16.街にお出かけしよう!
「ウィル、おはよう。それからお誕生日おめでとう!」
「あ、姉上……っ、おはようございます!それに、ありがとう、ございます……」
「今日のお出かけ楽しみね」
「……っ、はい!とても楽しみです!」
あのウィルと2人きりの
ウィルは私に少しずつ心を開いてくれるようになった。
あの日、声に出して泣いたウィルは泣き疲れたのか私に抱きついたまま眠ってしまったのだ。何とか部屋の外から侍女のリリアをウィルを起こさないように呼んでベッドに運ぶのを手伝ってもらった。
そしてこのまま私も部屋に戻ろうかな、と思ったのだが、ウィルの閉じた目からは涙が次から次へと溢れていたのだ。そんな状態のウィルを放っておけるわけもなく、私はタオルで優しく涙をふいてあげているうちに、ベッドの横についていた椅子に腰かけベッドに倒れ込む形でいつの間にか私も眠りについてしまった。
そして「……えっ!?」と驚いた声が耳に届き閉じていた目をゆっくり開くと、先に目を覚ましたウィルが私を見て驚いているのか固まっている。そしてその目元は赤くなっていて少し痛々しい。
「おはよう、ウィル。」
そう言うとウィルは少し慌てた様子で、「おっ、おはよう、ございます……?」と疑問形で返事をした。私がここで寝ていた事に対して驚きを隠せ無いのだろうとすぐに理解する。
「ごめんね、私も寝ちゃったみたい。」
「いっ、いえ、そんな……」
体を起こし窓の方を見るとまだ陽は昇っていて、そんなに長い時間は寝ていなかったのだと瞬時に判断する。
「あ、あの……」
「ん?どうしたの?」
「ぼ、ぼく……ごめんなさいっ!!クリスティ……あ、あねうえ……に、とても失礼な事を……」
その声は、私に怒られるとでも思っているのか酷く怯え、震えている。ただ、失礼な事。に関しては全く記憶にない。……それよりも、それよりも、だ。
「いま姉上って呼んでくれたわね!嬉しいわっ!」
私が呼び方を訂正すること無くウィルは私の事を姉上と呼んでくれた。そっちの方が私には一大事である。あまりに嬉しくて顔を緩めると、ウィルは不思議そうに私を見つめる。そして恐る恐るといったように口を開いた。
「……怒らない、のですか……?僕はあんなに失礼な事を……」
「怒る?なんで?」
「……だ、だって、ぼく……姉上の前で、泣いてしまいました……」
「……?それのどこを怒るというの?」
「っ!?怒らない、のですか……?」
「もちろんよ!そんな事言ったら幼い頃、私はよくお母様やお兄様に泣きついていましたわ。でも怒られた事はただの1度もないわよ?」
一体ウィルはどんな環境にいたのだろうかと、想像しただけで私が泣きそうになる。本当のご両親が厳しく育てたのかしら?この怯え方からしておそらく手を挙げられていたのだろう。一瞬頭や顔を守る仕草をしようとしたのを私は見逃さなかった。
「ねぇ、ウィル?泣くことは悪いことじゃないわ。泣くことで強くなる事もあるの。でもだからと言っていつも泣いていてもダメよ。悔しい時は泣いちゃダメなの。悔しい気持ちは強くなるのに必要よ。だから悔しい気持ちを涙で流してはダメ。
……でもね、悲しい時や辛い時は泣いていいのよ。もちろん、嬉しい時もね!この家にいる人は、誰もそれを怒ったりしないわ。だから大丈夫よ。」
安心させるようにウィルの手を取り優しく握る。そんな私の態度にウィルは少しだけ安心したようで、初めて柔らかい笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます、姉上……」
「~~~~っ!!!、」
もちろんその笑顔の破壊力はとてつもないもので、なんとか表情には出さなかったが、心の中では顔を両手で覆いゴロゴロとすごい勢いで様々な方向に転がって萌えている私が居る。
クーッ!と噛み締めるようにウィルの笑顔を脳内保存していると、ウィルは私にはもう警戒心を解いたのかそれ以降私にぎこちない笑顔を見せることは無かった。
そしてその日からウィルは私に懐いてくれるようになったと思う。食事をしに行く時もウィルは必ず私の後ろに隠れるように着いてきたし、私とは目を見て話すようになったが、両親やお兄様とはまだ目を見て話すことは出来ていない。
仲が悪い訳では無いが、私以外にはまだ心を開いていないのが目に見えて明らかである。
しかし、出来ることなら家族5人仲良くしたい。と私は考えていた。そしてウィルの勉強の時間にお父様とお母様、それからお兄様を集めて相談してウィルの誕生日パーティーを計画することにしたのだ。
元々ウィルの誕生日を聞いた時からお父様とお母様はノリノリで計画しようとしていたから、今回私の話を聞いて1番はしゃいでいたのは言わずもがなこの2人である。
お兄様も二つ返事で了承してくれて、ウィルの勉強の数時間を使ってできる限り綿密に私たちは計画を練ったのだった。
そして、ウィルの誕生日パーティー前日、私は明日一緒にお出かけしよう。とウィルに言うと、彼は嬉しそうに二つ返事で返してくれた。
このお出かけは誕生日パーティーの準備を隠すためのものであるが、ウィルはまだこの街に来てから1度も外に出ていないため私たちの暮らす街を見てもらいたかったって理由もちゃんとある。
そしてウィルに誕生日パーティーの事は秘密のままその日は訪れ、朝、ウィルに会った私はおめでとうの言葉とお出かけが楽しみだと伝えると、ウィルも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
朝食の部屋に着くと、先に来ていたお父様とお母様、お兄様がウィルを見て「誕生日おめでとう」と言葉をかける。
それに対しウィルはというと、私の家に来た日、お父様の後ろに隠れていたように、今は私の後ろに隠れて顔を見せることなく「……ありがとうございます」とお礼を言った。
それには両親もお兄様も苦笑いである。
もちろん私もそんな家族に苦笑いを返すしか無かったのだが。
さすがにこのままって訳にはいかないよなぁ……。
私の家族は優しい。それに今はまだこの家に来て1週間だ。だからこの態度でも許されているが、今後もずっとこの態度って訳にはいかない。というより、絶対にダメである。
私以外に懐かれるのも、想像したらなんだか寂しい気もするがそれでも多少は家族として歩み寄って欲しいと思ってしまうのは姉心だろうか。
そんなことを考えながら席に着くとウィルも私の隣の席に腰掛ける。
朝食は家族揃って。それが私の家の暗黙のルールである。
忙しいお父様は夕食を一緒に取る事ができない日もある。そのためせめて朝食はみんなでという願いからいつの間にか暗黙のルールになっていたが、特に反対する理由もないので私たちは毎朝一緒に朝食を取るようになった。
いつもは急ぎ気味に朝食をとるお父様も今日は誕生日パーティーの準備のためにお仕事をお休みしているため今日はゆっくりだ。
そして今は私という盾がいないため、ウィルはお父様やお母様から話しかけられると目線を下げつつも何とか言葉を返している。
そうそう、頑張れ。と心の中でエールを送るが、やはりその視線が上がることは1度もないまま朝食は終了する。
その後部屋に戻りゆっくりと休んでからお出かけの準備を始める。その格好は着慣れた町娘風の服装である。5歳の時、幼なじみのフィリップを避けるためによく町娘風の格好をして家を抜け出していたことを思い出して少し懐かしくなる。
私を呼びに来たら私は部屋にいないし、それどころか家にいないし、帰ってきたら町娘の格好なんかしてるもんだからお父様は半泣き状態で9割心配のお説教をよく受けたものだ。
あれからもう3年か……5歳だった私も気がつけば8歳になっていて、フィリップのフラグを回避してからというものこの格好をする事は無くなっていた。
さすがに当時の服はもう入らないため新しい服になるが、それでもどこか懐かしさを覚えるのはこの格好をして抜け出すのが好きだったからだろう。
なにも、楽しみなのはウィルだけでは無いということだ。
最後に私の誕生日にお兄様から貰った髪飾りを着けて貰うとどこからどう見ても普通の町娘の出来上がりだ。
早速玄関に向かうと、私同様普通の男の子の格好をしたウィル ――と、ユリウスお兄様がいて、ウィルは私を見つけた瞬間走って駆け寄ってきて私の後ろに隠れたのだった。
そう、今日は私とウィルとユリウスお兄様の3人でのお出かけである。
というのも、せっかく町娘の格好をしたのに侍女や護衛を付けていたら意味が無いからである。
そのため護衛が付かない代わりに、魔術も剣術も優秀なお兄様が一緒に着いて来てくれることになったのだ。
今日は初めてのきょうだい揃ってのお出かけである。
「お待たせ致しました、お兄様」
「ううん、僕もさっき来たところだから気にしなくていいよ。それよりも、ティアはどんな格好をしていてもすごく可愛いね。お姫様みたいだよ」
「……ありがとうございます、ユリウスお兄様。でも褒めすぎですわ。」
「そんな事ないよ、褒めたりないくらいだ。それに、その髪飾り。着けてくれててとても嬉しいよ。」
「これは私のお気に入りですの!プレゼントして下さりありがとうございます!」
相変わらず甘さ200%のお兄様に出かける前から胸焼けしそうになるが、やはり褒められて嫌な事はなく素直に嬉しいと思う。
……が、ウィルは色々な事が気に入らなかったようで私の後ろに隠れたまま少しむくれていた。
「今日は姉上と2人では無いのですか……?」
私の服をツンツンと引っ張ると子犬のような潤んだ瞳で私の事を見る。
ズキュン!!と矢が飛んできたのは言うまでもなく、あまりの可愛さに立ちくらみしそうになってしまった。危ない危ない。
「ごめんね、ウィル。内緒にしてた訳では無いの。今日は護衛を付けない代わりにお兄様が一緒に来てくれることになったの。お兄様はとても強いのよ!だから安心してお出かけできるわ!」
「……そういう事では無いのですが……」
私がお兄様の方を見ながらそう言うとお兄様も笑顔で応えてくれる。ただ一人、納得してないウィルの言葉が私の耳には届くことは無く、私たちは初めての3人でのお出かけに出かけたのである。
「ウィルは街に来るの初めてだよね?」
「はい!それに、僕、あまり外に出たことは無いから……」
「そうなのか。なら今日はウィルの気になった場所を見て回ろうか。」
お兄様が相変わらず私の陰に隠れるように隣を歩くウィルに話しかけると、初めての街に少し興奮しているのか、お兄様にも好意的に返事をしている。
今日で7歳、でもまだ7歳なんだ。人通りも多く店の並ぶ街並みを見てパァと表情を明るくさせる姿に子供らしさを感じ私は少し安心したのだった。
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