結
庭の中央にはあの時と同じく桜が満開に咲き乱れていた。木の根元に花絨毯が広がっている。泰時が花に埋もれて横になる人影を見つける。顔を覗き込むとそよそよと花と共に寝転ぶ髪と睫毛が揺れている。
「わ! 気持ちいい! 一度寝転んでみたかったんだ、花絨毯」
「勝手に横に転がんな。でかいから幅取るんだよお前は」
「すごい、いい匂いがする。花が冷たくて気持ちいい」
邪魔だといいながらも追い出す事のない清與が静かに瞼を閉じる。
「今日は
「ようやく
清與が寝がえり仰向けになると桜越しに空を見上げる。
「お前も今度太夫衆のところへ行くんだってな」
「うん、土岐田寮長とね。ほら、俺は四神との約束があるから。十二神将を返してもらわなきゃ」
「いけそうなのか?」
「好意的みたいだよ。誰だってちゃんと話せばわかり合えるんだよ、きっと。話さないとこじれちゃうんだよ。太夫衆と隠儺師みたいに。これまでの六辻みたいに」
そうか、と小さく返すと清與が再び目を閉じる。その表情には泰時に対する不安や心配はもうなかった。
二人が日向ぼっこを満喫していると縁側がら
「ねえ、もうすぐ
薙が足取り軽く寮の門へと向かう。あの冬からしばらくの間は部屋に籠りがちで沈んだ様子だった薙も最近は以前の明るさを取り戻していた。
「
泰時が起き上がり薙に向く。
「うん、また隠儺師としてもやっていけるみたい」
出会った頃のような笑顔をみせる薙。そんな笑顔を崩したくなかったが、泰時が気になっていることを恐る恐ると聞いた。
「まんさんさんは
泰時が自分に気を使っていると感づいた薙が屈託なく笑い返す。
「うん、持って帰っちゃった。将来は私も諏訪宮に戻るから、そっちに置いておくのがいいかと思って」
「そうですか。まんさんさんも喜ぶと思います」
「そお?」と言いながら再び薙が縁側を歩き出した。門の辺りが騒がしくなる。少しするとひょこっと顔をのぞかせた九朗の姿が見えた。泰時が立ち上がり門の傍まで駆け寄る。
「九朗さん! 元気そうでよかった。あ、仇朗も来てたんだ!」
泰時が叫ぶと仇朗が九朗の後ろから顔を出す。
「『あ、』ってなんだよ、『あ』って」
相変わらず悪態をつく仇朗の態度がなぜだか嬉しかった。あれ以来会えていなかった仇朗の元気そうな姿を見た泰時の顔がほころぶ。
「なんだよ、気持ちわりいな」とぼやく仇朗もどこか嬉しそうだった。清與も流石に気になったのかちらっと騒がしい方を見遣る。
「仇朗はトキくんに会うの楽しみにしてたんだよ」
右鶴がしれっと伝えると仇朗が慌てて否定する。
「仇朗、素直になったら?」
九朗にそう言われては仇朗も言い返せない。
「トキがここに来て丁度一年かあ。なんやめっちゃ早かったな。うじうじしてたのがつい最近やなんて想像つかんな」
大紀が桜を見上げながら感慨深く零す。
「最初の頃の事は忘れてください」
泰時が気まずそうに返す。
「トキ、清與、今大丈夫?」
「わあ、九朗。よく戻ってきたね」
晶馬が九朗に声を掛けると九朗が丁寧に頭を下げた。抱きつき背中を叩いてくる晶馬に九朗がはにかむ。久しぶりの再会を楽しんでいた晶馬がはっと泰時に振り返る。
「そうそう、トキ、清與。隠が出たって連絡が入った。すぐ向かえる?」
「はい!」
泰時が大きく返事をする。
皆が泰時を見る。その視線は信頼できる仲間、頼れる仲間に向けられる視線だった。泰時も自信に満ちた顔でみんなの顔を見返した。
泰時が未だ花絨毯に埋もれている清與に歩み寄り手を差し伸ばす。
「行こう、清與」
清與が泰時を見上げる。太陽の光と桜を背にした泰時が目にうつる。最初に見た時は貧弱なやつだった。それがこんなにまで頼もしくなるなんて。その思いを伝えるのは少し癪だったので心の内にしまっておく。
清與が体を起こし伸びをすると、今度はその手をしっかりと握り返した。
「おう、行くぞトキ」
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