第8話

 朝。

 目を覚ますと、トントントンというリズミカルな音が聞こえてきた。

 枕元で丸くなっていたはずの2匹の猫はいない。

 ベッドから起き上がると、徐々に美味しそうな香りが漂ってきた。


 キッチンを見てみると、ネミリが慣れた手つきで野菜を刻んでいる。

 その横ではレイネがせっせと洗い物をしていた。


「2人ともおはよう」


「おはよう、グレン」


「おはようございます、ご主人様」


「珍しいな。ネミリが起きてるなんて」


 普段だったら、レイネや俺が揺すっても起きず、最後には命令で起こされるのに。


「何か目が覚めたんだよね。そしたらレイネも起きてて、ご飯作れって言われた」


「なるほど。何か手伝うか?」


「ご主人様は座って待っていてください。もうすぐ出来上がりますので」


「むー。作ってるのは私なんだけど?」


「悪いな。ありがとう」


 お言葉に甘えて席に着く。

 そういえば、ネミリの料理を実際に食べるのはこれが初めてだ。


 少しして、ネミリがお盆に載せた朝食を運んできた。

 パンと野菜のスープというシンプルなメニューだ。

 2人もそれぞれの分を運んできて、食事の用意が整った。


「「「いただきます」」」


 3人で声と手を合わせ、朝食が始まる。

 どれどれ、スープを一口……


「……っ!?」


「ありゃりゃ?お口に合わなかった」


「いや……」


 俺は思わずもう1つスープを飲む。

 何だこれ。


「うますぎる!?」


「何でびっくりしてるのさ」


「だってこれ、特別な材料は何も使ってないだろ?俺が作るのと同じ材料で、ここまで味が違うなんて……」


「ふっふ~ん。そこが料理人の腕の見せ所だよ」


 ネミリが自慢げに胸を張る。

 料理が上手いとはいっても、ここまでだとは思わなかった。

 お世辞抜きに、今まで食べたスープの中で一番うまい。


「すごいな。寝てばっかりじゃなかったんだな」


「失礼な。戦闘の能力だってあるんだし」


「制御不能のな」


「それはお互い様でしょ」


 不毛な言い合いをしつつ、パンをスープに浸して食べる。

 マジで美味しいな。

 冒険者なんかより、料理屋を開いた方がよっぽど儲かるんじゃないか?


「洗い物は私にお任せください。得意分野ですので」


「ありがとう。片付けまで終わったら、少し作戦会議をするか」


「何の?」


「これからのことだよ。どうやって稼いでいくとか、どんな目標を持つとか」


「なるほど」


 一口に冒険者といっても、いろいろな人がいる。

 生活費を稼げればいいという人。

 最強を目指す人。

 ダンジョンの攻略に全てをかけている人。

 かわいい受付嬢にモテたいだけの人など。


 何にしても、目標を持っておくのは大切なことだ。

 個人的には生活費を稼ぐのはもちろん、ダンジョンにも挑戦してみたいが、それには踏まなければならない段階がある。

 一歩一歩、確実に積み重ねていかないといけない。

 だからこそ、ちゃんとこれからどうするかを考えておかないといけないのだ。


 というわけで、片づけをしてから作戦会議。

 レイネ1人に任せるのはさすがに申し訳ないので、俺も片づけは手伝わせてもらった。

 3人できれいに拭いたテーブルを囲み、話し合いを始める。


「まずこれから先、3人で協力しながら冒険者として稼いでいく。ここはオッケーだよな?」


 俺の問いかけに、2人ともそろって頷いた。

 いざとなれば命令で強制的に戦わせることもできるようだが、さすがにそんなことはしたくない。

 ちゃんと2人の同意がないことには、俺の新たな冒険者生活は始められないのだ。


「俺たちの能力を考えるに、今の暮らしを維持するお金を稼ぐことはさほど難しくない。ただ俺としては、どうせならもっと上を目指したいと思ってる」


「具体的にはどういったことでしょうか?」


「分かりやすい目標でいえば、ダンジョンの攻略に挑戦することだな。あそこにはBランク以上の冒険者しか入れない。そこは目指してみたいと思っている」


「なるほど。明確で分かりやすい良い目標だと思います」


「ありがとう。ネミリはどうだ?」


「んー、いいと思うよ」


「よし。それじゃあひとまずの目標は、Bランク冒険者を目指すということで」


 一般的な冒険者の場合、Bランクに到達するには数年かかると言われている。

 最初は力のない状態からスタートし、徐々に実力をつけながらランクを上げていくからだ。

 しかし今の俺は、Eランクながらすでにそれ以上の実力を手にしているはずだ。

 そこまでの時間はかからないだろう。


「疑問というか確認なんだけど」


 ネミリが手を挙げる。


「どうした?」


「私たちは冒険者登録してないしランクもないよね。扱いってどうなってるんだっけ?」


「召喚獣は規定上、主人の所有物として扱われる。武器やアイテムと同じ括りだから、冒険者登録も必要ない。剣に冒険者ランクも何もないだろ?」


「何ともひどい話だね」


「まあな。ただ俺は所有物とは思ってない。主人という意識もそこまでない。だから言いたいことは言ってくれ」


「じゃあ命令で起こすのはやめてほしい」


「却下」


「むー」


「ネミリ、いい加減諦めた方がいいよ」


 俺とレイネの前に劣勢になり、ネミリは口をとんがらせる。

 でもその顔は、どことなく楽しそうに笑っていた。


「さて、準備をして冒険に出かけるか」


 そう言って俺は席を立つ。

 Bランク冒険者に向けて、1日も無駄には出来ないからな。

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