無地の旗 旧稿

にくきう

第一章 始祖の帰還

-1.十三年前

 人の気配のない空間。


 普段、ここは巨大な機器の整備に使われているのであろう。

 高い天井をもち、壁も床も金属板で作られた空間には、所々に重機や工具が配置されている。

 普段は活気がある場所なのだろう。


 しかし、今は空間の中央に巨木が鎮座するのみである。

 ワイヤーで固定された樹皮は金属の光沢を持ち、葉の類は一切ない。


 時折樹皮に光が流れる。


 この巨木に似た物体はただ静かに佇んでいた。



 暗闇の中で物体が発する光だけが、かろうじてその輪郭の形を世界に示している。


 どのくらい時間がたっただろう。外の明りにより、闇が二つに割れた。

 そして、光の中に長い影を落として二人の人物が現る。


「ワリィな、エッジ。 今回のはチョイと厄介な積み荷でな。 向こうに渡す前にお前にも見せときたいんだわ」


 口を開いた男の琥珀色の瞳は鋭く、くすんだ金髪は後ろでおさげでまとめられている。

 彼は体格にも恵まれており、隣の男より頭一つ分大きい。

 精悍な造りの顔なのだが、男のしぐさには軽薄な雰囲気が漂い、身に着けている衣服がうさん臭さをさらに強調している。


 派手なアロハシャツとカーゴパンツで身を包み、カラコロと下駄を鳴らす男が相方に訊ねた。


「これこれ、何だと思う?」


 エッジと呼ばれた黒い髪に赤い瞳の男は、大男が指し示す位置を確認する。

 それは樹状の物体の幹にあたる部分、ジンバの顔より少し高い位置にあった。


「……顔……じゃないのか?」


 そこには、少年の顔が半ば埋もれるようにして存在していた。

 樹木状の物質と同素材であろう金属のような質感からは生命の雰囲気を感じない。

 しかし、静かに眠るような表情は人工物であるとは思えない存在感を持っていた。


「だよなぁ。 本格的な解析はまだだけどサ、これ、お前のルーツに関係あるかもしれないぞ?」


 黒髪の男の眉間にしわが寄る。

 男のただでさえ近付き難い雰囲気がさらに強化された。


「顔が怖いぞ。 ただでさえお前の空気感って鋭いんだからサ、これ以上怖くしてどうすんだよ。 ほら、笑ってみ?」


「……結論を言え」


「コイツ、元は人間だったらしい。 お前、なんか知んねェ?」


「賢者の石がらみか?」




 倉庫内にアラームが鳴り響いた。


「話は後だ」言いながらエッジは既に走り出していた。


『ジンバ様、所属不明艦がジャンプアウトしてきました。 数は三。 現在、こちらの呼びかけに反応はありません』


 アラームに続いて柔らかな女性の声が状況を説明する。


 ジンバは大きく息を吐くと腕を回しながら、倉庫を後にした。





 円筒形を横にした空間の直径は二十五メートルほど。

 この空間の行き止まりの部分に円形の壁を背にしているジンバ。


 足元には長さ五メートルほどの板状の物体が置かれており、ジンバはその上に立った状態で待機している。

 板は推進装置を取り付けたサーフボードのような形状だ。


「今から出ると接敵までどのくらいだ?」


『相手方に攻撃の意志があれば十分程で接触します。 しかし、相手の意図が判明するまでは……』


「ダイジョブ。十中八九敵だよ。五分後にエッジも出してやってくれ。 俺は今から出る」


 ジンバはボードの上で腰を落とす。


「んじゃ、頼むわ」


 円筒の内部が明るくなり、ジンバがボードごと浮き上がる。


 進行方向を塞ぐように二枚の魔法陣が展開されると、サーフボードが前進を始めた。

 一枚目の魔法陣をくぐったとき、ジンバがやにわに連続でポージングを始める。


「着装!」右腕を大きく上に伸ばしたポーズで最後のポーズをきめたジンバが叫んだ。


 同時に二枚目の魔法陣がジンバに向かってスライドをはじめ残りの距離を詰める。

 魔法陣が接触した部分からジンバの姿を変えてゆく。


「ジンバ、バァトルモォォード!」前後に腕を伸ばした歌舞伎の見えのようなポーズで名乗りを上げた。

 まだポーズ付きで名乗りを上げている。


 今のジンバは動きやすさを重視した全身鎧を纏った姿だ。

 コンバットスーツにも似た形状は、機密性に優れているだろうことが容易にうかがえる。

 蒼いメタリックの光沢を放つスーツの表面には所々に光を放つスイッチ状のユニットが鏤められ、頭部のゴーグル部分では眼光鋭くツインアイが輝いている。


 リニアカタパルトから勢いよく飛び出し、追加で出現した三枚の魔法陣を貫くたびに速度を増してゆく。

 ジンバが最後の魔法陣を貫いたとき、ボードの上からジンバの姿が消えた。


 しかし搭乗者を失うも、ボードはそのまま航行を続ける。





 五分後、再度現れた魔法陣をボードが貫くと、ジンバがボード状に現れた。


 ボード上へと帰還したジンバの眼前に、既に艦載機を展開し終わった千メートルクラスの戦艦が三隻と戦闘機が百機弱


「ジンバ、戦闘開始の合図は任せる」


後ろから、追いついてきたのは二十メートルの白銀の人型機動兵器。 搭乗者はエッジである。

肩部と脚部にサブスラスター、腰部にメインスラスターを設置するという一風変わった配置だ。それ以外は全体的にシンプルな印象を与える機体である。


「どうせ向こうから先に撃ってくるヨ。 それが開戦の合図ってことで。 ナン、最終勧告ヨロシクゥ!」


 最終勧告が終わる前に、艦隊から一斉射が放たれた。幾条もの光線とそれを追うように実体弾が迫る。


「エッジ、戦闘機が一点、戦艦が十五点でどうだ?」


「いいだろう。負けた方が飯代を出す、でいいか?」


「一発芸も込みで」


「後悔するなよ」


 白銀の機体が戦闘機に変形し、艦隊に突貫する。

 エッジは粒子砲とショットセルで軌道上の敵弾を相殺しながら直線で突き進む。


 白銀の剣のようなフォルムの戦闘機の先端から光の粒子が放たれ、やがて機体全体が光の残滓に包まれる。


 この段階の白銀の機体には、敵機の攻撃は既に意味のないものになっていた。

 迫る光弾も、実体弾も、避け損ねた敵戦闘機もものともせず、体当たりで撃破し、尚も目標に向かって一直線で進む。


 狙いは十五点だ。




 ジンバはボードを操り全ての敵弾を交わして進む。


「分! 身!」


 ジンバの掛け声を受け、ナンのアナウンスが始まる。

『機動ボード下部の時空線を消失点へ接続します……接続確認……実体像投影五秒前、三、二、一、コンタクト』


 ジンバのボードの裏側に、二人目のジンバが現れる。


「「イイイイィヤッホオ―――ウィ!」」


 ボードの上下に立つジンバが、すれ違い様に敵戦闘機を両手のフォトンマシンガンで次々と撃破してゆく。




 ジンバの攻撃により戦闘機の四分の一が消滅した頃、エッジは二隻目の戦艦の横腹に突入するところだった。


 艦の右後方から左前方にかけて風穴をあけられた敵艦は小規模な爆発を繰り返しながら分解していく。

 一隻目の戦艦は既にエッジの機体に艦首からジェネレーターまでを貫かれて爆散して消滅した。


 一瞬で人型へと転じた白銀の機体が腰部のスラスターを取り外す。


 左右それぞれのスラスターを組み合わせると、右肩に担ぐように振りかぶる。

 組み合わせたスラスターから光の粒子がほとばしり、千メートルほど先で三日月状に反り返る。


 光の粒子が三日月型に変じた頃、白銀の機体がその両手を振り下ろす。


 戦艦を突き抜けた勢いのまま戦場移動していた機体は、既に次の十五点を射程に捉えていた。


 巨大な白兵戦用武器と化したスラスターが、その迸る粒子で軌道上の戦闘機を切り飛ばしながら最後に残った戦艦に下ろされた。

 その姿は正しく死神の鎌だ。


 その後も鎌が振るわれるたびに、戦闘機が刈り取られていく。


 さて、敵の戦闘機についてだが、この機体はフレキシブルスラスターの採用により、既存の戦闘機に比べて格段に運動性能が向上している。

 熟練者が操る新型機は、大気圏内においてもヘリコプターに匹敵する近接戦闘能力を発揮する。

 しかし、空中戦の王者も、さらに小回りが利く戦闘ユニットにはなすすべがない。


 敵戦闘機は、二手に分かれて飛び回るジンバにより、次々と数を減らしてゆく。


 ジンバがボードの上下に帰還した。


「「疾く駆けよ星々の槍! スターゲイザー!」」


 ボードの表裏に立つ、各々のジンバの頭上に半球状の魔法陣が現れる。


 戦闘機の群れの中心にいたジンバ。

 そこから戦場全体に無数の光条が放たれる。


 戦場にある物体は動くものも動かないものも関係なく破壊の光に晒された。


 この無差別な暴威に巻き込まれたエッジは、鎌をジンバに向けることでこの理不尽から逃れている。


 光の蹂躙が終わった。


 それを合図に、エッジの後方、最後に残った五機の戦闘機に二人の修羅の戦意が殺到した……。




「エッジ、今のうちに一発芸のネタを考えとけよ」


「何を言っている? アレは俺の鎌の方が早かっただろう?」


「いーや! 俺のライフルの方が早かったね」


「そもそも、お前の卑怯な無差別攻撃で足止めされなければ俺の方が早かったのだ!」


「ハア? 勝負に卑怯もへったくれもねーだろう? 大人しく足止めされてる方が悪いんだろがよ! 悔しかったら、ゲイザー防ぎながら他の攻撃してみろや!」


「そもそもだな——」




 ——彼らの積み荷が表舞台に登場するのは十三年後……それまで、船倉の彼は静かに眠り続ける。

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