帝都

第10話 帝都

 「やっぱり帰ってくると気分が高まりますね!久しぶりですよ!帝都!」

 ヘレナが馬の上ではしゃいでいる。

 

 城壁の外にすら街が生まれるほど発展した帝都は、その郊外でさえも他の都市と変わらぬほどに物と人で溢れている。

 無秩序に建造物が乱立する壁外地区は道も狭く、それぞれの行き先を目指す馬車や荷車で渋滞し、円滑な通行もままならない。


 「ヘレナ、あまり離れないで、散り散りになると面倒だから」

 イーナは前方にいるヘレナに声をかける。

 「大丈夫です、士官学校に一年いたので、帝都はわかります」

 「しかも、壁外は壁内にないものがたくさんあるので、よく来てたんです」


 確かに、城壁の外は内と比べて、販売が到底許可されないような怪しげなもの、上品さこそ欠けるが豪快な食事など、少し暗めな雰囲気を持ち、国の目が届きにくい場所だといえる。

 しかし、貴族が「よく来る」と言うような場所ではなかった。

 ヘレナは後ろを向きながら話したせいで、荷馬車と事故を起こしかけて怒鳴られている。

 帝都の夕方の交通量は特に多い。


 一体ヘレナは城壁の外で何をするのだろうか、そんなことをイーナが考えていると、城門に到着してしまった。

 一般的には城門では荷物の検査を行い、荷馬車の大きさと商品に応じた関税をとるため、長い列ができる。

 城壁の外で怪しげなものが売られるのは、城門で厳重な持ち物検査を受けて没収されないようにするためだろう。

 しかしヘレナとイーナは四ツ窓であるうえ、行政議会の書状を所持するため、長い列に並ばず速やかに通過できることになっている。

 行政議会の方から話が通っていたのだろう、書状を近くの兵に提示して名乗ると、問題なく城壁内に入ることができた。


 「ところで、どこに宿泊するんですか?早くしないと泊まる場所無くなっちゃいますよ?」

 石畳の通りを並んで進みながらヘレナが訊いた。

 城壁の内側は外側とは打って変わって、整然とした街が続く。

 街の中央は大きな広場と官公庁があり、門をくぐってすぐには宿が多い。

 宿が多いといっても、大抵の場合は平民向けで、馬も泊められるような貴族向けの宿などは非常に少ない。

 当然サービスも充実しているので値も張る。


 「大丈夫、泊まる場所なら問題ないよ」


 「エドラーの屋敷は空いてるかどうかわかりませんよ?そもそも私は帝都に部屋はもうありませんし」

 ヘレナはイーナに疑いの目を向ける。

 イーナがヘレナの親族を頼ろうとしていると疑っているようだった。

 だが、それはおそらく聞くまでもなく無理だろう、とイーナは思う。

 ヘレナの一族であるエドラー家は、人数がかなり多いことで知られている。

 四ツ窓の最大勢力であり、行政議会の議席数も単独の家柄では最も多い。

 帝都の屋敷は大きいのにもかかわらず、士官学校の生徒や臨時滞在の人間で部屋が足りないほどだというのは、イーナも時々聞いていた話であった。

 恐らくヘレナも屋敷には泊まらず外泊することになっているのだろう。

 

「叔父の家に頼ろうかと思って。大叔父が亡くなってからヴルカーンハウゼンに行くまでの一か月お世話になったから、ヘレナも来る?」

 イーナがヘレナに提案する。

 叔父の家は大きくはないものの、馬小屋はあるし、明日出向く議会へも近い。


「イーナに叔父さんなんていたんですか?てっきりもうイーナしかヴルカーンハウゼンの人間はいないのかと…」

 ヘレナは不覚にも思ったことをそのまま言ってしまう。


「厳密には違うんだ、正しくは『窓持ち』がもう私しか残っていないってことになる」

 四ツ窓貴族家において、「部屋」を持ち、額縁の力を行使できる者を「窓持ち」という。

 わざわざ「窓持ち」という名前があるからには、窓を持たないものもいるわけで、四ツ窓には稀に額縁を持てないものが生まれることがある。


 「部屋」や家特有の力は、四ツ窓に子どもが生まれたときに「額縁」を額縁職人が特注で作り、それを肌身離さず子どもが携帯することで自然発生的にできるものである。

 子どもが産まれて額縁をつくらせたが、いつまで経っても「部屋」ができないなんてことも稀にあることなのだ。

 なぜ四ツ窓だけが額縁でこのような力を持てるのか。

 持てなかった四ツ窓の違いは何か。

 結局よくわかっていない。

 四ツ窓はその出自すら不明なのだ。

 300年前に現れてナトゥアに対して大きな戦果を挙げて貴族に任じられた、としか伝えられていない。

 ともかく、四ツ窓には稀に額縁を持たない人間が生まれることがある。

 ヴルカーンハウゼン家の場合、イーナの叔父がそれだった。


「すみません…ヴルカーンハウゼン家のこと、全然知らなくて…」

 ヘレナはしょんぼりとしている。


「まあでも実際、ヴルカーンハウゼンの血を直接引く人間は私と叔父しかいないからね、最後みたいなもんだよ」

 イーナは少し笑った。



 イーナの叔父の邸宅は官庁街にほど近い地区の一角にあった。

 帝都の城壁の中にある建物にしては、割と大きめの部類に入る二階建ての家だ。

 ささやかながら裏庭もあり、馬も置くことができる。

 叔父はその妻と一人の使用人とここで暮らしている。

 イーナが大叔父の屋敷と財産を没収されてから行政議員を解任されるまでの一ヶ月ほどはここで世話になった。

 

 

 イーナは馬を降りて玄関ドアの前に立つと、長方形の額縁をかたどった真鍮製のドアノッカーを鳴らした。

 少しもすると、すらりとした体型で、白髪混じりの眼鏡をかけた男が出てくる。

 男は少し驚いた様子を見せた。


 「イーナじゃないか!しばらくはヴルカーンハウゼンに行くんじゃなかったのか?」


 「話すと長いので、単刀直入にお願いするんですが…二人くらい泊められそうですか?」

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