11:黒と白、憧れと現実、故の断絶へ

「トワは突拍子もなくこういうことを言う人ですが、方針としては間違ってませんね。このまま停滞すれば紋白の台頭を許してしまうことになります」

「ただでさえ私たちは本能的に揉めやすいんだ。意識して抑え付けねぇといけないのに、揉める理由を作るのは歓迎出来ない訳だ」

「だから、驚きはしたけれど新しい女王としてアユミちゃんを加えるのは変化への一手になるということね。トワちゃんはそういうのを纏めて面白い、面白くないで言っちゃうのが玉に瑕なのだけど」


 トワ様の言葉に驚いていると、他のお三方が補足をしてくれる。

 そう言ってくれるなら少し落ち着けたので、そっと息を吐くことが出来た。


「……お話はわかりましたけれど、私は女王になって何をすれば良いんですか?」

「そこよね」

「大事だな」

「正直、ガーデンは今の体制で十分に回っています。敢えて新しい何かを加えるとしたら方策を考えなければいけませんね」

「ん。アユミについては暫く私が面倒を見るよ」

「トワが面倒を見るって……お前がか?」


 ヒミコ様が胡乱なものを見るようにトワ様を見ながらそう言った。

 それに特に気にした様子もなく、トワ様は頷く。


「まだアユミの能力の詳細もわかってない。だから女王として迎え入れるけれど、全体に向けて発表するのはまだ後にする。アユミの能力を確認した後、アユミに何をさせるのか決めて、アユミと相性が良さそうな候補生を派閥からの出向という形で補佐に宛がうのが良いと思う」

「候補生をか。まぁ、まだ候補生なら塗り替えの抵抗が少ないからな」


 ヒミコ様が納得したように頷いた。それに続くようにキョウ様とライカ様も口を開く。


「アユミの眷属に既存の蝶妃を宛がうのは難しいでしょうからね」

「トワちゃんにしては良い考えだと思うわ」

「私の眷属……ですか」


 話を聞いていても実感が湧かない。それこそ、つい先日までは紋白にはもう居場所がないんじゃないかと悩むような立場だったのに。


「それじゃあ、まずはこいつの能力を測る必要があるってことだな! 私たちが作った武器を破壊したという話も気になってたかなら!」

「それは別の日にして、遠征帰りだから」

「じゃあ明日な! いいよな、アユミ!」

「えっと、私が決めて良いんでしょうか……?」

「あぁん? 私が明日って言ったら明日だ! あと、その敬語を止めろ!」

「えっ?」


 突然のヒミコ様の言葉に私は目を何度も瞬きさせてしまった。

 敬語を止めろって、どうして?


「お前は女王になるんだぞ? つまり私たちと対等になるんだ。眷属を持つようになってまで私等にペコペコしてたらお前の眷属まで舐められるぞ?」

「ヒミコちゃんの言う通りね。キョウちゃんは敬語だけれど、嫌味だっていっぱい飛んでくるものね」

「色々と言いたいことが山ほど浮かびましたが、ヒミコが言っていることはその通りです。女王になるのであれば色々と心構えを決めてください。でなければ、新たな女王を加えて変化を齎すというのも逆効果になりかねませんからね」


 女王のお三方にそう言われても、私は戸惑ったまま何も言うことが出来なかった。

 いきなり底辺から女王だなんて、どう受け止めて良いのかわからないよ……。


「それじゃあ、アユミの力の検証は明日に。今日はもう休ませる。ヒミコは当然参加として、キョウとライカはどうする?」

「予定を空けます」

「勿論、見学するわ」

「ん。じゃあ今日は解散。お疲れ様」


 トワ様がそう言うと、お三方は席を立って何やら話をしながら去っていった。

 私はどうしていいかわからないまま、トワ様とテラスに残ることになる。


「アユミ」

「は、はい」

「別にアユミが要らないなら、眷属なんて作らなくてもいいよ」

「え……?」

「別にたった一人で動く女王がいても良い。別にアユミが何もしなくてもガーデンは回るから。何も責任なんて負う必要もない」

「で、でも問題があるって……」

「別に出来ればいいと思ってるだけで、必ず解決したい訳じゃない。問題が無視出来なくなれば消せば良いだけだし。紋白の蝶妃だって候補生を含めれば数は多いんだから、替えは利く」


 あっさりと言い放つトワ様に対して、私はうまく感情を飲み込むことが出来なかった。

 この人のことが少しわかってきたけれど、わかってきたからこそ……蟠りのような感情が浮かび上がってきた。


「トワ様が派閥の子たちに関心がないから、皆が好き勝手に思い込んで自分が特別だと思うんじゃないんですか? もっと貴方が自分の派閥の子たちを見てあげて、声をかければ――」

「――なんで?」


 心底わからない、と言うようにトワ様は聞き返した。


「理想があるなら自分で叶えれば良い。私はそうしてきたし、他の女王たちもそうしてきた。だから私はあの子たちを認めているし、面白いと思ってる。だから話も聞くし、目的がぶつからない限りは協力する。でも、自分から何もしない子には何かする必要はないでしょ?」

「じゃあ、変われない子はどうでもいいって言うんですか……?」

「だって、変われなければ死ぬだけでしょ」

「それは、そう、だけど……!」



「――変われないままでどうしようもない子を救いたいなら、貴方自身が手を差し伸べれば良い。だから眷属を持つのかどうか貴方の自由。私に求められても、私にとってはどうでも良い子たちだもの。私はつまらない子は救わない。そんな子、この世界で生きてても苦しむだけでしょ?」



 ……あぁ、そっか。

 トワ様と話していて、どうして私がこの人に憧れて、今はこんなにも蟠りを覚えるのかを理解してしまった。



「――それでも、私は誰かを救える人になりたくて、その理想を貴方に見ていました」



 この世界がどうしようもなく過酷な世界だと知っていて。

 狭く閉ざされた世界で生きていくのは、それはつまらなくて。

 もっと広い世界へ、その世界へと向かう人たちの力になりたくて。

 その夢を果たすには、どんな人になればいいのかすらもわからなくて。


 私を導いてくれると思って目指していた人は……私を救ってくれる人なんかではなかった。

 目が覚めるみたいにこの人への思慕が消えていく。改めて目を開いて、トワ様を見つめる。

 トワ様もまた、私を真っ直ぐ見つめ返しながら口を開く。


「人に人は救えない、救えると思うのは思い上がりだよ。人は救われたいから、救われるものを自分で見出すだけ。それを私に見出すのは勝手だけど、私が見捨てるのも私の勝手でしょ? 私はそう思うよ」

「……えぇ、否定しません。私ももう目が覚めましたから。貴方には何も期待したくありません」

「……うん。ヒミコの言うことは確かにそうだったかもね」


 ふと、トワ様が柔らかな笑みを浮かべた。面白いものを見つけたかのような、そんな表情だ。


「女王になるなら、私にも敬語使わないでいいよ」

「……それは」

「私が嫌いなら嫌いって言いなよ。認めたくないなら、認めたくないって刃向かってきなよ。私には持たない色を持ってるなら、もっとその色を見せてよ。貴方だけの色を、貴方だけの願いを。――そうして、もっと私を楽しませてよ。私がこの世界に飽きてしまわないように」


 ……あぁ、本当にこの人は。

 そこまで言うなら、素直に言ってしまおう。



「私は貴方を楽しませるための道具でも人形でもない。そんな風にしか人を見れない貴方を軽蔑する。――私は、貴方が嫌いだ」



 私が嫌いだと告げると、トワ様……いや、この女は心底愉しそうに笑ってみせた。

 花が開くように、どこまでも無邪気に。けれど、それ故に残酷だと感じる程に。



「――あははっ! いいね、アユミ。私は貴方のことが好きになれそうだよ」



 面白いか、面白くないか。その判断基準で生きているこの女には、自分に向けられる嫌悪の感情すらも楽しめてしまうのだろう。

 無垢な白。どこまでも純粋で、純粋であるが故に悍ましい。この人は決して他と歩調を合わせることが出来ない怪物だ。


「アユミは簡単に死なないでね? 女王として私に並んで、もっと世界を面白くしてよ。アユミがいてくれる世界はきっと、もっと面白い人がいてくれそうな気がするんだ」

「……貴方に願われなくても死ぬつもりはないよ。私はまだ何も叶えていないから」


 何者にもなれないまま死にかけて、それでも死にたくないと生き延びた。

 並びたいと思っていた理想は、私が夢見ていただけの幻だった。でも、それは私が憧れていたものが幻だと気付くことが出来たということでもある。

 生きてさえいれば、歩み続けることが出来ればいつか気付くことも出来るんだ。生きていれば可能性が広がる。新しい何かを見つけることが出来るかもしれない。

 だからこそ生きたいし、生きて欲しいとも願ってしまう。



 ――だから、命の在り方をただ見つめるだけのこの人にもう夢を重ねることは出来ない。



 ……でも、そうだとするなら。

 私は、次に何を標として歩み続ければ良いのだろう?


 

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