第14話 先制攻撃

 ヘレナとイーナはシュテルマーに連れられて、議会の2階、議員たちが出入りできる談話室に入った。

 イーナも何度かここには入ったことがあった。

 本棚や暖炉が備えられた広めの部屋で、いくつかあるソファとテーブルに座りお菓子や飲み物を飲んで、議員同士の交流や仕事ができる。

 議会終わりの午後は多くの人が集まるが、議会前の朝の時間帯は人が少なく、部屋には2、3人しかいない。

 三人は窓際の席に座る。

 シュテルマーは早速ケーキを一つ注文する。

 すぐにケーキが一皿運ばれてきた。


 「私は議会中に糖分が足りずに集中を切らす可能性をできる限り低くしたい。だから私は議会の前に必ずここでケーキを食べるようにしているんだ。」

 シュテルマーはフォークでケーキを崩しながら言う。


 「そして私は時々、ケーキを食べるついでに人と話すこともある。議会でもめごとを起こす可能性をできる限り事前に避けるためだ。」

 「だから、単刀直入に話させてもらおう」

 シュテルマーはフォークをケーキの上のイチゴに勢いよく突き刺して、一口で食べた。


 「今回君たちをわざわざ議会に呼びつけたのは、ヴルカーンハウゼンでの連隊消滅の責任を取らせて左遷させるためだ」


 イーナの読みは当たっていた。

 もっとも、面倒ごとに巻き込まれたくないイーナにとっては喜べないことではあったが。


 「もうすでにヴルカーンハウゼンでの防衛担当に左遷済みじゃないんですか?」

 イーナが単調な物言いで言う。


 「イーナ君、連隊という大戦力がまるまるは一つ消えた以上、誰かが責任を取らねばならないんだ。でないと貴族、いや、皇帝陛下の面子が立たない」


 「だからといって、連隊所属でない人間と、研修中の少尉に責任を負わせるのは無理があるかと」

 イーナが反論する。

 シュテルマーもすぐさま口を開いた。

 「もちろんしっかりとした理由がある。ご存知の通り、軍に所属する君たちが責任を取るとなれば、皇帝直下即応大隊──通称囚人大隊に送られて無理な作戦を遂行することになる。大体の人間は生きてられないだろう。何しろ充足率が常に50%切ってるような部隊だ。」

 「しかし!」

 シュテルマーが強調して続ける。

 「四ツ窓だったらどうだろうか。四ツ窓は額縁の能力を使えるし、現にヴルカーンハウゼンで生き残ってもいる。囚人大隊に送られても普通の人間よりかは生き残れる可能性も高いし、軍功をあげれば戻ることだってできるはずだ」

 

 イーナは一瞬たじろいだような表情をする。

 自分以外の適当な人間が囚人大隊に送られて、死ぬのは嫌だ。そんな顔だと、シュテルマーは読み取った。

 (この二人を一度でも囚人大隊に送ればこちらのもの。傭兵や貴族を間に挟まない皇帝直属の部隊であれば、軍方針決定委員会から直接指示が出せる。囚人大隊からヴルカーンハウゼンが抜け出すことはなくなる)

 シュテルマーは心の中で笑いながらケーキを頬張った。

 

 「そもそも責任誰かが取る必要あるんですかね?指揮権を持つ連隊長以下、隊の内情を知る全員が消えてる以上、ほかの誰のせいにもできなさそうですよ?」

 ヘレナが不思議そうに言う。

 その瞬間、イーナの態度はすぐに持ち直された。

 シュテルマーは心の中で静かに舌打ちをする。


 しかしシュテルマーは少し苛立ちが見え隠れしても、笑みは崩さなかった。

 「だから、少尉、誰も責任を取らないからこそ君たちがやる必要があるんだ。責任は誰かが取る、これは決定事項だ、そして──」

 シュテルマーが続きを言いかけたとき、大きな鐘の音が聞こえた。

 議会開始の合図である。

 シュテルマーは服のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。

 シュテルマーは大きなため息をついた。

 

 「途中になってすまないが、そろそろ時間のようだ。結論が出なかったこと、残念だよ。続きは議会としようか」

 シュテルマーは席を立って部屋を出ていった。


 「このあとどうするんです?このままだとシュテルマーが会議中に糖分不足で思考停止するのに賭けるしかなくなっちゃいますよ?」

 ヘレナが机の上のケーキを指差しながら言う。

 ケーキは端とてっぺんのイチゴが食べられた程度で、ほとんど口がつけられていない。


 「いまの話の流れを見れば分かる通り、シュテルマーは自分のペースに一気に相手を巻き込んでいくのが得意だ。だからシュテルマーが質問をして、それに対して私たちが答えるという形式の召喚では面倒なことになるかなと思う」

 イーナとヘレナがどのように答えようがシュテルマーにとっては関係がない。

 答えに対して自分にとって有利な適当な見解をつけ、ほかの議員を説得しにかかるのである。

 四ツ窓の議員は賛成することはないが、数が少ないため、イーナとヘレナを単独で救うことはできない。

 しかし、それは額縁対立派も同じであり、どちらの派閥も中立派の票が必要だ。

 四ツ窓にも額縁対立派にも中立的な立場をとる一般貴族の浮動票がシュテルマーに傾くことを彼は狙っているし、イーナが最も危惧していたことであった。


 「じゃあ…もうすでに詰んでいて、シュテルマーに勝ち目があるってことですか?」

 ヘレナは冷静でしっかりとした語調でいう。


 「いや、相手に質問されるような状況にならないようにすれば、自分たちが準備したもので何とかなるかもしれない。つまり、こちらが先に打って出ればいいってことかな」




 シュテルマーは議会場の席の中で苛立っていた。

 イーナの態度はいつものことで予想もしていた。

 彼女は自分が納得しないと絶対にうなずかない。

 だからこそ、彼女の善意に付け込めば、うまく行く可能性はあるかと考えていた。


 しかし予想外だったのはヘレナ・エドラーなどという小娘だった。

 こちらの事情こそ詳しくないが、前提条件まで細かく突いてきて面倒だ。

 しかもあれは納得するまでしつこく質問してくるだろう。

 シュテルマーがイーナを陥れる論理の穴を見つけては攻撃してくる、彼が1番嫌いな人間の種類である。

 (ただ…)

 シュテルマーは思い直す。

 本番はではこちらに圧倒的な有利がある。

 相手がどのように質問に答えても、こちらの台詞は用意できているのだ。

 

 この件に関し、多くの議員がいきなり連隊が消えたことに対して不安を抱いている。

 ナトゥアが連隊を丸々一つ滅ぼすことなど前代未聞、皆ナトゥアが予期しない動きを見せたのではないかと思っているのだ。

 彼らの中には軍をもつ者もいるため、この議題に対して関心が高いのは間違いない。

 そこで、議員の恐怖心と関心の高さを利用してやるのだ。

 イーナが萎縮して反省しているようなら、同情的に優しい言葉で処遇を提案し、イーナが反抗的なら強い言葉で、演説的に話し、派閥の人間も用いて雰囲気をつくる。

 ナトゥアではなく人間に責任があると、一時的にでもいいから感じさせれば、中立派は雰囲気に押し流されてこちらに票を入れるだろう。


 言論による煽動は最も安全にかつ人を動かせる可能性が高い、使わない手がない方法だ。

 今までやってきて幾たびも成功し、これからも成功する可能性が高い、シュテルマーが考えた素晴らしい手法である。

 議長が議会の開始を宣言するのを横目にシュテルマーはそんなことを考えていると、会議場に大きな音が響いた。

 

 シュテルマーが見れば、会議場の大きな両開きのドアが開け放たれ、ヘレナとイーナが立っている。

 ざわめく会議場の真ん中にイーナは立ち、言い放った。

 「召喚される前に、少しお話をしに参りました」


 

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