第19話

「おーい、起きろ。着いたぞ」


 馬車が止まったところで、膝の上の猫ネミリを起こす。

 レイネは一切寝ずにずっと落ち込んでいるようだったけど、遊んでいるうちにテンションも持ち直してくるはずだ。


「ふにゃぁ……着いた?」


「着いた。そういえば、怪我の状態はどうなんだ?」


「ズキズキはするよ。普通に動いてはいるけど。激しい戦闘すると、結構痛むかもね」


「そうなのか。平然としてるから、ひょっとしてもう治ってるのかとすら思っちゃったよ」


「まさかまさか。まあ、この休暇の間にきっちり治すよ」


 必要な荷物は全てネミリが収納してくれているので、俺たちは手ぶらで馬車を降りる。

 街の外からでも、楽し気な音楽が聞こえてきた。

 いざ『多種族のオアシス』に初乗り込みだ。


「「「お~!」」」


 街に入るなり、俺たちはそろって歓声を上げた。

 本当にいろいろな種族がいる。

 人間、レイネとネミリのような獣人、耳が長く尖っていることが特徴のエルフ、翼と鱗に覆われた尻尾を持つ竜人などなど。

 そして街は明るい雰囲気に飾りつけされていて、音楽と笑い声に満ちている。

 まさに『多種族のオアシス』だ。


「さ、レイネも元気出していこうな」


「は、はい」


 時刻はすでに夜。

 ひとまず、今夜の寝床を確保する必要がある。

 せっかくだから、温泉のある宿に泊まりたい。

 セグレルダに来て温泉に入らないのは大バカ野郎と言われるくらい、この街の名物だ。


「こんばんは~。何かお困りですか?」


 俺がきょろきょろしていると、エルフの女性が話しかけてきた。

 腕には「セグレルダ認定案内人」と記された輪っかをしている。


「お困りのことがあれば、私イルハに聞いてください。この腕の輪っかは、セグレルダ公式のガイドである証ですので」


「ちょうど良かった。今晩の宿をどうしようかと思って」


「お宿ですね。えーっと、3名様ですよね?」


「そう。人間が1人と、獣人2人」


「ふふっ。この街でそれは禁句ですよ。どの種族もみんな一緒。人間も獣人もエルフも竜人も関係ない。それがこの街ですから」


「それは悪かった」


「いえいえ。何かご希望は?」


「俺は温泉付きのところがいい。2人はどうだ?」


「私はベッドがふかふかのところ!」


「私は……何でもいいです……」


 まーだ落ち込んでるのか、レイネの奴。

 彼女がミスらしいミスをするなんて、確かに初めてのことだけど。


「ほらレイネ。もう誰も気にしてないから。せっかくの休暇、楽しめないと損だろ?」


「そうだよ。レイネが楽しそうじゃないと、私たちも楽しさ半減だな~」


「う……分かりました。なるべく元気に頑張ります」


「肩の力、抜いていいからな。宿の希望は?」


「そこは本当に、特にないです」


「そうか。希望に合う宿、ありますかね?」


「もちろんですよ。こちらの地図をどうぞ」


 イルハに渡されたのは、セグレルダ全体の地図だ。

 細かく宿や食事場所、遊べる施設などが書かれている。


「こちらの宿なんていかがでしょう?」


 イルハが印をつけたのは、街の北側にある宿だった。


「温泉付きの人気のお宿です。もちろん、ベッドはふかふか。とても人気の宿なんですが、この時期ですとまだ空きがあると思います」


「ありがとうございます。行ってみます」


「ぜひ。この腕の輪っかをつけた者が、街には何人もいます。いつでもお助けしますので、お困りの際はお声がけください」


 そう言うと、イルハはまた別の迷っている人に声を掛けに行った。

 こういうガイドがいてくれるのは、すごくありがたいな。


「よし、教えてもらった宿に行くか」


「ゴーゴー!」


「ゴ、ゴー……」


 ま、そんなすぐに元気は出ないよな。




 イルハの言っていた通り、宿にはまだ空室があった。

 ベッドが3つの部屋を取れたのは大きい。

 全員が元の姿のまま、思いっきり体を伸ばして眠れる。


「さて、温泉もあるけどお腹が空いたな。温泉はいつでも入れるらしいし、飯屋が閉まる前に食事でどうだ」


「賛成!」


「良いと思います」


「そういえば、この宿に料理店が併設されてるみたいだったよ」


「じゃあ、初日はそこでいいか」


 馬車での移動というのは、座っているだけでもそれなりに疲れるものだ。

 今から街に出て、料理店を探す体力は残っていない。


 ネミリの言った通り、宿の1階に店があった。

 雰囲気も良さげなので入ってみる。

 テーブルを囲んで座ると、竜人の女の子がメニューと水を運んできてくれた。

 人間の店員もいるし、厨房で鍋を振るっているのはエルフだ。

 本当にいろんな種族が共生してるんだな。


「わ!シグリンマッポワッエクがあるよ!」


 ネミリが喜びの声を上げる。

 それを聞いてメニューを見たレイネの顔も、またパッと輝いた。


「シグ……何だって?」


「シグリンマッポワッエク。私たちも大好きな、獣人の名物料理だよ」


「まるで想像がつかないけど、どんな料理なんだ?」


「来てからのお楽しみでいかがでしょう?1つ言うとすれば、メイン級の大きな料理ですよ」


「それは楽しみだな」


 そのシグリンマッポワッエク、さらに飲み物とパンを注文し、料理が来るのを待つ。

 もちろん、今日は全員ノンアルコールで。

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