09:新しい生活②

 帝都の中とは言え修道院があるような城壁の端の方は流石に活気が無い。同じ街中だと言うのに、中央付近とここでは明らかな差があるようだ。

 修道院に入る際に私は皇妃だとは名乗らず、母が生前に持っていたと言う爵位で私のミドルネームでもあるヴァルトエック侯爵の令嬢を名乗った。


 まずはここの代表だと言う老修道女と会い、少しばかりの寄付金を渡した。

「これはこれはありがとうございます。ヴァルトエック侯爵のご令嬢様」

「いいえ構わないわ。

 ところで今日はもう一つ用事があるの。実は私のお屋敷で働いてくれそうな、お掃除や洗濯、それに食事が作れる子を探してるのだけど、誰か紹介して頂けるかしら」

「まぁなんて素晴らしい。貴族様のお屋敷で働かせて頂けるのですか!?」

 そんなに喜んで貰って後ろめたく思うが……

 なるほどエルミーラが言った事は、あながち嘘ではなかったのだなと分かった。平民が貴族の屋敷で働くと言うのは、これほど喜ぶ様なことなのね。

 雇えるのは一人きり、女の子で、年齢はより若い方が良いと伝えた。

 すると修道院に長くいる子の方がそれらの事は達者にこなすと教えて貰った。幼い頃からお手伝いをしているから、来たばかりの子よりも何かと役に立つそうだ。


 そう言われてもねぇ……

 それ以上の希望がある訳でもないので、候補は老修道女にお任せした。

 上は十八歳から下は十一歳までが、この部屋に代わる代わるやってきて自己紹介をして帰っていく。

 これからの事を聞いたのか、それとも何度かこういう機会があったからか、彼女たちは全員が必死で、本気だった。そんな必死な思いを両手ほども見せられれば、精神がすり減り、どの子も変わらなく見えてきた。

 もう判った、きっと私は選べない……


 二十人近くを見た頃、「終わりました」と知らされて心底ホッとした。

「十六番目に来た子にするわ」

「判りました、呼んでまいります」

 私にはどの子が十六番目かなんて知らない。

 十六とは、ただ私の年齢だっただけだ。ヘクトールとの年齢差の七と悩んだが、私の決めることに彼が関連するのが許せなくて結局十六に決めた。


 私よりも小さな子が老修道女に連れられてきた。

 さあと促されて、少女はぺこりと頭を下げた。

「テーアです」

「テーア、貴女はいくつかしら?」

「十二歳です」

「そう。これからよろしくね」

 餞別と言う名目でテーアには修道院から真新しい服と下着などが手渡された。

 私が修道院に着けた馬車に乗るとき、選ばれなかった子たちが恨みがましい目でこちらを見ていた。

 実はそう見てはいなくて私の被害妄想なのかもしれない。

 だがその光景はしばらく忘れる事は出来なさそうだ……




 私が馬車に乗っていたのは跳ね橋を抜けたところまで。ここからはテーアを連れて庭園の中を歩く。私が住む離れの屋敷はそこから随分と歩かなければならない。

 テーアは城の中が珍しいのか、口をほかんと開けてキョロキョロと視線を彷徨わせながら私についてくる。

 時折遅れてタタタと走ってくるのだが、転びそうで不安になるわ。


 庭園の中ほど、前方からリブッサが歩いてくるのに気づいた。取り巻きの数は変わらず二人。

 ドレス色は、まあ似通っているか?

 紫に紅に緑の三色。

 そう言えば前もこの時間だったような気がするわね。もしかして暇なのかしら?


「あらあら皇妃様じゃないの。今日はまた随分と貧相なガキを連れてるわね。

 でも貴女にはとてもお似合いよ」

 それを聞いてビクッとテーアが怯えて後ずさった。

「ありがとう。でもこの子はとても賢いのよ。

 頭が貧相よりはよっぽど良いと思わない?」

「それっ誰の事よ!?」

「私は誰なんて言ってないけど。もしかして心当たりがあるのかしら?」

「ッ……口の減らない。

 ああごめんなさい。胸が小さなお子様はそれに比例して心も狭かったみたいだわ。でも安心して、大きな胸のあたしは心が広いからその暴言を許してあげるわ」

 私は小さいんじゃないわ。発育途上なのよ!

 とでも叫べばリブッサの思う壺だろうか?

 胸の大きさで優劣が決まるのだったら世の中もっと簡単よね。


 私はこれ見よがしに「はぁぁ」と深いため息を吐くと、

「胸に栄養を取られて頭が空っぽなのね、可哀そうだわ」

 目を伏せて首を振りながら、最後に彼女の頭をじっと見つめてやった。

「ほんと口の減らないガキ!!」

 カッと頬を朱に染めて手を振り上げるリブッサ。

 ここでビンタの一つでも来れば私の勝ちなのだが、流石に冷静になったらしく、リブッサは勢いよく振り上げた手をぎゅっと握って元の位置に戻した。

「覚えてらっしゃい!!」

 握りこぶしを作ったまま、リブッサは捨て台詞を捨てて去って行った。

 あら行っちゃったわ。胸が大きくても心狭いじゃん……



 その後は何事もなく離れの屋敷についた。

「ここが今日からテーアが住む場所よ」

「あの……、本当に皇妃様でいらっしゃいますか?」

 これは先ほどのリブッサとの会話を聞いての質問だろう。

「テーアよく聞いて頂戴。私はその〝皇妃〟って呼び方が大嫌いなのよ。

 今後、私のことはレティーツィアと呼びなさい」

 外向きの相手からは舐められる訳には行かないのでむしろ皇妃と呼ばせても構わない。しかし内向きまで〝皇妃〟なんて呼ばれ方は不本意だ。

「はい、レテぃーツィあさま、あれ、レてィーついあ様」

「レティで良いわ」

「ごめんなさい。レテぃ様。レティ様、あっ言えた」

 彼女を部屋に案内して荷物を入れさせた。ただし小さなバッグが一つなので入れるも何もあったもんじゃないが……


 元々私を含めて二十人ほどの護衛や侍女が暮らしていた屋敷だから、屋敷は広くて部屋の数も多い。しかし今は私とテーアの二人しか居ないので掃除の手間を省くために、使う部屋を制限することにした。

 リビングと食堂、調理場にお風呂、そしてトイレ。後はそれらに近い部屋を二つ、私とテーアの部屋に決めた。

 応接室は……

 どうせ訪ねてくるのは宰相のラースだけだろうから、リビングでいいかしら?


「テーアのお仕事は、ここのお掃除と私の服のお洗濯、それからご飯の準備よ」

「分かりました」

「早速で悪いのだけど、お茶を淹れてくれる?」

「あのぉお茶を淹れた事がありません」

 嗜好品である紅茶は平民には手が出ない品だそうで淹れ方が判らないという。


 見よう見まねで初めて淹れたお茶は渋い何とも言えない味わいだったわ。

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