謎の女


退院した俺は、一応は補助として松葉杖を持ちながら歩き出す。

このまま百槻でも呼んで、早速狩猟奇具の使い心地でも試してみようか。

死骸地…は視界が悪いし、なるべく行きたくはない。


そうだ、それよりも、今後の展開を考えるか。

まず、俺が次に必要なのは、戦力だ。

今は、この狩猟奇具だけで十分だが、しかし、これで『狩人協会陥落編』を生き残る事は難しい。

最低勝利条件は『狩人協会』を復旧可能状態にする事。

俺が生き残っても、その後の『皆殺し編』で確実に詰んでしまう。


そうならぬ様に、俺が必要なのは『戦力』の補強だ。

最低でも、俺の話を信じて、共に戦ってくれる様な人物の集いが必要だ。


地道だが、特定の狩人を一人ずつ話し掛けて仲間を作っていくか。

めぼしい人物には目を付けている。

少し遠出になるが、狩人協会第三支部が、一番近かったか。

其処で行われている人体実験の被験体に用がある。


そうだ、一応、チャートでも作っておこうか。


「えっと…」


メモ代わりにスマートフォンを取り出そうとした、その時であった。


不意に後ろから俺の肩を掴まれる。

なんだ、鍋島さんでも戻ってきたのだろうか。

何か言い忘れてもあるのだろうかと思って俺は後ろを振り変えると、思わず息が詰まりそうになってしまう。

ビリビリに破れたかのような衣服とホットパンツ。

髪の毛は金髪で耳にはいかついピアスを装着していた不健康そうなほどにスレンダーな女性。

酔っているのか、顔は真っ赤だった。アルコールのにおいに俺は顔を歪ませる。


「えっと…誰ですか?」


誰だろうか、この人は、全く見たことがない。

すると彼女は自ら口を開いた。

彼女のピンク色の舌先にはピアスが付けられている。


「あれぇ?ここら辺では有名なんだと思ってたけど、もしかしてウチ、自意識過剰?」


彼女の甘い匂いが俺の中を満たしていく。


「稲元潤って名前、知らない?」


稲元潤…って、確か『地区戦争編』に登場する狩人、四つの班の内の一つを纏める班長、それが確か、稲元潤で名前だった筈、だ。


「…は?」


なぜこんなところに彼女が登場するのだろうか。

俺は警戒心を抱いて彼女の目を見つめる。

それは彼女の手を携帯するものを警戒して、だ。

指がかすかに動いたと思った瞬間、俺は手を伸ばした。

そして彼女の手首を掴む。


稲元潤は俺の行動に関して驚いた様子だった。

それもそうだろう。

彼女は俺に対してバタフライナイフを展開して腹部に近づけようとしたのだ。


彼女の手にはバタフライナイフが握られている。

バタフライナイフは対化物様に加工された武器であった。

狩人は護身用として小型のナイフを所持してることが多い。

それはもしも主要狩猟奇具が破損してしまった場合戦う手段がなくなってしまう為だ。


「何のつもりだっ」


俺は鼻を抑えながら彼女を睨みつける。

彼女は俺の掴む手の方を見ていて、ゆっくりと視線を上げると共に、俺の方へと近づいて来た。

そして、耳元で囁く。


「…ぷりーずっ、て。やろうと思ってさ。何だっけ?映画でよくある『動くな止まれ手を上げろ』ってやつ」


…それは、抵抗するな、と言う意味なのだろうか。


「君さー、けっこう反応速度早いね?おねーさん、驚いちゃった」


俺の方が驚いている。

この状況で普通に喋ってくるか?

しかし、何故、俺に攻撃をしてくるんだ?


「ウチね?死骸地での仕事が多くてー、そのたびに薬とか飲んでてー、結構ラリったりする事もあったんだけどさ、今は全然そんな事なくて、麻痺とか毒とか大気汚染とかに耐性がついたらしいんだけど、その分、治療用の薬とかも全然効かなくなってて…あ。これ伏線ね?」


何を言ってるんだこの人は。

いまいち全然、つかみどころがない人だ。

俺を油断させようとしてるのだろうか、しかし話すつもりはない。

稲元潤を警戒している最中、唐突に手で俺の腹筋を触ってくる。


「わー、すごい硬いじゃん、結構運動とか好きなんだ?」


なんでこんなにも世間話をしているんだ。

服の上から優しく撫でられる。

なんだか指使いがエロく感じてきた。


「なんだか、キミ、おねーさんのタイプみたい」


…あれ、なんだっけ?

確かこの人はかなり危ない性格だった筈だけど。

なんだか全然頭が回らない。

クラクラして、まるで酒に酔ったかのような。思考…思考判断がつかない。思考回路が、回らない。


早く離れないと。


「ちょっとだけ私たちの相性がいいか調べてみない?全然難しくないから、ちょー簡単だから、ただ唇と唇をくっつけるの」


…なんだ?

今このなんて言った?

…だ、駄目だ、全然理解が追いつかない。


何だこれ。これ、どうなってる、?


そのまま彼女が、顔を近づけて来て。

ちらりと、ピアスをつけた舌先が見えた。


「んー…ちゅ」


瞬間、俺の口が塞がれて、彼女の生暖かい舌先が口の中を舐め回す。

俺の体内を侵略していく感覚。

甘い味がする。

フルーティな味わい。

レモンキャンディを溶かしたような、そんな柑橘類の味が口の中へと広がっていく。

そして…口の中に、何か固形物のようなものが、俺、俺の口の中に、流し込まれ、流し込まれ、た。


「ぐ…んぐッ」


それを飲み込むと、稲元潤は俺から離れていく。

俺が彼女の握っていた手は、力がなくなり、そのまま離してしまう。


「んー残念…タイプだったけど、骨抜きにされるのは駄目かなー?ウチね、受け身な男の子は嫌いなんだよね」


何か、やばい。

この中で、中、にいれちゃいけない、薬。

これ、は。

頭の中が、真っ白になりながら、その場から離れようとする。


俺は、彼女から、逃げる。

逃げて、いるが…、走っているのか、歩いてるのか、わからない。


その場から、逃げ、逃げている、気がする。


頭が、働かない。

頭の中は、グニャグニャとしていて、自分が進んでいるのか後ろへ下がっているのかも、わからない。


「あ、…あぁ」


地面に横たわる。冷たい感触が、肌から伝わる。


影が、見えた。

女だ。

さっきの女が座り込んで、倒れている俺を見つめている。


「ばいばーい…」


と、彼女が耳元で囁いた。

その声とともに俺は意識を失った。



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