18:皇帝の帰還

 南部の領地と西のマイファルト王国から、食料がぼちぼちと入り始めると、西部の民衆も徐々に落ち着きを取り戻すようになった。

 ヘクトールが西部に出立してから八ヶ月。ついにヘクトールが帰って来るらしい。

 ラースからそう聞いてはいたけど、用があればまたあちらから呼ぶでしょ~と何もしない私にロザムンデは難色を示した。

「着飾ってお出迎えしなくてよろしいのですか?」

「着飾る様なドレスや宝石は持って無いわよ。

 それに行ってもどうせ無視されるのがオチよ」

 むしろ無視で済むのならば御の字かもしれないわね。

 ヘクトールと喧嘩になるか、将軍らから嘲笑われる確率の方が高そうだわ。


 それでも妻として行くべきだとロザムンデが強く言う。はっきり言えば気が進まないが、彼女にとって初めてである今回だけは折れる事に決めた。

 私には結果が見えていても、ロザムンデはそれを知らない。これ以上意地を張ってライヘンベルガー王国に嫌な報告をされるよりは、一度はっきりと見せておく方がこの先なにかと楽だろうと気付いたのだ。


「う~ん……」

 と言うのは着替えが終わった私を見たロザムンデの声だ。

 小さな鏡越しに見える顔は、貧相だなと書いてある。とても失礼な態度だがその気持ちは判らないでもない。


 そもそも着飾ると言ってもドレスは無く。私が持っている高そうに見える・・・・・・・服は一人で着られるドレス風・・・・の服しかない。さらに化粧は、テーアにはその技術が無いのでそもそも購入していないから、すっぴんだ。

 そして宝石は、生活の為にすべて売ってしまったので無し。毒見の指輪を含めないなら指も腕も耳も、そして胸元もすべてががら空きで寂しい限りだ。

 せめて馬鹿女のリブッサ並みに自前の胸でもあれば……

 いや止そう。まだ私は成長期なのだから未来は明るいはずよ!


 と言う訳で鏡の中には貧相この上ない小娘の出来上がりと言う訳で。

 ロザムンデに言われるまでもない、私も『う~ん……』と頭を抱えたい所だわ。


「スカーフを巻いて誤魔化しましょうか」

「良いわねと言いたいのだけど、スカーフなんてないわよ」

「……わかりましたせめて髪を綺麗に結います」

「綺麗なリボンは期待しないでね」

 レースでもなんでもない、柄もなければ単色の色が付いただけのリボンが三色。

 さあどれが良いとばかりに見せてやった。

「レティーツィア様、せめて身嗜みにもう少しだけお金を使って頂けませんか?」

「あら貴女はここに来て半年にもなるのに、私の暮らしにそんな余裕がある様に見えたのかしら?」

「完全に失言でした。まことに申し訳ございません」

 ロザムンデからついに謝罪を貰ったのだが、これほど勝っても嬉しくない口喧嘩は今までに無かったような気がするわね。


「無いものは無いのよ。これで行ってくるわね」

 椅子から立ち上がり何故か足元がすーぅっとして視線を下に。

「おやこの服は丈があっていませんよ」

「ええっ買った時はピッタリだったのよ」

「でしたらレティーツィア様が成長されたのでしょう」

 言われてみれば最後に袖を通してから半年以上は経っている。つまりそれだけ私が外に出ていないと言う意味でもあるが……


「はぁ~どうせ育つなら胸の方が良かったわ」

「それにはミルクやお肉など、もっと栄養の高い物を食された方がよろしいかと思います」

「今さら言われても遅いわよ!」

 ロザムンデが来てもメニューはそれほど変わらず、スープのお肉は干し肉だけだし、チーズの厚さだって薄いままだ。

 肉も乳製品もとっているのだけど、どうやらそれでは足りなかったらしい。




 丈が足りないドレスはみっともないので、諦めてワンピースにした。

 こんな普段着で良いのかと逆に心配になるが、宝石も無しなら、丈の足りていない所詮はドレス風・・・・な服装にこだわるよりは、逆に目立って良いでしょうとロザムンデが言ったのだ。

 それは目立つのじゃなくて悪目立ちでしょうがと苦笑する。

 まあ笑われると言うか嘲笑われるのは慣れているから、もうどっちでもいいや。


 私はヘクトールが帰ると言う時間に合わせて、跳ね橋のところへ向かった。ただし一番に行くほど乗り気ではないから、間に合う程度に向かったつもり。

 私がたどり着いた時には、跳ね橋の前には人だかりができていた。


 さてどうするかな~

 キョロキョロと顔を動かし参加している人を見渡す。ラースか南の領主ノヴォトニー侯爵辺りがいればコソッと入れて貰おうかな~って感じよ。


「あ~ら皇妃様じゃない。随分とお久しぶりねぇ。

 そんな端っこで何をこそこそと隠れているのかしら~」

 聞き覚えのある声と口調に反応して、視線を向けると、やっぱりいましたリブッサと取り巻き二人。

「私はいま来ただけよ。隠れているつもりは無いわ」

「あらあなた、背が伸びた?」」

「そんな事を言いにきたの。貴女は相変わらず暇なのね」

 なんで親しくもない人とそんな雑談をしなければならないのよ。


 すると上から下までじぃ~と見ていたリブッサの顔がにやぁと嗤った。

 好きな色なのか、相変わらず胸元の主張が激しい色気たっぷりの紫ドレスに身を包んだリブッサと、ただのワンピースの私。

 二人の立場を知らない人が見た時いったいどちらが皇妃に見えるだろうか?

 つまりそう言う事だろう。

「そろそろヘクトール陛下が帰っていらっしゃるわ。さあさっ皇妃様。もっと前に行きましょうよ!」

 リブッサは私の二の腕を掴むと強引に前の方へ引きずって行った。離せとばかりに腕を振ったが無理。

 なに馬鹿力を発揮してんのよ!? やめなさいよね!!


 抵抗むなしく、私はまんまと最前列のど真ん中に連れて来られてしまった。

 端とは言わないけどパパッと挨拶して、目立たないうちにさっさと帰るつもりだったのに、なんてことしてくれるのよ!

 ちなみに周りから、チラチラ、ひそひそ鬱陶しい。。

 どうせ先ほど感じたアレ、つまり私とリブッサ、いったいどちらが皇妃に見えるかって奴を思って笑っているのだろう。



ギギギギィ


 跳ね橋が降りる音が聞こえ始めた。

 完全に降りると跳ね橋の向こうから、騎馬の一団がゆっくりと城内に向かって進んでくる。

 先頭のひと際大きな黒馬に乗っているのは皇帝のヘクトール。流石は戦大好きな山猿のボスだ、威風堂々で見栄えが良い。

 ヘクトールが跳ね橋を渡り終えると集まった人たちから、「皇帝陛下万歳!」と歓声が上がった。それに対してヘクトールは馬上から片手をひょいと上げて答えた。


 自然とヘクトールの視線は中心に、すると彼は突然、目を見開き驚いた。なんだろうちょっと挙動不審だわ。

 視線の先には私しか……

 ああ違うわ、隣にリブッサがいるわね。

 なるほどね、どうやら愛人のリブッサに見惚れていたらしいわ。


 ヘクトールは馬を降りて─兵に馬を預け─こちらに向かって歩いてきた。

 型式だけの話だろう、まず最初に私に向かって、「来たのか」と一言。

「お帰りとお聞きしましたので、せめてご挨拶をと思いやってきました。

 ご無事にお帰り下さいまして安心しましたわ」

「そうか」

「ヘクトール様ぁ! お帰りなさいませ!」

 隣にいたリブッサが走り寄りヘクトールの腕に抱きついた。ヘクトールは口だけは「おい止めろ」と拒絶を言ったが、リブッサを引き離すでもなく好きにさせている。

 それを見てスッと冷めた。


 私は踵を返して離れの屋敷に帰って行った。

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