初恋の人に頼まれたら問答無用にイエスです。

@pa2note

第1話 同級生にご注意

「おはよう」

「あぁ、おはにょぅ…」

…いや、むりだから。緊張して話せないから。


駅のホーム。この4月から高校へは電車通学になった。そしたら小学生のころから片思いの矢川さんと学校は違うけど通学で乗る電車が一緒になったのだ。


僕は次の駅で友達が乗ってくるから車両の場所を約束しホームの待ち位置が決まっている。矢川さんも決まっているようでいつも同じ待ち位置、僕が乗る車両の次の車両だ。


僕より先に矢川さんがホームで待っていると、前を通る必要があり、そうなるとホームに来た時から緊張で歩き方がガッチガチになってしまう。


小学校の時から美少女ぶりの頭角を現していた矢川さんは、中学ではその美少女ぶりもさることながら、成績優秀、生徒会長さらに学校集会で校歌のピアノ伴奏までこなし、その才能も高く評価されていた。


それなのに彼氏がいたということもなく、高嶺の花よろしくみんなの憧れの存在だったのだ。僕もその憧れを抱く男子の古参の一人。


さて、正々堂々と顔をチラ見していいこの「おはよう」のために、ぼくはこの難関進学校に合格してよかったと思っていたのだが、数日でそのしあわせが終わってしまった。ホームで見かけなくなったのだ。


…部活にでも入ったのかなぁ。

電車に乗る時間を変えたのかもしれないが、それは仕方ないか。



4月の下旬に入るともう暑い。朝はつり革が足りない程度に混雑するが、帰りは座れないこともない。顔見知りの帰宅部はだいたい同じ電車だけど、この駅で降りるのは僕だけ。


いつものように電車を降りて改札に向かっていると矢川さんを見つけた。片思い歴が長いと視界に入れただけでわかるところが自分でも怖い。


いや、こっち向いてるし、僕を見つけたって顔してるし。思わず誰もいない後ろを確認したよ。えっ、ぼく?


「やっほー、藤井君」

「え、あ、え、なに?」

「学校の帰りでしょ?」

「そぉだね、帰ってるとこ? だよ」

「ふふ。これからちょっと時間ある?」

続くセリフは、つらかせよ、あるんだろ、だせって。矢川さんが!?

そんな訳ないだろうけど、こんな時はどうすれば正解なのだろう。


「時間? 大丈夫、あるよ」

頭ん中は真っ白で正解は出てこないが、矢川さんの質問に否定する理由はない。

「話したいことがあるんだけど、いいかな」

ノーと言えない藤井です。

「ん? 僕に? いいよ、もちろん」

こ、怖い。何を言われるのだろう。

「よかった、じゃぁ帰りながらで」


横に並んで話しながら歩いても邪魔にならな広い歩道がある大通り。お互い小学校の学区が同じなので歩き出す方向は一緒だ。

「この時間に帰るんだね」

「そう、放課後学習があるんだ、うちの学校」

「さすが進学校って感じだね」

「いや、そっちの女子高も偏差値高いとこでしょ」

「いやいや、そちらの学校にはかないませんかないません、それはもう恐れ多いです」

「ふっ」

矢川さんらしからぬ物言いに鼻を鳴らしてしまったが、少し肩の力が抜けた。

「あー、笑ったー」

「いや、笑ってない、ぜんぜん笑ってないから」

「ふふ。大丈夫、怒ってないから」

顔色をうかがうためにチラ見すると、矢川さんも僕を見ていた。

…うわっ、見れない!

目が泳いでしまうから前を見る。

反則だ、くそかわいい。


「藤井君は朝の電車はいつも7時32分?」

夕暮れ時、まっすぐな道が続く。

「7時…32分だね、いつも」

「ひとり?」

「乗るときはひとりだよ。途中で友達が一緒だけど、あーでも、こないだからひとりかな」

「あら、どうして?」

「部活で朝練があるんだって。えらく早い時間の電車に乗るって」

「へーそうなんだ。藤井君は部活は? なにか入ったの?」

「まだ調査中。入部決めるのはゴールデンウイーク後までって、うち」

「そっか」

「矢川さんは電車の時間、変えた? ほら最初はいたでしょ? 7時32分」

質問をした僕は軽く矢川さんの方を見る。そして僕の顔を見ると不安そうな顔をした。

「うん。知り合いがいたからねー、その時間」

「知り合いがいたんだ」

「うん。そう」

「まぁ残念だけど、知り合いと一緒に乗るなら時間もそっちに合わせるか」

「残念?」

目を大きくした矢川さんがビシッと僕を見た。ヒット!

「あ、いや、僕も知ってる人がいたら朝からなんかうれしいかなぁって」

「うれしかったの?」

「あー、知り合いがいないより、いた方がいいなーってだけだから」

「わたし?」

矢川さんが自分の胸のあたりを指さす。

「それにだって電車通学って会社員みたいだし、僕たち大人の仲間入りだねって」

「ぼくたち?」

人差し指の先が僕と矢川さんを往復する。

「あー、なんか他の同級生と違って、二人だけ電車通学始まったし」

「そーなんだ」

立てた人差し指をピンポンピンポン。えいってやると魔法が飛び出す?

「ごめん、自意識過剰だね、こんなの」

人差し指が上を向いてピタッと止まる。

「ううん、そんなことないよ。新しい通学で知り合いが一人もいないとさびしいじゃない。……わたしも―――――――一緒でうれしかったし

最後の方がうるさい自動車の音でよく聞こえなかったけど、僕の下手な言い訳を悪く取られなかったようだ。よかった。

「そうだ、今日はどうしたの?」

なんかさっきから普通に話せてるぞ、うん、普通だと思う。

「そうそう、緊張してて忘れてた」

「緊張?」

「ふふ。そう、こんなに藤井君とちゃんと話すのって小5以来じゃない、ちゃんと話せるかなーって」

おおおっ!覚えててくれたんだ!ちょっとだけ算数の話をしたことがあったよね!

「あの頃はもう男子と女子、仲良くなかったころだね。や、あー大丈夫。うん、僕も緊張してるから!」

「ふふ。ごめんね、急に付き合ってもらって」

いつでも付き合います。はい。

「そうだ、えっとね、あのね、藤井君、朝、ひとりなんだったら」

「ん?」

「わたしと一緒に行ってくれない?」

「どこに?」

「学校」

「女子高!」

「来るの?」

「女装する!?」

「いや、違うから。電車までだから!」

妄想が女子高まで通学したけど、かろうじて電車まで引き戻された。

「あぁあ、びっくりした」

「わたしもびっくりした」

矢川さんの妄想は女装の僕を女子高の中まで引き入れたに違いない。

「そっちの駅に降りるだけで、なんでいるのって思われるくらいだから」

学校は2駅離れている。僕の学校の方が遠い。

「そうかもね、ホームで彼女待ちしてる藤井君の学校の人いるよ」

「お、おとな、じゃん」


赤信号 ちょっと手前で 立ち止まる 二人の肘が ふれるふれない

そんな青春の川柳がよぎる沈黙を矢川さんが破った。

「朝ね、えっとね、電車に一緒に乗ってほしいの」

それは集団登校というやつでつか? 矢川さんが班長で副班長がぼくで。え?

「知り合いの人は?」

「うーん、知り合いの人ってのが藤井君だから」

班員も僕でした。

「僕? 時間をずらしたのは知り合いの人と乗るためじゃないの?」

一緒の電車に乗りたくなかったのか……ホームでも会いたくなかった、と、いうことなのかぁああ!?

「あー実はね」

なのに一緒に電車に乗んなさいって、これいかに。

「うん」

「触られるの。…触られてね」

ペタペタ?

「なにを? えっ? ああっ! おおぉおう」

矢川さんのお尻にお胸に目線が引っ張られるぅぅぅ。無理やり矢川さんの顔を見て、目線が動かないように、瞬きもしないで見つめる。か、かわいい。目が血走ってないといいけど!


「時間、ずらしたんだけど、やっぱりターゲットにされてるみたいで」

胸の前でグーにした手に力が入っている。

みなまで言うな。

矢川さんの敵は僕の敵。

「わかった」

立ち止まり、矢川さんへ向き直る。

「一緒に行こう。僕が壁になるから」

矢川さんが顔をあげてパッと目を開いて僕を見る。

「いいの?」

うれしそうな顔を僕に向ける。

「もちろん」

まぶしすぎて顔が見れない。


「犯人を捕まえるの?」

証拠の写真か動画を撮って警察に突き出すあれか、などと思ったが。

「ううん、証拠作りのためにそばに来られるのもイヤ」

「そっか。そうだよね。おとり捜査じゃないもんね」

うーん、失敗、目的を間違えた。そうだよ、手柄をあげるためじゃない。矢川さんがこれ以上苦しまないようにするためだ。

「でもあれー、二人でってのはあのー、誰かに見られたら、付き合ってるとかー、勘違いされるかもしれないしー、恥ずかしいなー、あははは」

三文芝居に磨きがかかる。

「…むしろ勘違いしてほしいし」

ぶはっ!

っと、あぶない、あぶない。僕が勘違いしてしまいそうだったよ、そのセリフ。

「そっか、守ってくれる彼氏がいるよって、その人へのアピールになるか」

独り暮らしの女性がベランダに干すトランクスと同等でも所有格が矢川さんのってだけで光栄です。

「藤井君、へんなこと頼むけど、お願いします」

「大丈夫。一緒に電車乗るだけだし、なにも負担があるわけじゃない。むしろ一緒にいるのって楽しそうだ」

「よかった。藤井君がいてくれて」

頼られる。責任感を感じ鳥肌が立つ。これは、武者震いだ。


「よかった。お母さんに相談したら学校近くに下宿探すって言いだしたから」

「あれ、それでもよかったんじゃないの?」

むしろ電車に乗らないって選択肢があったなんて。

「え、でも、そしたら、せっかくの電車通学で――――――会えなくなっちゃうし

けたたましい自動車が通過してよく聞こえなったけど、電車通学っていいよね!

「そうだよね、電車通学って大人って感じだよね。スマホで音楽聞いたりして」

「…そうね」

あれ、ずれたこと言ったかな?

「あっそうそう、藤井君、スマホ今ある? ライソ交換していい?」

矢川さんとライソの交換。すごくインパクトのある言葉に冷静を保つのがしんどい。

「いいよ」

「はいQRコード」

うまく映るように僕のスマホの画面を見る。二人で。なにこれ、もう、はじめての共同作業でいいんじゃね? 近い近い。矢川さんは平気な人なの? えっ、手首持ったよ僕の。

「あ、できた」


〈今日はありがとう。夜にまたライソするね〉


 〈りょうかいしましたー〉


僕は今日、初恋の人との距離がとっても近くなりました。ちーん。


「あれ、会話が終わったわ」

「そうだね、この後に続くのはバイバーイ、まったねー、だね」

「もー、まだだから」

なにそれかわいい。

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