4.日常の終わり 2/3
駅ビルから北へ延びる遊歩道では、どこかしらで常に演奏会などのイベントが行われている。 これから駅に近づくにつれ、遭遇する頻度は増えていくだろう。
「せっかくだから、お昼は出店のものにしない? なにか食べたいものある?」
鷹揚と晶は遊歩道を並んで歩いていた。
遊歩道は中央分離帯を広げたような作りをしている、つまり、互い違いに走る一方通行の道路に遊歩道が挟まれている構造だ。
幅が二十メートル程で駅ビルから一キロ程北へ続いている。
その範囲に出店やら特設イベント会場やらが賑やかにひしめいていた。
屋台を冷やかしつつ駅へ向かう道中、鷹揚は気になることがあった。
いや、本当は昨日からずっと気になっていた。晶の視線に。
なんだか、観察されているようで落ち着かない。
監視しているようでもないから、何か聞きたいことでもあるのだろう。
とりあえず、鷹揚は食事でもしながら、色々質問してみることにした。
案外、これを機会に打ち解けられるかもしれない。
それに、ジンバ絡みのトラブルだ。いつも通りなら、燈理もすぐには解放されないだろう。
早く終わる可能性があるとすれば、未制覇のゲームがあるときくらいであろうが、昨日の朝にやりきっているようなので、その線はない。
そういえば、ジンバと燈理の母親とは古い知り合いのようで、ジンバは時々何らかの依頼を受けていると聞いたことがある。
ジンバはビジネスだと言っていたが……ドコカの偉い人らしい燈理の母親との商売って何なのだろうか。
はたと、燈理の母親が何をしているのかも鷹揚は知らないことに気が付いた。
鷹揚には子供の頃からこういうことが多かった。
普通なら、気付くであろうことに気付かなかったり、理由もなく興味を失っていたりということだ。
おそらく、興味がないことに注意が向かない性格なのだろう、自分の淡白さに呆れながら、燈理の母親については機会があったら訊いてみようと心にメモするのだった。
さて、晶の同意を得て、昼食は屋台グルメに決まったわけだが、初めての屋台飯としては、やはり定番屋台グルメからおススメしたい。
しかし、相手は女の子だ、全種類制覇とはいかないだろう。
そう、ラガーマンもかくやというくらいの食欲を誇る燈理は例外なのだ。
そういえば、昨日の燈理は食事の量を控えているようだった。……なぜだ?
とにかく、クラスの女子たちのお弁当の大きさが平均的な女性の食事量であると信じるなら、女性の食事の量的に、そうそう多くの種類を食べることはできないだろう。 そこで好みを尋ねたのだが、予想通り、晶は屋台の定番メニューについて、どれも食べたことがないらしい。
聞けば、コッチに来るのは初めてだそうだ。コッチと表現していたから、今まで外国で過ごしていたのだろうと当たりをつける。
外国の人なら、すすって食べる麺類はアウトだろう。また、箸で食べるものも外した方がいいはずだ。とりあえず、一品目はたこ焼きをチョイスした。
食事のために適当なベンチに腰掛ける。 さすがは食欲の秋、遅い朝食を取ったばかりだが、もうお腹が空いている。
席さえ確保してあれば、あとはゲストの様子を見ながら給仕をするだけだ。 鷹揚は晶のペースに合わせて、周辺の出店から屋台グルメを運びつつ会話を試みることにした。
鷹揚はコッチは初めてという割に、晶の日本語が堪能であることに驚いたが、ジンバの姪御さんである、五カ国後くらいは喋れるのだろうと勝手に納得した。
「鷹揚さんは普段、何か違和感を感じたことはないか?」
世間話が一区切りついた時、晶が真面目な顔で問いかけてきた。 隣に座ったまま、そろえた両膝がこちらを向いている。真剣な質問なのだろう。
宗教の勧誘じゃないよね。 とか思った事は秘密だ。
「違和感ねぇ……、特に感じたことはないかな」
「なんでもいいんだ。自分だけ浮いてる気がするとか。他の人と違うなとか、他の人の自分への態度がおかしいとか」
——え? なんだろう? 変わり者だってディスられてる?
そんなこと言ったら、ジンバさんやアカ姉の方が変わってるよね?
もしかしたら、僕の方が変わってて、向こうが普通とか?
いやいや無い無い。 二人が変わってるから、相対的に僕が普通だって錯覚しているだけで、世間様から見たら変わってるとか。
もしかして、僕、ハレモノ?
鷹揚が思考の渦にはまりつつある間も、晶の話は続く。
「昨日の体捌きとか、異常だよ? 何か特別な力を隠してるとか、自分しか見えないものが見えるとかあるんじゃないかな?」
——なんだ、ジンバさんと同じ系列の人だ。 よかった……。
きっと、日本に来たのも秋葉原観光とか、パワースポット巡礼とかが目的だったのだろう。
鷹揚は自分が普通の範疇にいることに安堵した。
「ねえ、聞いてる? なんで急に優しい目でボクのこと見るのさ」
こちらについても良かった。 晶の口調が大分崩れてきている。 多少は気を許してくれたということだろう。
もしかしたら、鷹揚が小さいころから見ている夢について話しても、何かの設定関係だと判断して楽しんでくれるかもしれない。
鷹揚が不思議な夢について語る傍らで、晶は確信を深めていた。
目の光が変わった晶の様子に、鷹揚はヤッパリ好きな話題だったのだ、と自身が提供した話題に満足をしていた。
気付けば空の光が大分黄色味をおびている。
晶があまりに真剣に聞いてくれるので、鷹揚も話の興が乗ってしまったようだ。
そろそろ、携帯の確認をしておこうとナップザックを開けると、なぜか中に木刀が入っていた。
長さは脇差程度。
入れた覚えはないが、この木刀には覚えがあった。
「ジンバさん、何勝手に入れてんのさ。 自由な人だよ、ホント。 ねえ晶さん、ジンバさんっていつもあんな感じ?」
「ボクもここに来る直前に会ったばかりだから、よく分からない……」
「あ、ごめんね」
そういえば、昨日ジンバは姉の娘に決まった的なことを言っていた。
何か複雑な事情があるのだろう。 地雷は踏んではいけない。
とりあえず、話題を逸らそう。
鷹揚は歩きながらの話題を木刀のいきさつについてに決めた。
◇
「鷹揚君、これを授けよう」
道場での鍛錬、いつものようにジンバが突然やってきた。
鷹揚が一人で鍛錬をしていると、たまにふらりとやってきては、鍛錬に付き合ってくれるのだ。 てっきり、今日もそのつもりかと思ったが、どうやら今日の目的はいつもと違うようだ。
意外なようだがジンバは強い。 特に棒術で来られると、まったく勝ち筋が見えない。
「ありがとうございます。 木刀の……脇差ですか? ん? 何か書いてある……陰雷霆? 風林火山の方じゃないんですか?」
「まだそこまでの設定ができなかったんだ。 風林火山を刻む木刀には納得のいく設定をしたいんだよ」
言いながらジンバは床に手をついて、頭を振った。
どうやら、何か嘆いているようだ。
「すいません。チョットいいですか? 訳が分かりません」
「頭で考えるな! 感じるんだ! それに、分かる奴だけ分かればいい! 鷹揚君はこれを肌身離さず持ってさえいればいいのサ」
「普通に嫌なんですけど……」
勝手に納得して頷いているジンバと困惑する鷹揚。
これも、ジンバが来た時のいつものやり取りであった。
◇
「あの人のことだから、ネタ系だと思うんだよねぇ。 晶さんもなにかネタがあったら振ってみるといいよ。 ノリノリで絡んでくるから」
「ふ~ん。 ところで、風林火山って何?」
「武田軍の軍旗に掲げられた孫子の兵法の一節だよ。 えーと、昔の武将が古代の戦術家の教えを旗に記して教訓にしたって感じかな。 あの人のことだから別の意味の方が重要なんだろうけどね。 それが分からないんだ……。 あ、アカ姉、ヤッパリ遅くなるって」
ちょうど、携帯にメッセージが入った。
あと二時間くらいかかるから、二時間半後にお白江さんの山門の前で待ち合わせをしようとの事。
そろそろ暗くなる時間だ。 どうせお白江さんまで行くのなら、夜の参道を歩いてみるのもいいだろう。 特に晶さんは日本が初めてみたいだ。 彼女には、もっと雰囲気を楽しんでもらいたい。
そう考えた鷹揚は、お白江さんに向かう時間をもう少し遅くすることにして、それまでの時間調整を晶に提案するべく、すぐ近くの駅ビルを指さした。
「ここの展望ラウンジに行ってみない?」
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