20:癇癪
離れの屋敷に籠りっきりの知名度の低い従者だと言うのに、一体どうやったのか、ロザムンデは本当にお城からお酒をせしめて帰って来た。
リビングのテーブルに高級そうな酒瓶がいくつも並んでいる。
「あの日は酌を断られたが俺にだけなら注いでくれるのだろうな?」
それは最初の晩餐の話だろう。
将軍に酌をして回れと言われて私は遊女の真似事が出来るかと断っている。しかし同時に妻であるから~とも言ったから、これを断る理由は無い。
「ええ。もちろんです」
私だってお父様に注いだことくらいはあるから大丈夫。
瓶を手に取り、栓を……
硬くてまごついていたら「貸せ」と言われてヘクトールに瓶を取られた。酒瓶はすぐに栓が開いて返って来た。
「ありがとうございます」
「ふん」
素直にお礼を受け取れずに。照れ隠しにそっぽを向く姿はちょっと面白いかも?
お酒と共に用意されたグラスは、私の記憶にあるグラスに比べて随分と小さくて形も違っている。気がするじゃなくて絶対違うと断言するわ。
お父様に注いだのはワインだった。
ジュースの様にグラスの八分目まで注いで渡したら、『お酒はなみなみと注ぐものじゃないよ』とお父様から苦笑交じりに教えて頂いた。
確か半分の半分だったかしら?
その辺りを目安にお酒を注いでいき、ヘクトールにグラスを差し出した。
彼はそれを受け取るや、お茶の再来かと言う感じで、カパッと口を開けて一口で飲み干してしまった。
お父様はグラスを回しつつ、もっとじっくり味わって飲んでいらしたと思うのだけど……
これはそうやって飲む種類のお酒なのかしら?
開いたグラスにもう一杯。先ほどと同じ量を注いで渡す。やっぱりカパッと一口で飲まれた。
「もしかして私のお酒の注ぎ方は少なかったでしょうか?」
「どうしてそう思う」
なぜだろうヘクトールの声色が一段階下がった様な気がしたが?
「私のお父様はもっとゆっくりと飲んでいらしたと記憶しておりますもので」
「ライヘンベルガー国王か、大方ワインでも飲んでいたのだろうよ」
しかしその返答は普通の声色に戻っていた。
「ええ確かに。お父様からはワインだと教えて頂きましたわ」
「これはウィスキーと言う」
寒い地域でよく飲まれるアルコール度の高いお酒だそうだ。
量は別にその位で良いと言われたが……
アルコールが高いのにカパカパ飲んでんだから、やっぱりこの人凄くお酒強いんじゃないの?
お酒を飲み始めてしばらく、ヘクトールの様子がおかしくなってくる。
まず席を移動して隣に来るようにと言い始めた。断ると機嫌がすこぶる悪くなるので、私はしぶしぶ隣に移動した。
すると彼は私の肩に手を回して、ぐいと私を抱き寄せた。彼の胸の中にすっぽりと収まるような風。
これではまるであの晩餐の席で見たリブッサの様ではないか?
流石にこれには耐え切れず、私は「やめてください!」と抗議の声を漏らした。
「肩を組んだくらいで騒ぐとはな、お前の覚悟など高が知れるな」
「酔った勢いでなければいくらでもどうぞ!
ですが今のヘクトール様は酔っておられますわ。だったらお断りです!」
「相変わらずお前は、皇帝の俺に言いたいことを言うのだな」
「妻である皇妃が皇帝に何も言えなくなったら、いったい誰が貴方を諌めるのですか」
「そうか……」
肩に回っていたヘクトールの手から力が抜けて、私は自由になった。一瞬で中の人物が入れ替わったかのような変わり様に私は目を丸くする。
「レティ様失礼します」
そう声が聞こえてテーアが入って来た。それに気付いたロザムンデが血相を変えて走ってきてテーアを抱きかかえて部屋を出ようとする。
私はそんなロザムンデを制して、「どうかした?」と聞いた。
「そろそろお夕飯の時間なのですが、どうしましょう?」
テーアは素直だからいつも通りの時間に家事を始めるだけ。今の質問も、きっと作って良いのかと言う意味ではなくて、ヘクトールの分はと言う意味だろう。
ここの貧相な食事を皇帝のヘクトールに食べさせるのは流石に暴挙よね~苦笑する。だから考えるまでもなく、
「いら「食べて行こう」」
「「えっ?」」
私とロザムンデの声が重なった。
「なんだ俺が食べていくと不味いのか?」
「ですがヘクトール様は普段はお城の方で将軍たちとお食べになられるのでしょう」
質問ではなくて決めつけ。
さっさと帰れと言う意図がこれで伝わってくれるといいのだけど……
「いや今日くらいは構わんだろう」
山猿のボスにそんな機微が分かる訳もなく、どうやらヘクトールはここでご飯を食べていくことに決めたらしい。
私はテーアに四人分準備して頂戴と告げた。
そして私はロザムンデに引っ張られて部屋の端っこに。あからさまに怪しいのだけど、ロザムンデは相当に焦っている様でそれに気づいていない。
でも私はすっかり腹を括ったので問題なしよ!
それにしてもこの子って窮地に弱いのかしらね?
「レティーツィア様、本気ですか!?」
「何が?」
「相手は皇帝陛下ですよ。あのような粗末な食事を本気でお出しするおつもりですかと聞いているのです!」
「でも他には何もないわよ」
粗末とは言い過ぎじゃないかと思ったけれど、反論のしようが無い事に気付き苦笑する。だったら仕方ないじゃないと平然と言って見せると、
「でしたらわたしがお城に行って料理を頂いてきます。レティーツィア様は何とか時間を延ばして頂けませんか」
「ねぇロザムンデ。お城の料理が出来ている可能性は?
例え出来ていたとして、どうやってそれをここまで運ぶと言うの?
それにお城からここまでいったいどれだけの距離があると思って? 出来立ての料理だってすっかり冷めてしまうわ」
「し、しかしですね!?」
「いーい。これはロザムンデが気にすることじゃないわ。
むしろ現状を知って頂いてヘクトール様がなんと仰るか直接聞いてみようじゃない」
「あああっもう! レティーツィア様は変なところで頑固ですね!」
「あら貴女もアニータお姉様の方が良かったというのかしら?」
「……」
答えは無かったので私はロザムンデを置いてヘクトールが待つ食卓に戻った。
テーアが皿を
再びロザムンデが血相を変えて、テーアに辞めるようにと言い始めた。
「ヘクトール様、実は私はこの二人と一緒に食事を取っております。
その方式を変えるつもりがございませんから、本日はテーブルに四人分並べますがよろしいですか?」
「俺が将軍らと食べている当てつけのつもりか?」
「いいえ違いますわ。祖国のライヘンベルガー王国では家族と食卓を共にする習慣がございます。同じ屋敷で寝泊まりしているのですもの、彼女たちは私の家族同然です」
「なるほどな。俺は別に構わんぞ」
私の言葉に真っ青に、そしてヘクトールとのやり取りで顔色を失い。まさか許可されるとは~と、ロザムンデの頬がぴくぴくと痙攣していた。
なんだかとても面白い事になっているけど、大丈夫かしら、倒れちゃったりしないわよね?
煮込むだけの料理なので時間はそれほど掛からず、いつも通りの干し肉味の豆スープと二日目のやや硬いパン、そして薄いチーズがテーブルに並んだ。
「何だこれは?」
「なんだと言われましても夕食ですわ」
「肉は無いのか?」
「生憎とございません」
「このような物を食べているからお前はいつまで経っても細いのではないか?」
この台詞を聞いて思い出したのは、先ほど肩を抱かれて脳裏をよぎったリブッサと自分の姿だった。
「そんなにリブッサの方が良いのならさっさと彼女を妾にすればいいでしょう!」
「おい突然なにを!?」
「だって男性はあのように肉付きの良い女がお好きなんでしょう?」
「まていつそんな話になった」
「無理にここに居る必要はありませんわ。どうぞお好きな所へさっさと行かれたら如何ですか!?」
ああっこれは言い過ぎだわと気づいても、口から出て行った言葉が消える訳はなく、ヘクトールは無言で席を立つと屋敷から出て行った。
誰も言葉を発せず部屋の中がシンとしていた。
最初に我に返ったのはロザムンデで、
「レティーツィア様、追ってください!」
「もう遅いわよ……」
出て行って時間も経っている上に、相手は並みの男より体躯が良いヘクトールだ。追いつく訳がない。
しかしそんなことをロザムンデが納得してくれる訳がないから、私は彼女に押されて屋敷を出た。だが外はすっかり暗くなっていてすぐに戻る羽目になった。
はぁ、ヘクトールの言う通りね。私はまだまだ子供だわ。
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