神絵師、見つかりました。

 航の仕事部屋に居候しながら3日が経った今日。

 意図してTowitterを開かなかった弊害がようやく起こっていたことに気づけた。

「あれ…? えっ、鍵谷さん、これ知ってますか!?」

「ん? 何か見つけたんですか?」

 航の手伝いでプロップ小物デザインしていたところで、河東さんから慌てたような声が掛かる。

「あら? 鍵谷康太こと神絵師『かや。』がブラックパース契約違反って言われてますよ?」

「んッ!?」

 同じ画面を見ていた西条さんに見出しを読まれたようで、なんとなく内容が想像できてしまった。

「あ~…こーちゃん、ついにきちゃったね」

 航が溜息を吐きながら何とも言えない表情を浮かべるけど、俺も同じ気持ちだ。

「どうするかなぁ…」

「これ…抗議文がつらつら書かれてますが…結局言いたいのってどういうことなんでしょう?」

 Towitterに載っている画像を開いて西条さんが細かく添付されている文章を眺めていたけど…。

「えっと…要するに、契約履行中に他社との契約を結んだことが違反だと言ってる感じかなぁ」

「え? 鍵谷さんって専属絵師じゃないですよね?」

「そこがちょっと面倒なところなんだけどね…一応は専属じゃないよ。ブラックパースにはかや。名義じゃなくて鍵谷康太の名義で出したし、内容もグラフィッカーのバイト募集で入ったから…」

 さらに補足するとすれば、その時に名前は一切出していないが仕事を始めてから何人かには名前バレされているので、特定しようと思えば特定することは可能だ。

 いちグラフィックの人間が社用のパーツ原画とか背景全修正とかやってたことに対して疑問を持ってはいたけど…たぶん上にも神絵師だってバレてたんじゃないかな? だからこその原画なんだろうね。

「え? でもブラックパースでかや。の名前は一度もみたことないですよ?」

「そうそう。俺たちここ数年かや。の同人活動で消息つかめなかったから…ずっと不思議に思ってましたけど。確かにそれじゃ名前は見ないですよね…」

「けど残業強制させられた割には未払いとか多かったよねぇ~。こーちゃんのお給料事情」

「「えっ!?」」

「こーちゃん、通帳もってる? あ、昔の方ね」

「あんまり見せたくないんだけどなぁ…」

 用意していたお泊り用のカバンから、通帳を取り出して二人に見せる。

「あ、金額は黙っててね…ハズイから…」

「「アッ、ハイ」

 呆然としてるけど、桁については他人に言ってもむずがゆくなるだけなのでお静かにして頂きました。はい。

「確か去年の6月から見てもらえるとわかるけど…」

「ブラックパースの名義…あまりありませんね?」

「…? 鍵谷さん、これって時給換算ですか?」

「一応時給だけど…今手元にないから確認できないけど…月300時間近くまで入ってたかなぁ」

「さ、んっ!?」

 確かほかの大学生曰く、仕送り込みで月100時間前後と言ってたらしいから、それの3倍。平均しても10万円くらいだから諸々引かれたとしても手取りは25万。

 だと思ってる。

 ちなみに俺が聞いたんじゃなくて、陽キャの人が食堂的なところで喋ってたのを後ろの席で盗み聞きしただけなので、これが正解じゃないとは思うけど…。実際に話せる人なんて幼馴染たち以外にいない…言ってて悲しくなってきた…。

「よくそんな環境で働いてたよねぇ~…」

「グラフィッカーが何たるか、じゃなくて社畜とは何たるか、ってことを勉強した気がするよ」

「いやいやいや! それだけで済ませるのはおかしいですからね!?」

「「いやまぁそうなんだけどねぇ(さぁ)……」」

 どうしたものかなとほとほとに呆れている、というところが正直なところ。

「とりあえずななみさんの所に顔をだしてくるよ」

「ん、それがいいね。あ、こーちゃん、分かってると思うけど自宅には寄っちゃだめだからね?」

「わーってるわーってる」

 寄りたくても寄れないし。あのツイートが出る前からしばらくは家に戻れてない…一応航には部屋の換気だけお願いしてるから…なんとかなるとして…。

「引っ越ししようかなぁ…」

「お、それいいね♪ おれも思い切って今のところからお越ししよっかなぁ~」

((この人たち、マイペースだな))

 迷惑かけてることについてはちゃんと謝らないと…。

 ブラックパースに関しては…ま、なんとかするか。またの名を「開き直り」とも言う。


 ☆★☆★☆★


 会社のあるマンションに辿り付き、部屋番号を入力して誰かを呼び出す。

「はい、どちら様でしょうか?」

「…? 鍵谷です」

 水鳥さんかな? にしてはいつもより口調が固い気が…。

「お待ちしておりました。どうぞお入りください」

 扉が開いたので中へ…。

 …一応、誰も入ってこないことを確認して…。

 …………。

 ふぅ…何事もなく最上階。

 インターフォンを鳴らしてから中へ入ろうとして、誰かが扉を開けてくる…。

「やぁ。キミが鍵谷くん、かな?」

「……? はい、鍵谷です」

 出てきて声を掛けてきたその人…。

 黒髪のオールバックでかっちりとスーツを着こなす、覇気たっぷりの優男さんは…。

「初めまして鍵谷くん。僕は株式会社Noname代表の赤月です」

 赤月ななみさんのお父さんだった。

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