9.崩される日常の裏で<晶> 4/4
「いらっしゃ~い。思ったより早かったね。歓迎するよ! 平和な方の意味でね」
背後にプログラムが走った気配を感じて振り返ると、そこには大柄な男が声の通りに軽薄そうに立っていた。
くすんだ金髪を後ろでおさげにして、派手なアロハにカーゴパンツ。足元は木でできたビーチサンダルのようなものを履いていた。サンダルからは一本の板が直角に生えており、それがより彼の身長を大きく見せており、男が動くたびにカラコロと軽快な音を立てた。
琥珀色の目は鋭くオオカミを連想させるが、所作は軽薄そのものだった。
一言でいうと怪しい男だ。
「さて、
よく言う!
本体を完全に掌握したから、無駄な抵抗はやめろと言っているのと同義ではないか。
しかも、こちらの目的は既に掴まれているときた。
そのカードを初対面から切られたのだ、こちらの打てる手はもうないというだろう。
いざとなれば、自身を消滅させて
「なに、チョットお願いを聞いてくれれば悪いようにはしないって。もちろん、悪いようにしないってのは、コッチのいいようにするって意味じゃないよ? 俺は
晶は戦慄した。コイツはどこまで知っているのか。
男はさらに自慢げに続ける。ドヤ顔のお手本のような表情だ。
「お! 驚いたね? 驚いたよね? 俺は俺の知っていることについて分からない事はないからね!」
晶は何も答えられない。 今更何を言っても渡海家に不利に働く気がする。
「……えーと……今のはね、知っている事は分かってて当たり前なのに、あえてそれを自慢げに言うっていうところが……」
男は先ほどの自分の発言について解説を始めた。 若干寂しそうだ。 訳が分からない。
「ま、いいや! そこはおいおいツッコめるようになってくれれば、ん? まてよ? そこはボケ返しをしてくれた方が、
男は勝手に自己完結しうんうんと頷いている。
「さて、キリがいいところで自己紹介だ。俺はジンバ=ラハラ=バリトゥーンこと、ジンバ=ザウバーだ。知ってるよね? 君のIDはジンバ=ウッズだったかな」
「海賊ジンバ……」
「うん。そのジンバだ。 でも、海賊はひどいなぁ。 そんな二つ名もあるみたいだけどサ。 そもそも海賊に海賊って二つ名はつかないぜ? それに俺らは武装商船団ザウバーだ。 海賊じゃない。 そこんトコよろしく!」
「目的はなんだ?」
「そんなに構えるなよ。 何も取って食いやしないよ。 そうだな。 ビジネスの話だ」
「脅迫の間違いじゃないのか?」
「そういうの嫌いなんだよね。 圧倒的に有利な立場でごり押しなんて普通ジャン? 美しくない。 圧倒的に有利な立ち位置ってサ、作るまでが楽しいのヨ。 作った後はそんなもの使わない。 そう、オトモダチってヤツだ」
気味が悪い。
やたらとオーバーアクションなのも気に障る。
だが、ヤツの言うビジネスとやらを聞けば、どん詰まりの現状に新たな選択肢ができるかもしれない。
「晶ちゃんの自己紹介はいらないヨン。 君の本当の本体の製造番号から、君が
晶のことは全て調べ上げられている。
怒りとは違う不快感と、圧迫されるような感覚により思考が遅くなる。
これはきっと恐怖だ。
「さあ、しゃべるぞ〜」と言いながら屈伸をしている——あのふざけた男は、晶の反応を楽しんでいるに違いない。
「今回は
晶はこの現状を全く知らなかった。
しかし、これが本当なら、今まで起こったこととそのスピードに全て納得がいく。
なんだ、完全に詰んでしまっているではないか。
今の渡海家の現状は国が望んだ結果だというなら、立て直してどうなるというのか。
いや、立て直しも再興もできるとは思えない。
「この辺の面子は事が済んだ後でリスト化して送ってやるよ。 戦うにしても逃げるにしても必要だろ? 消すって手もあるがね。 情報はサービス……いや、友情の証ってことで、俺らトモダチジャン? 次は直近の件だ。今回の潜入関連で渡水家がお前らにした要求についてな。 あの渡水の狒々オヤジ、よくもまあ恥ずかしげもなくこんな提案するよ」
履物のカラコロという軽快な音が、カッカッと刻み込むような音に変わった。
「渡海家の血筋の女を差し出させて、狒々オヤジこと渡水家当主の
いつの間にかジンバの身振りがなくなっている。腕を組んで晶をじっと見ている。
「当主のクローンを作るのは禁止されてるが、当主の遺伝子情報を使ってアンドロイドを受肉させる事は認められてる。大方、お前に白羽の矢が立ったってトコだろ? バカじゃないの? しかも、その話を上に通しやすくするために、冴澄家のマザーコアを盗んで来いって言われたんだよな? バカじゃないの? しかもバカ正直に潜入してるし。 ホントバカじゃないの?」
「家が残れば、次代に望みを繋ぐことができる。 我々は完全に力を削がれているのだ、従う他無いではないか! 今は耐える時なのだ!」
「おお、吠えたなぁ。 お家のために犠牲になろうって精神は、まあ、尊いと思うよ? だが、発揮する方向が違うんだよ。 英文の狒々オヤジが何するつもりか知ってんのか? アイツ、さっき挙げた奴らでお前をシェアするつもりなんだぜ? キモイよな。 誰の子かわからなければ、やんごとなき方々も渡海家の再興に口を出さないって寸法だ。 乱痴気パーティ用に会場を押さえてるんだぜ。 しかも、奥様と大奥様を特別ゲストに迎えて、おつきの侍女たちも丸ごと喰っちまおうって計画だってサ」
晶の腕の震えが止まらない。
両腕を抱えても抑えられなかった。
——何なのだ。何なのだ! どこまで腐っているのだ。お館様が、渡海家が何をしたというのだ。
「さて、俺の件だ。 晶ちゃんがコッチに来る前に見た人間、覚えてるかな? 俺の仕事はアイツをある場所へ運ぶことだ。 ただ、晶ちゃんが欲しがっていたマザーコアな、実はそんなのは無いんだわ。 賢者の石は、あの木みたいなものの中で勝手に生成されるって感じだ。 さすがにあの大きさのものを持って帰れないだろ? 今回はあきらめて、報告だけしとけよ。 お土産にあそこにある賢者の石は持ってっていいからサ」
ジンバは自分の物のように言っているが、あの石はジンバの物ではないことは明白だ。
だが、もともとマザーコアを盗みに来ていたのだ。 手ぶらで帰るわけにはいかない。
「木の中のアイツ、鷹揚っつーんだが、こいつを無理やり引っこ抜くと、どんな影響があるかわからん。 そこで、鷹揚を覚醒させるパスコードを入手する為の手伝いを依頼したい。 報酬は渡海家の奥様方の保護と冴澄家への取次。 こんなところでどうだ? 冴澄家については家人と会えるようにする。 それから、鷹揚も冴澄家の関係者だ。 人となりは現当主に似てる? かな? ……まあ、実際に会って、よく見極めるといいサ。 鷹揚君が冴澄家にとって重要人物なのは間違いない」
「あなたの提案に否やはない。 知っているとは思うが、我々には取れる選択肢がないのだ。 少しでも希望があるなら、泥船でも乗るしかない」
「そんな悲壮な顔しなさんな。 俺のばあちゃんが渡海家に恩があるらしい——事故の日以降、独自でアンタらを守ってたはずサ。 それと冴澄家からの依頼もある。 この会話を聞いてる部下ももう動き出してるはずサ。 楽に行こう。 奥方さんにも連絡を取っておくサ」
そういえば、海賊ジンバにはこんな噂がある——ジンバは祖母と三人の姉に頭が上がらない。
現状、ジンバの話の裏を取ることはできない。
しかし、事情を細部まで知られてしまっている以上、ジンバの思惑通り動くしかないのだ。
晶は祖母という言葉を発したジンバの、何か照れたような表情は信じてもよいような気になっていた。
晶はジンバの提案を受け入れ、ジンバの指示に従うことにする。
「それからな。お前ら、搦め手が全っ然ダメ! なんで晶ちゃんしか動いてないんだよ。 晶ちゃんに目を向けといて実は……ってな展開を期待してい……」
その後、興が乗ったジンバの語りが続いた……。
いつの間にやらジンバが『取調室セット』と呼ぶテーブルと照明とパイプ椅子が出現し、休憩にはカツ丼を食べ、半日後にはジンバは巨大なスクリーンを背景にプレゼンをしていた。
満足したジンバに晶が解放されたのは一日後だった……。
それから鷹揚と出会い、短時間であるが行動を共にしたとき、晶は目の前のチグハグな少年を、好ましい人物であると感じていた。
潜入を終え、手土産を手に小惑星から離脱をした晶を、渡水家の戦艦が迎えに来た。
戦艦には晶の本来の体が積まれていた——一つの命令とともに。
『冴澄鷹揚を拘束し連行せよ。 この作戦の完了をもって、任務の達成とする。 これは芙蓉国皇帝の下知である。冴澄鷹揚の捕縛に失敗した場合は——』
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