神絵師、宣言しました。

「驚いたかな? 驚かせちゃってごめんね♪ ふふ、びっくり大成功~」

 扉を開けて入ってきたのは、さっきまで社長として立っていた赤月社長、ではなく…穏やかに笑いながら登場したななみのお父さんだった。

「社長!?」

「あぁ、今の僕はもう社長じゃなくて、ななみたちの親代わりみたいな立場だからね、そんなにかしこまらくていい。それにプライベートの時は楽にしてくれていいし、僕のことは社長じゃなくて…そうだね、優生か『お義父さん』って呼んでくれてもいいんだよ」

 ん? 今ニュアンスが違くなかったか?

「……。ん…であれば優生さんで…」

「そっか、ふふ、残念だよ♪」

 何が残念なんだろうか。お父さんと呼ぶリスク高すぎでしょうに。

 というか含み笑いが娘さんそっくりだわ。親子だなぁ。

「えっと…びっくり大成功…ってことは今までのは…?」

「それはそれこれはこれだよ。いち社長として娘の企業に在籍する人間を知りたかったのは本当さ」

「…つまり社長としての話は終わった今はオフモード、的な…そういう感じの…?」

「うん、大~正~解~♪」

 緩い…めちゃくちゃ緩い…。

「あ、ななみ。ちょっと良い?」

「ん? 私?」

「えぇ。少し確認してほしいんだけど」

「うん、わかった! えっと…康太君もお父さんもごゆっくり」

 と言って水鳥さんに呼ばれたななみさんは会議室をあとにした。

「いやぁ…それにしても…娘が雇用した相手が…まさかかやくんだったとはね」

 ななみさんが出て行った扉を見ながら優生さんがつぶやく。

「俺も逃亡したその日にななみさんと会って契約することになるとは思ってもみませんでした」

 あの時のことはたぶん忘れることないだろうね。

「そうじゃなくてね、かやくんが康太くんだった、という事実にだよ」

 …? あれ、どういう意味だ?

「いやはや、私の娘のことは聞いただろう? 夏コミにブースで出していたときのことさ…」

 確か…水鳥さんに連れられて…って話だったような。

「そうそう、ななみが珍しく仕事に付いてきたと思ったら、ふらっといなくなってしまってね」

「って、よく考えたら18歳未満は入れないんじゃ…」

「何を言っているんだい? 登場人物は全員18歳以上じゃないか」

「…それもそうですね」

 これは無粋な質問だったわ。

「一応ななみたちにはお小遣いを渡していたから、最悪の場合迷子の呼び出しをするしかないと思っていたのだけれど…」

 言葉を区切っては目をつぶる優生さん。でも表情はかなり柔らかい。

「あの時僕は心底驚いたよ。僕が気に掛けていたサークル「かぎっ子」の同人誌で「かや。」と「村崎コウ」の同人誌を全部買ってきたのだからね」

 アグレッシブだな、ななみさん…。というかそれがきっかけで会社創りたいって言ったのか?

 でも…うーん…あの時ななみさんと話をしたのかだろうか…。

 全然記憶に残ってない。

「まぁ…親としてはいきなり触手モノにも手を出してくれたのは複雑な気分だったがね…」

 んぐ…っ!

 ちょっとまってくれ…

「そ…それは俺の趣味ではなく相方の趣味なので…」

「ははは。わかっているよ」

 よかった…。あと航、お前危ないから気を付けた方がいいぞ。

「フフフっ。そんなあの頃の子供たちが…今僕の目の前で同じ業界に立っているんだから、これほど嬉しいことはないよ」

「…そこは社長としてはライバルが増えたと思っているのでは…?」

「ははは、そんなこと思ってないよ」

 俺らは同業者として脅かす存在どころか、ゲーム自体が目に入ってないとか思われてるんか?

 悔しいけど同人以外で売り出したことのない俺には立場を脅かすものがない。それにななみさんが立ち上げたらくがきそふとだってまだ1本しかゲームを出していないんだ。

「あはは、まぁそうですよね。まだ俺達は新人、というか、ゲーム会社としてはひよっこ同然ですからね」

「それがそうでもないんだよね」

 あれ? 認めてるの?

「確かにななみたちは僕らのライバルさ。でもそれ以上に僕はね…」

「……」

「キミたちが作るゲームを、個人としても社長としてもね、是非プレイしてみたいんだよ」

「」

「僕はね、キミの存在がとても怖いんだよ」

 …言葉に詰まった。

 思ってもみなかったことを直接言われる。俺にとって初めてのことだ。

「娘と同じ年代にして天才。天才クリエイター…神アーティストが描く作品をこれから生み続けることができる存在。「生きている絵を描いて誰しもに感動や喜びを与えられる」イラストレーター。一個人の評価をするなんておこがましいけどね、そんなキミがこれから同業者として立ち塞がるんだから、これ以上に恐ろしいことはないよ」

「………。…過分な評価だと思いますけど」

「いやいや、過分なんかじゃないさ。キミはそれほどの人間なんだ、言葉ではなく頭で理解したほうがいいよ。それにいつだって時代を作るのは…僕のようなロートルじゃなくキミたちみたいな若い人間だ。ほら、聞き覚えがあるだろう?」

 聞き覚えなんてどころじゃない。

 その事実は、すべての物語で語り継がれている出来事だ。

「僕はね、会社を立ち上げる娘たちにも言ったんだ。いつか同じ立場に成れると良いね。そして早く僕なんかを追い越してほしい、とね」

「言ったんですね…」

「もちろんだとも。この業界は衰退している。世間でも業界でも一致した認識だ。それを覆せるのはキミたち若い世代なのだから」

 そこで言葉を切る優生さん。

「僕はね、この業界で若い世代がこれから飛躍することを望んでいるんだよ」

 ………。

「世代を引っ張っていける。それはね、業界だけじゃなくてこの世界に共通することなんだ。おっさんたちはね、若い世代のオブザーバーのようなもので飛び越えられるための壁なんだよ」

 てっぺんを取ったことのある人間が、自らのことを「壁」だなんて自称するけど…。それは物凄く高い壁だ…。

 だからこそ、やりがいがある。自分の絵が、どこまで行けるのか。

「やはり…キミはこっち側の人間だったか、いや。言葉は必要なかったみたいだね」

 優生さんは俺をみて笑っているが、その意味はなんとなく理解できた。

「…ふふ、だからこそ。キミのような天才には、簡単に負けてあげるわけにはいかないんだけどね♪」

 この人は言っているんだ。何度も同じことを。言葉を変えて。業界の代表として。

 そういうことなら…。

「大丈夫ですよ優生さん」

 俺達らくがきそふとメンバーで、月間賞とアワードを取って見せる。

「次の覇権はらくがきそふとが頂きますよ。俺も…ななみのために本気を出しますから」

 そういう見栄を張るのが、俺達がやるべきことだろ!

「おっ、いいねいいね♪ 大きくでるのは若者の特権だ」

「なので優生さん…、いえ、赤月社長」

 堂々と、自信をもって宣言する。

 対している優生さんも、どこか期待している。これは確信だ。

「これは宣戦布告です。いつか俺たちが、業界を背負ってみせますよ」

「ふふ…ふふふっ!」

「なのでその時は、素直に交代されてくださいね」

「あぁ、約束しよう。それでこそ僕が望んでいた人だよ」

 これは約束だ。約束は守るもので、敵役…それも業界内で上位にいる企業へ宣言したのだから、必ず成し遂げて見せる。

 それに…ななみさんや水鳥さん、来宮さんがいれば、なんとなく行ける。俺には根拠のない自信があった。

「もちろんだとも。その時を楽しみにしているよ」

 がっちりと手を交わして男同士の約束をする。

「そうだ、康太くん」

「はいなんでしょう?」

「僕という他社の人間が、他社のクリエイターに失礼なことを言っちゃったわけなんだけどね」

「えっと…そこにかんしては何も気にしていないんですが…」

「いやいや。そういうわけにはいかないさ」

 と言いながらウィンクを送ってくる。

「ってことで、ブラックパースさんからの引き抜きについては、私の方で受けさせてもらうよ」

「え、いや、それは…」

「ななみともすでに話は終わってるんだけどね、ブラックパースの社長とは知り合いでね。あそこへの紹介は僕がしたんだから、しっかりと尻ぬぐいをさせてほしいんだよ」

 なんかちょっと引っ掛かるけど…すでに話が終わってるならいいか。

「代わりと言っては何だけど…タイミングはいつでもいいから…僕らとも『仕事』をしてみないかい? もちろんななみの了承がでたらだけど、ね」

 非常にわくわくした表情で俺を見ている優生さん…ななみさんがいないから答えていいものか。でもこんなにわくわくした人との仕事に、俺は今までにない楽しみが見えている気がした。

 それに個人として認めてくれているのだから、その声には応えたい。

「ななみがOK出してくれたら、俺は全然かまいません。むしろ挑戦させてほしいです」

「わかった。期待して待たせてもらうよ。…それよりも…」

 ずいっと顔を近づけてこっそりと耳打ちをする優生さん。

「この後…飲みに行かないかい? キミたちの話をもっと聞かせてほしいんだ」

「ふふ、奇遇ですね。俺も優生さんともっとお話しをしたいと思っていたので、何もなければこちらからお誘いしていたところでした」

「よし、決定! じゃあ行こう♪」

「えぇ。お供いたしますよ!」

 俺たちは会社を後にした。



「………。キミは…彼のようには……」

「ん? 優生さん? 今何か言いました?」

「いや、何も言ってないさ」

 ……?

 いま何か言ったと思ったんだけどな……。

「ほら、今日は私の奢りだから好きなものを食べに行こうじゃないか」

「お、いいんですか! ではごちになります!!」

「ハハハ。JOJOENでもなんでも構わないよ」

 やったぜ。

「あ、そうでした…あの上司はたぶん、私が置いた辞表を握り潰しているはず…なので…ごにょごにょ…」

「ふむ…なるほどね。…わかった………あとは僕の方でやってみるよ」

 これで後顧の憂いはない、はずだ!

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