときだけでも、お願いだよ」
耳朶を舐めて首筋に口付けをすると、カマルの身体がセイジの膝の上でびくびくと震える。カマルと抱き合うようになってまだ少ししか経っていないが、カマルの身体はすっかりとセイジに馴染んでいる。
他の遊んでいただけの女性とは、欲望を吐き出したらそれだけで、快感も大して覚えていなかったのが、今はカマルとどれだけ抱き合っても足りない。体力の限界まで抱き合って、気怠い疲労を覚えながらカマルの豊かな胸に顔を埋めて眠るのも至福だった。
「セイジ……」
「カマル、俺のカマル」
「私のセイジ」
優しくカマルをベッドに横たえて、セイジはその体に覆いかぶさっていった。
新しい離れの小屋にもシャワーだけ浴びられる小さなバスルームを作ったのは、抱き合うとお互いに汗やその他の体液でどろどろになってしまうからだった。さすがにそれをイオのいる母家の小屋で流すわけにはいかない。
イオもセイジとカマルが結婚することは分かっているので、二人が陸み合っているのは分かっているだろうが、情事の後の気配をはっきりと見せてしまうのは躊躇いもあった詩、恥ずかしさもあった。
なんでもお見通しのイオの世界に何が見えているかは分からないけれど、見せたくないものまで無理やりに見るような子ではないという信頼感がセイジとイオの間にはあると信じたかった。
シーツを新しいものに変えて、カマルがシャワーから出て来るのを待って、セイジは入れ替わりにバスルームに入った。シャワーを浴びて出て来ると、カマルがベッドの上でうとうとと眠り始めているのが分かる。
ネグリジェを着たカマルの身体を抱き締めて、胸に顔を埋めるとその柔らかさと弾力に溺れそうになる。
「カマルの胸で窒息死できるんなら、俺は幸せだな」
「セイジ様、何言ってるんですか!?」
「カマルの胸があまりにも素晴らしいから」
たっぷりとした豊かな胸はセイジの気に入っている場所であった。その大きさと柔らかさもだが、埋もれていると眠りの浅いセイジがぐっすり眠れるような気がしてくるのだ。
「カマル、呼び方が戻ってる」
「せ、セイジ……慣れないんですよ」
「『様』よりも、『さん』の方がいいかな」
強請るように甘く囁くと、カマルが目を伏せて恥じらいながら呟く。
「セイジ……さん?」
「俺もカマルさんって呼んでるし、俺のこともセイジさんって呼んでくれるか?」
期待する瞳で見つめて強請ると、カマルはセイジにこくりと頷いてくれた。肌の色が濃いので分からないが、カマルは赤面しているのではないかとセイジは判断する。カマルの大きな睫毛の長い金色の目は感情豊かだが、肌の色の濃さは顔色を読ませない。
「セイジさん……なんだか、照れますね」
「夫婦みたいでいいじゃないか」
身体をずらして、覆いかぶさるようにして、セイジは耳元に唇を寄せてカマルに囁く。体重をかけすぎないようにはしているが、重すぎないくらいの体重をカマルにかけていると、カマルの体温と鼓動と呼吸を感じられて、セイジも心地よい。
「カマル……」
「セイジさん」
呼び捨てにするのは難しいかもしれないが、「さん付け」になるのならば、以前より距離が近くなった気がして、セイジは幸せな気分になる。
「ずっとカマルさんは俺やイオに遠慮してた気がする。イオのことも『様付け』じゃない方が喜ぶと思うよ」
言えばカマルは躊躇っているようだった。困ったような表情のカマルに、セイジはイオのことを説明した。
「イオは小さな頃から子ども扱いされたことがない。俺はイオを甘やかすような優しい大人じゃなかったし。イオは親しくて甘やかしてくれる大人を求めているんだろ思う」
「何て呼べばいいでしょう」
迷っているカマルにセイジは微笑みかける。
「それはイオに聞いてやればいい」
セイジの答えにカマルは小さく頷いた。
カマルを抱き締めてセイジは目を閉じる。カマルさえ腕の中にいればどんなことも怖くはない。
この感情は確かに愛なのだとセイジは実感しながら眠りの中に落ちていった。
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