第35話 代償
「肉弾戦って……ナトゥアの中に突っ込むってことですか⁈」
その場の防衛だけで精一杯なのにも関わらず、敵に突っ込むことを告げたイーナにヘレナは困惑する。
「接近戦をするのは私だけだよ。それにナトゥア対策はするから」
イーナはナトゥアを額縁の能力で貫きながら、説明に補足を付け加える。
「余計に問題ですよ!こちらの防衛をしながらじゃイーナの支援ができなくなっちゃいますよ⁈」
ヘレナの能力は直接ナトゥアを攻撃するのに向いていない。
ヘレナだけでは自己防衛できるかどうかすらも怪しいのだ。
「でも、このままではゆっくりと死に至るだけだ」
少し疲労の色が残るユーリアが立ち上がって言う。
「ヘレナの能力でナトゥアを遅滞してくれれば、こっちのナトゥアはどうにかなる。それに、イーナが接近すれば多少はナトゥアが分散するし、援護することも多少はできるはず」
ユーリアが論理的に諭すと、ヘレナは黙り込む。
ヘレナもこのままでは良くないとわかってはいるのだ。
イーナはおぼろげに父の戦術をイメージする。
驚異的な身体能力を活かした戦い方は参考にならないかもしれない。
しかし、環境を生かした能力行使を行い、有利な状況を生み出し一気にナトゥアを殲滅する方法は参考になる。
ここでの「有利な状況」とは何だろうか。
(高さ……かな)
用兵術に疎いイーナでも、高度差が勝敗に影響することくらいはわかる。
ヴルカーンハウゼンでも塔の上に陣取ったことは有利に働いたし、今現在もマンフレッドは高い地上からナトゥアを攻撃させている。
マンフレッドは呼び出すナトゥアの数こそ強力だが、マンフレッド自身はただの人間だと考えられる。
肉弾戦の作戦の見通しがついたイーナは、額縁を片手にユーリアとヘレナの前へと飛び出し、マンフレッドの方へ駆け始めた。
「無理な行為だよ、イーナ。ナトゥアの妨害を全てかわして私を狙うことなど」
マンフレッドが片手を振り上げると、いくつものナトゥアが一気にイーナの方へ向き直り、イーナ目がけて走り出す。
イーナはナトゥアに脇目も振らず、ひたすらにマンフレッドの方へ走り続ける。
「君は包囲されているんだ、私にたどり着くことはできないよ」
イーナはマンフレッドの目前まで近づくが、彼の言う通り、イーナは横から飛びかかってくるもの、後ろから追いかけるもの、前の方から走ってくるものなど、四方から迫られ、すぐさま追いつかれようとする。
ナトゥアがイーナに飛びかかる射程に入ろうかというとき、イーナは片手に持った額縁をまばゆく光らせる。
突如として、イーナの周りの地面が杭のように空に突き出され、地上よりも少し高い位置にまで、小さな細い塔のようなものができる。
小さな細い塔はマンフレッドの目の前まで次々と現れて、飛び石のような杭の道が形成される。
イーナは勢いよく突き出された杭から押し出されたように飛び上がって、杭の上に着地すると、額縁を背中のケースに収納して、すぐさま、杭の上を走って渡り始めた。
「……だが、その杭は脆いぞ」
マンフレッドは意表を突かれたように思われたが、最適な選択を行う。
右手を振り上げ、周りの全てのナトゥアを杭の攻撃に集中させる。
地面の他に材料を使わなかった杭は、シュレーゲムジークの円錐よりかは脆く、ナトゥアの攻撃にも幾分か弱くなる。
杭を壊せば、マンフレッドへの攻撃も防げるうえ、イーナを杭のある地面へ強制的に引きずり下ろすことができる。
ヴルカーンハウゼン家に属し、この家の額縁のことを知り尽くしているマンフレッドでなければ咄嗟に判断はできなかっただろう。
しかし、マンフレッドにはイーナの接近に対して若干の焦りがあったのか、ユーリアとヘレナの周りのナトゥアの大部分も杭への攻撃にまわしてしまった。
「狙いが当たったね!妨害させてもらうよ!」
ナトゥアの数が減り、手薄になったユーリアから強力な光線がマンフレッドめがけて撃たれる。
マンフレッドもそれに気づいて、数体のナトゥアを身代わりにして光線を受け止める。
ヘレナも杭に近寄ろうとするナトゥアを抑制して、杭の破壊の進行を遅らせている。
イーナは飛び石を走って渡るようにしてマンフレッドに急速に近づき、彼の頭上へと到達しようとする。
マンフレッドは舌打ちをしながら腕を動かし、ナトゥアをマンフレッドの守りに着かせようとするが、既にほとんどのナトゥアは杭につかみついたような状態であり、ヘレナによって抑えつけられて素早く動けるような状態ではない。
自分の周りに新たなナトゥアを地面から呼び出そうとするが、もう間に合う時間ではなかった。
最後の杭を強く踏み切って飛び上がったイーナは、腰から厚みのあるナイフを引き抜き、真下にいるマンフレッドに重力に任せるまま突き刺す。
ナトゥアを自由に扱えること以外はただの人間であるマンフレッドは、素早く避けることも叶わず、左の鎖骨と肩の間にナイフが深く突き刺さる。
マンフレッドはイーナがナイフを突き刺した勢いをそのままに、地面へ崩れ落ちた。
周りのナトゥアはそんなマンフレッドとイーナには目もくれず、杭をひたすら壊そうと試みている。
すぐさまユーリアによってナトゥアは掃討され、決着がつこうとしていた。
「『窓持ち』はやはり、強いな」
マンフレッドが小さな声でつぶやく。
「……どうして、こんなことをしなければならなかったんですか、どうして、私の親族は死んでいってしまうんですか!」
イーナは地面に目を落としたまま、倒れたもののまだ意識があるマンフレッドに対して問いかける。
「……なぜだろうと、常々思っていた。どうして私は額縁を持てなかったのだろうと」
マンフレッドは虚ろな目で語り始める。
イーナの問いかけはもう、聞こえていない。
「兄が羨ましかった。額縁の能力でも、ナトゥア研究においても、凄まじい情熱と才能で、皆から尊敬されていた。私は──何もできない出来損ないだった」
マンフレッドは激しい咳をする。
口の端から、赤い血がこぼれ落ちる。
「なのに、私は置いていかれた。兄は、無能な私を残して死んだ」
「奴は言った、『窓持ち』が存在する必要がない世界を作るべきだと、この社会を革命すればそれが実現できると」
「奴って……誰なんですか……」
イーナを無視してマンフレッドはつぶやき続ける。
「だが……違かったようだ。『窓持ち』が存在する必要がないというのは、『窓持ち』の必要性が減るのではなくて、『窓持ち』を全員消すということだった。気づいたときには……遅かった。自分の望みは『窓持ち』の存在を消すのではなく……ただ、私の……」
マンフレッドは話の途中のまま、イーナの問いにも答えなかった。
そばにいたヘレナがマンフレッドの口元に手をやると、何も言わずにそのまま手を引いた。
「わからないよ、どうして、なぜわざわざ、叔父を……」
イーナは自ら決着をつけた叔父の亡骸の前で膝をつく。
「あっ……」
ヘレナが口を押さえて驚いたような声を上げる。
マンフレッドの遺体はまるでナトゥアが死んだときかのように、ゆっくりと地に沈んで消えてゆく。
イーナの父と同じく、遺体すら残すことなくして、マンフレッドも死んだ。
イーナはただその場に立ち尽くすことしかできない。
イーナの額縁奪還、マンフレッドとの戦闘は理不尽な点を多く残して終わった。
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