転生皇女と暗殺執事 〜 二度目の人生を全力で生きる……ってなぜか命を狙われてるんですけどっ!? 〜

宮杜 有天

第1話 〝死なずの〟オフィーリア

 そこは大きな部屋だった。そして豪華な部屋だった。

 天蓋のついた大きなベッドに上品な調度品。壁一面を埋めるほど大きく取られた窓には透明度の高いガラスがふんだんに使われている。窓の横を飾る細かく編まれたレースカーテンはおそらく絹製だ。

 そして部屋の中を照らすのは、オイルランプの柔らかな炎ではなく、窓から差し込む月明かりだった。


 仄かに蒼暗い室内に立つのは二つの人影。

 一つは十六歳の少女。この部屋の主であるオフィーリアだ。

 体を包む白い寝間着ネグリジェは袖口や裾、首回りが細かいレースで飾られていた。肩まである亜麻色の髪は月明かりの中でも分かるくらい艶やかだ。

 整った顔立ちだが左頬から眉間に向けて跡があった。一見すると痣のようにみえる。彼女の白い肌とは違う黄色みがかった色をしている痣のように。だがその形は刃物によって傷づけられたように鋭い。


 オフィーリアのあおい瞳が見つめる先にはもう一つの人影。彼女より頭一つ分高いその人影は黒かった。フード付きのマントに身を包み、黒塗りの仮面をつけていた。ただ仮面の右目にあたる部分に青白い炎が灯っているのが見える。


「その右目、まるで鬼火ウィルオウィスプね。貴方ならわたしをちゃんと向こう側へ連れて行ってくれそう」


 少女とは思えぬほど、落ち着いた声でオフィーリアは言う。浮かべているのはどこか諦めたような淡い笑み。彼女はおもむろに寝間着ネグリジェを脱いだ。

 白い裸身が月明かりの中に浮かび上がる。そして女性としての優美な曲線を備えた裸身にはいくつもの跡が残っていた。顔にあるのと同じ、その部分だけ肌の色が違う跡。大きさも形も様々だ。皮膚を繋ぎ合わせたわけではなく、いずれも境界は滑らかだった。

 それは彼女が生死の境を彷徨うほどの大けがの跡だ。引き攣れもなく滑らかなのが異質ではあったが、それらは確かに傷跡だった。


「生死を彷徨うほどの怪我を受けても、わたしは死ねなかった」


 誇るでもなく蔑むでもなく、淡々とオフィーリアは言う。

 傷だらけの裸身。しかしその傷跡が彼女の美しさを損なうことはなかった。むしろ見る者が畏敬の念を抱いても不思議ではない神々しさがあった。

 オフィーリアは無造作に仮面の侵入者に近づくと、そのまま首に手を回し抱きついた。


「貴方ならわたしを殺せるの?」

「不愉快だな」


 仮面の向こうから声がした。若い男の声。低く、怜悧な印象を与える声。


「離宮の警備こそ厳重だったが、この部屋に来るまで誰一人出会わなかった。なんの警戒もなく、まるで俺を招き入れるかのように、だ。お膳立てが過ぎる」


 男の右手がオフィーリアの後頭部に伸びた。そのまま髪を掴み、顔を上げさせる。仮面越しに二人の視線が交差した。


「しかも俺に驚いた様子がない。よほど生き残る自信があるのか、それとも単に死にたいだけなのか、どっちだ?」


 オフィーリアは答えない。あの淡い笑みをただ浮かべるのみだ。


「ふん。退屈しないと思って、今回の依頼を受けたのだがな」


 男の右手に炎が宿った。右目と同じ青白い炎。キンッ――という硬質な何かが割れるような音が、室内に響いた。

 刹那、オフィーリアの目が見開かれる。男の首に巻かれた腕が力なく垂れ下がり、体が崩れ落ちようとする。それを男が支えた。そのまま花嫁を抱き抱えるような格好で、オフィーリアを持ち上げた。

 ベッドへと運び、その上に横たえる。そして開いたままのオフィーリアの目をそっと閉じた。

 月明かりに浮かび上がるのは大理石の彫刻のような美しい裸身。

 いつのまにか、男の姿は消えていた。

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