第15話 内緒の話
「っ、」
「ああ、私が母上とお呼びして良いのかは分かりませんが……」
「お前っ」
「旦那様ったら。ここ最近はお忙しくて、もう一年以上はお会い出来ていないでしょう? わたくしシリル様と二人、ずっと心配しておりましたのよ?」
そう焦れるように話すセレンにアシュトンは動揺に視線を彷徨わせた。
ここは会場の端で、今こちらに注目している者はいないようだが、誰かに知られるのは控えたい話だ。
だがしっかりと公爵家の教育を受けているシリルにそんな油断は無かったようで。周囲の様子に一息ついてからアシュトンは空咳を打つ。
「分かっているが……これが終われば私はもう隠居の身となるし、もうこのまま向こうに永住しようかと思っていたから──」
「それでも……」
そう紡ぐ息子の言葉に続くものは、アシュトンもずっと噛み締めてきた。
早く、と。
彼女が誰かの手を取ってしまう前に──
◇
「──待ってくれ」
背を向けるセヴランに声を掛けながら、アシュトンは自分の手にあるアレアミラの遺髪を凝視した。
『綺麗な髪だ』
そう口にすればアレアミラの顔は真っ赤になった。
それを見て自分も益々赤くなる気がして恥ずかしくて……
でもアレアミラがはにかんだ顔で髪に手を添えたのを見て、嬉しかった。
『実は……私の髪には魔力が込められているんです』
そう言われアシュトンは首を傾げた。
『私、獣化できないの』
その言葉に今度は目を丸くした。
『それって……』
王家の禁書で読んだ事がある。
獣族にも亜種がある。魔力が獣化とは別の形で表す者、不老長寿である者……禁書にはそれらの力を欲して人族が獣族を狩ったという歴史が書かれていた。
『お前は亜種だったのか?』
『亜種って何?』
そう言われてアシュトンは押し黙る。
アシュトンも具体的にはよく分からない。
『獣化の代わりに別の力がある……獣族の事だったと思うけれど……』
『なら私は亜種なんだと思う。獣化出来ないけれど、私の髪は切ると魔力となって溶けて無くなってしまうのよ。魔力が満ちた場所だと食物は育てやすいし、生き物に活力が出るから……だから、集落の為に髪を伸ばす事は出来なかったんだけど……そうね、ここでは必要ないかもね』
そして、だからこそアレアミラにはカレンティナに変わり、カーフィ国の王族に差し出される価値があった。
集落でも知る者は限られている。
アレアミラも知られたく無かった。
獣族は同族主義ではあるが、だからこそ亜種への視線は多種族より厳しいものがあったからだ。
両親は知っていたが、姉には知らされていない。彼女なら悪気もなく話してしまうだろう。
カレンティナだけでなくアレアミラにも問題があるとなれば、両親も集落で肩身がせまい狭い思いをする事となる。
姉の調整役をし、両親から頼られ、けれど人に言えない秘密があったアレアミラは孤独だった。
だからこそ嬉しかった。
こうして真っ直ぐに向けられる眼差しが。
忌憚なく自分を見せられるこの状況に。
アレアミラは嬉しそうに笑った。
『ありがとう、アシュトン』
そしてアシュトンはその笑顔に心奪われたのだ。
だから間違える筈がない。
『──アレアミラの髪を切って、持ってこれる筈が無いだろう』
そう呟けばセヴランは驚いたようだった。
振り返りアシュトンと真っ直ぐに目を合わせてから溜息を吐いた。
『……まさか、あの子が話したのですか?』
『アレアミラは無事なんだな!』
『……ええ、まあ』
『だったら!』
『しかしだからと言って、何だというんです?』
アシュトンは口を開けたまま固まった。
『アレアミラの死はこの国の王子たるあなたの立場の役に立つ』
アシュトンは瞳を揺らした。
確かに死という言葉は強い。
『獣族からの怨嗟は気にしなくていい。……元々アレアミラは存在の薄い子だった』
『……なっ』
『族長がアレアミラの力を隠した結果だ。忌憚された力だと、あの子はカレンティナの影に埋もれ大事にされず、自分の居場所を求めていた。だからこそ、ここで悪縁を断ち切るのは素晴らしいではありませんか』
『お前……族長に雇われたんだろう?』
ペラペラと喋るセヴランにアシュトンは不審な目を向ける。
『まあそうですけどね』
しかしそんな眼差しも気に留めず、セヴランは肩を竦めて見せた。
『あんな目にあった子を、少しくらい助けてやりたいと思ってもバチは当たらないでしょう』
にこりと首を傾げる顔は変わらず胡散臭いのに、その眼差しは強い意志を秘めているようだった。
『お前……カレンティナの恋人だったのに……』
『前にも言いましたが契約です。彼女が集落の風紀を乱さないようにする為にね。……それに俺がカレンティナを愛するなんて、ありえませんよ』
そう小さく笑うセヴランを穴が開く程見つめても、アシュトンには何も見出せない。
だから拳を握り頭を下げた。
『アレアミラを、大事にしてやってくれ』
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