第12話 シュテルマー

 「イレーネ、来客だ、イーナとエドラー家のお嬢さんが泊まるそうだ」

 マンフレッドがアトリエのドアの前で言うと、すぐにドアが開いた。

 

 「どうも、ご挨拶が遅くなってすみません」

 義叔母が出てくる。

 彼女もまた風景画を仕事にしていて、マンフレッドとは別の自分のアトリエによくこもっている。

 

 「お会いできて光栄です、風景画を描かれるそうですが、見せていただいても?」

 ヘレナが食いつくように話しかける。

 イーナは絵に対しての興味はほどほどなので、ヘレナのことを横目に、夕食のことを考えていた。

 何しろここ数日似たようなものしか食べていない。

 良く言えば素朴、悪く言えば薄味の野菜スープばかりで、そろそろ別のものを食べたいと熱望し始めたころである。


 イーナはほとんどイレーネとヘレナの話を聞いていなかったが、ふと耳よりな情報が聞こえてきた。

 「私の絵が見たいのでしたら、夕食を食べながら食堂にあるのを鑑賞するのが良いかと思いますよ」



 

 食堂は小さいが、庭がよく見える部屋だった。

 壁側にはイレーネが描いたと思われる絵が飾ってある。


 「色遣いがすごいです、すごくすごいです!」

 ヘレナは風景画を見るなり喜ぶ。

 絵には小麦の収穫期の農村が描かれている。

 真っ直ぐに進む畦道に左右には小麦畑、右手遠くに風車と小さな家がある、実に明るい絵だ。

 貴族に人気なのもうなずける題材である。

 というのも、のどかな農村はある種平和の象徴のようなものだからだ。

 ナトゥアの襲撃などが回避できなければ、小麦の大きな収穫は望めない。

 さらに、一般的な貴族は城壁の外に出ることはないから、こんな風景を見ることも少ないのだ。

 そのため、風景画家であるイレーネは貴族に需要があるのだろうとイーナは推測した。


 机にはもう食事が準備されていて、あとは食べるだけといった様子だ。

 それぞれが席について、食事を始める。

 牛肉にパン粉と衣をつけて揚げ焼きにし、焼いたじゃがいもを添えた肉料理に、パンとチーズがいくつかといった夕食である。

 豪華な料理だが、塩漬けや干した肉でないという時点で、イーナの食欲をそそるには十分だった。

 イーナが隣のヘレナをチラリとみると、やはりヘレナも食欲には敵わなかったのか、今度は料理を夢中になって食べている。

 

 「行政議会から呼び出されたというが、何か質問に対する準備とかはできているのか?」

 マンフレッドが牛肉を切り分けながら言う。


 「まあ、そこそこ…ですね」

 イーナはパンを飲み込んで答える。

 ヴルカーンハウゼンまでの道中、準備は着実に続けてきたつもりだが、効果は当日やってみなければわからない。

 質問の内容といった主導権があちら側にある以上、こちら側の行動がどれだけ影響を与えられるかは未知数だった。


 (こちらが主導権を握れるような手を考える必要があるかな)

 イーナはチーズをつまみながら思案した。



 夕食後、ヘレナとイーナがそれぞれの部屋に案内してもらうと、叔父夫婦は早々にしてアトリエに籠ってしまった。

 話を聞くと、イーナがヴルカーンハウゼンに行っている間に新しい依頼がいくつも入って忙しくなってしまったらしい。

 行政議会の召喚は明日に控えている。

 さすがのイーナもヘレナにやんわりと明日起こりうる問題について話すことにした。


 ヘレナをイーナの「部屋」に呼び出すと、ヘレナは大変機嫌が良かった。

 「素晴らしい絵を描く人たちですね!特にマンフレッドさん!四ツ窓の『部屋』を意識していると話されてましたけど、もはやそのものに近いですよね、まるで…」


 「まるで?」

 イーナが聞き返す。


 「いえ、このまま話すと止まらなくなりそうなので。用件を教えてください」


 イーナはヘレナが過度に不安にならないよう気を遣って話す。

 しかし予想に反してヘレナの反応は単純そのものだった。


 「まあ…こればっかりは運ですね、なるようにしかなりませんよ」

 ヘレナは笑う。


 「運で結構簡単に片付けちゃうんだね?」

 イーナは椅子の背もたれにもたれかかって言う。


 「ヴルカーンハウゼンのときも、最初に思ったこと、『運が悪いな』ですからね?そっちの方が気持ち的には楽なんですよ」

 ヘレナは楽しそうに話す。

 「それに、自分じゃどうにもならないこともままありますから」


 「ヘレナは随分精神年齢が高いね」

 イーナは少しだけ感心した。

 しかし、ヘレナとしてはその言いぐさは気に入らなかったようである。


 「褒め言葉として受け取っておきますね」

 今度はイーナがヘレナから鋭い一言を食らった。




 帝都の官庁街のすぐ隣に、壁内でも指折りの大きさを持つ邸宅がある。

 壁内にもかかわらず大きな庭を持ち、3階建ての家は細かい装飾が隅々まで施されている。

 そんな邸宅の3階の書斎に、外の星空を眺めながらワインを飲む1人の男がいた。


 「シュテルマー様、ワインのおかわりはいかがですか」

 男の後ろに控える秘書が訊ねる。


 「いや、この一杯でいい。二日酔いでヴルカーンハウゼンとは会いたくないからな」


 「僭越ながら申し上げますが、ヴルカーンハウゼンはもはや行政議員ではありませんし、家も滅亡寸前です、過度に追及する意味はどのような…」


 シュテルマーが秘書の言葉を遮る。

 「俺は可能性を限りなく無くしておきたいタチなんだ。あのヴルカーンハウゼンが立ち直る可能性はゼロじゃない。奴の故郷に流したら、武功をあげたらしいじゃないか。このまま変に放置して、先月死んだジジイのようにならないとも限らない」

 シュテルマーはワインを一気に飲み干す。

 「自分が手に届く範囲なら、先手を打ち、できる限りでその可能性を低くしておきたいんだ。わかるな?」


 「え、ええ…」

 秘書は萎縮している。


 「それに、四ツ窓以外の貴族はみんな、四ツ窓のことを快く思ってなんかいない。あいつらばかりが民衆の支持を受け、皇帝からの恩寵を得る。だが今はどうだ?良い銃や砲の開発が進んで、一般兵でもナトゥアは倒せる。実際『窓持ち』がいなくても上手くやってるところはある。もう四ツ窓の時代なんざ終わりに近づいているんだ」

 シュテルマーはグラスを持つ手を真横に突き出す。

 秘書が速やかにグラスを受け取った。


 「皇帝陛下は明日、行幸に出られ、議会には出席されない。少々荒っぽい手でも、問題なくヴルカーンハウゼンを排除できる可能性が最も高いのは明日だ。明日必ず、奴を表舞台から消さねばなるまい」


 帝都の夜空は快晴、満天の星空が、少し欠けた月とともに輝いていた。

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