第10話
「ねえねえ君たちぃ」
男が猫なで声でレイネたちに話しかける。
「俺はコイルっていうんだけどさ」
へえ、こいつはコイルっていうのか。
そういえばそんな名前だったような気もする。
話しかけられているレイネとネミリは、俺の後ろで怪訝そうな表情を浮かべていた。
「俺と組まないかい?俺のギルド、「男は実力、女の子は愛嬌」がモットーでさ。かわいい女の子なら大歓迎なんだよ。そこのクソ冒険者と組んでるより、全然楽しいと思うよ?」
「グレンはクソ冒険者なんかじゃないんだけど」
「はぁ……ひょっとして、君たちはこいつと組んだの初めて?俺は前、こいつと組んでひどい目にあった。悪いことは言わないからやめときな」
レイネがすっと顔を俺の耳元へ近づけ、小声で囁く。
「やってもいいですか?」
「ダメだ。さすがに同じ冒険者を殺すわけにはいかない」
「ですが、こんな言われ方をしては腹の虫がおさまりません」
「グレン、このまま引き下がるのはナンセンスだよ」
「そうは言ってもな……」
「ねえねえ、俺と組もうよー」
自分が命の危機に瀕していることにも気が付かず、コイルはレイネたちに呼びかけている。
2人の言う通り、このまま引き下がるのはしゃくだ。
ただの女好き冒険者にバカにされたままではいられない。
ただあいにく、直接ぶっ飛ばすというわけにもいかない。
どうしたものかな。
「ねえ、コイル」
ふと、コイルの右に立つ女性冒険者が彼の肩を叩いた。
「どうしたんだい?」
「何か地響きが聞こえない?」
「んー、確かに言われてみれば……」
耳を澄ましてみると、ゴゴゴという地響きが聞こえてきた。
地震……とはちょっと音が違うな。
ネミリの方を見てみると、その耳がぴくぴくと動いている。
何かの気配を察知している証拠だ。
「何か来てるのか?」
「ごめん。グレンがバカにされて頭に血が上ったせいで、気が付くのが遅くなっちゃった。地中から猛スピードで何かが向かってくる」
「モンスターか」
「うん」
グラグラと地面が大きく揺れ始めた。
コイルたちも異変を察知したのか、じわじわと後ずさりする。
俺たちも後退し、2組の間にある程度の空間ができた。
「飛び出してくる!」
ネミリがそう言った瞬間、ズドーンと突き上げるような衝撃が襲ってきた。
思わず俺はバランスを崩すが、レイネが支えてくれる。
土埃が舞い上がり、地中から大きな影が飛び出してきた。
「んなっ!?」
「嘘だろっ!?」
俺とコイルの声が重なる。
飛び出してきたのはインフェルノモル。
破壊力抜群の獄炎を操る大きなモグラだ。
インフェルノモルは本来、このサングロワの森には現れるはずのないモンスターだ。
ただモンスターだって生物なので、生息するはずのない場所に現れることだってある。
それが実際に今ここで起きてしまった。
「ご主人様、どうしましょうか」
「指示があれば動くよー」
インフェルノモルの向こう側では、コイルたちが慌てふためいている。
対してレイネたちは、至って冷静だった。
2人を見ていると、俺も冷静さを取り戻せる。
「前に組んだ時のコイルの冒険者ランクから考えて、インフェルノモルを倒すのは無理だろうな。で、お前らはやれる?」
「デバフがかかってなければもちろん」
「デバフがかかっていても、もちろんやれます」
「よし、じゃあ頼んだ。結構な高ランクモンスターだ。ドロップアイテムも高く売れるし、冒険者ランクの上昇も近づくぞ」
「かしこまりました」
「あいあいさー」
インフェルノモルは、コイルたちの方に狙いを定めたようだった。
目があるんだろう部分に2つの赤黒い炎が宿る。
まずいな。時間がない。
赤黒い炎が2本の柱となり、コイルたちへと一直線に向かっていく。
逃げようとするが、速い。逃げられない。
「【破滅への導き手】」
「お、おい!何考えてやがるんだ!?死ぬぞ!」
動けなくなったコイルが、必死にこちらへ叫ぶ。
その言葉を、俺は座り込んだまま笑って流した。
すでに俺の両サイドに、レイネとネミリの姿はない。
「【
最初の3つはレイネとネミリに向けて、最後の【
といっても、全てこの場にいる全員にかかってしまうんだけど。
「ぐあっ!動けない!」
「いやー!死にたくない!」
「コイルさん助けてぇ!」
コイルたち3人が悲鳴を上げる。
獄炎が寸前まで迫る。
が、彼らがジューシーな焼肉になることはなかった。
「「【
レイネとネミリがそれぞれ1本ずつ、獄炎の柱を片手で受け止める。
すると、パキパキという音と共に柱が凍っていった。
氷結は炎だけにとどまらず、インフェルノモル本体にも及ぶ。
あっという間に巨体が凍り付いた。
きっとこれも、俺のデバフが無かったら森中が氷に包まれてるんだろうな。
「何で……動けるんだ……。確かに腕には印が浮かんでいるのに……」
地面に這いつくばったコイルが、2人を見て目を丸くする。
以前に俺のデバフを身をもって体感し、そして今も体感しているからこそ、2人の異常さが分かるはずだ。
「逆に動けないの?」
ネミリが振り向き、笑顔を浮かべた。
コイルは何も返答できずに押し黙ってしまう。
「一つ言っておきます」
レイネは振り向かず、逆にインフェルノモルへゆっくり歩みを進めながら言った。
「ご主人様はクッソクッソクッソ使えない冒険者などではありません。私たちはご主人様がいなければ戦えない。あなたの命が助かったのは、ご主人様のおかげですよ」
レイネが凍ったインフェルノモルに手を触れる。
「【
地中から先のとがった氷の柱が勢いよく飛び出し、インヘルノモルの体を凍ったまま貫いた。
これは確実に死んだな。
「それが分かったら、2度とご主人様をバカにしないでください。2度と私たちに関わらないでください」
ここへ来て初めて、レイネがコイルたちの方へ振り向く。
彼は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
俺の方からは見えないけど、きっと今のレイネはめちゃくちゃ怖い顔をしているのだろう。
そのビリビリとした殺気だけは、俺も感じ取ることができる。
「分かりましたか?」
「は、はひっ!」
圧倒的な力を見せつけられた直後の警告に、コイルはがくがくと頷く。
俺がデバフを解除すると、一目散に逃げだしていった。
2人の女性冒険者も後を追う。
「お疲れ様」
戻ってきたレイネとネミリに、俺は優しく声を掛けた。
「言いたいことが言えて、少しすっきりしました」
「俺もすっきりしたよ。ネミリ、こいつを街まで持ち帰るから収納よろしく」
「はいさー。【
ネミリが肉球ハンドでインフェルノモルを収納する。
予想外の大物が狩れたし、ひとまず冒険者協会まで帰るとするか。
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