消えた兜 5
「まあ、それでは、フランシス様は二階の東の、スチュワート様のお隣の部屋を使われることになりましたの?」
晩餐の席で、フランシスの近くの席を勝ち取った妃候補の一人がころころと笑いながら言った。
ジュリエッタは三日間の謹慎の命令を受けていて、以前としてイレイズは部屋に閉じ込められたままなので、晩餐の席に集まった妃候補は、エルシーを含めて九人だった。
先日派手にジュリエッタ達三人と喧嘩をしたミレーユは、フランシスから少しばかり離れた席に座って、静かにカモのローストを口に運んでいる。
エルシーとクラリアーナとともにフランシスとスチュワートから遠い席に座って、少し疲れたような顔のフランシスを眺めていた。
女性が苦手なフランシスは、妃候補たちの相手をすると疲れるそうだ。それでも無碍に扱わないだけ、彼は優しいと思う。
「晩餐のあとでお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ぜひ、お部屋でお話したいですわ」
部屋を移ったと言っても、だから何かが変わるわけではないのに、妃候補たちはこれ幸いとそれをきっかけにフランシスの部屋へ行く許可を得ようとしている。
フランシスは作り笑いのようにぎこちない笑みを浮かべて、首を横に振った。
「それならば今度にしてくれないか。ベリンダの件も、例の騎士の正体もわかっていないのだから、特に夜は不用意に出歩かないようにしてほしい。何かあってからでは遅いのだからな」
諭すようにフランシスが言えば、彼の近くの妃候補たちが「きゃあ」と黄色い声を上げた。「陛下がわたくしの心配をしてくださるなんて……」と頬を押さえている。
(改めて思うけど、陛下って本当に人気ねえ)
整った顔立ちをしているし、緑色の瞳はとても優しそうだ。国王陛下と言う尊い身分がなくとも、誰もが放っておかないだろう容姿をしている。
(でもどうして陛下は女性が苦手なのかしらね?)
過去に何かあったような口ぶりだったけれど、それが何かはエルシーは教えられていなかった。言いたくないことのようだから聞き出すようなことはしないけれど、ちょっと気になる。
もしフランシスが過去になにかのトラウマを抱えているのならば、それを克服する手助けができないだろうかと思ってしまった。修道院には悩みを抱えて相談に来る人が多かったし、それをカリスタやシスターたちが聞き、彼らの心が軽くなるように優しく導いていたことを知っていたからだ。ここにはカリスタもシスターたちもいないから、僭越ながらエルシーにできることがあれば力になってあげたい。
しかし、こちらからそれを言うのは図々しすぎるだろう。ならばフランシスから相談してくれるのを待つしかないが、彼は悩みを打ち明けてくれるほどエルシーを信頼してくれているだろうか。
(陛下は優しいし、できることなら幸せになってもらいたいわ)
エルシーは身代わり。来月の里帰りの時には異母妹セアラと入れ替わることになっている。だから、フランシスの悩みを聞くことができる機会は残りわずかしかない。
このまま何も聞かずに修道院に戻ったら、フランシスのことが心配で毎日彼のことを考えてしまうかもしれなかった。
「それから今日からの注意事項だが、夜には護衛の騎士を配備するが、毎日彼らに徹夜させるわけにもいかない。今夜からは、深夜十二時まで警備をつけるが、朝までは一時間ごとの見回り以外、部屋の前に警備の騎士を置かないこととするから、各自部屋にはきっちり施錠をして休み、朝まで決して部屋の外へ出ないように」
フランシスが少し大きめの声で、部屋の全員にいきわたるように注意をした。
エルシーはちらりと隣のクラリアーナを見た。
ワインを飲んでいたクラリアーナはエルシーの視線に気が付いてニコリと笑う。そして、一瞬だけ唇に「しー」と言うように人差し指を立てた。フランシスが大声で言ったこの注意こそがクラリアーナの作戦だと知っているエルシーは、黙って頷く。
(それにしても……大胆な作戦よね?)
エルシーはフランシスの部屋でクラリアーナが語った作戦を思い出した。
――ベリンダ様を探す必要はございません。あちらから来てもらえればそれでいいのですからね。
そう言ったクラリアーナは実に楽しそうだった。
――ベリンダ様の目的はわかりませんが、おそらく、彼女はまた陛下の部屋に来るはずです。今のところ、陛下の部屋に侵入し、留守だったためにすごすごと引き下がっただけですからね。ここまで大掛かりなことをしたのですから、それなりの目的があるのは間違いありません。
――それには同意するが、ベリンダから来させると言っても、そうそううまくいくのか?
――これはわたくしの勘ですが、ベリンダ様には協力者がいるはずです。一人で身を隠し続けるのは困難ですもの。ですから、その協力者を使って、ベリンダ様をおびき寄せるのですわ。
――つまり?
――まず、陛下は、新しい部屋の場所と、今夜城内の警備が手薄になることを晩餐の席で周知してくださいませ。わたくしの勘では、ベリンダ様の協力者は妃候補の中、もしくは彼女たちの侍女の中にいるはずです。晩餐の席で周知いただければ、その者はきっとベリンダ様に伝えるはず。警備が手薄な夜という絶好の機会をみすみす逃すとは思えません。
なるほど、とフランシスが頷いた。
――つまり、俺の部屋に進入してきたところを捕えろ、と。
――ええ。
クラリアーナが首肯すると、それまで黙って話を聞いていたスチュワートが難しい顔で口を挟んできた。
――しかし、そんなことをしてもしフランシスに何かあったらどうする。
フランシスは国王だ。自らおとりになるようなことはするべきではないと諫めるスチュワートに、クラリアーナは艶然と微笑んだ。
――大丈夫ですわ。それについても、策がありますから。
ふふふ、と楽しそうな笑いを浮かべたクラリアーナを思い出して、エルシーはこっそりため息をついた。
フランシスとしてもこの件を長引かせたくないようで、結果的にクラリアーナの作戦は採用されたけれど、本当に大丈夫だろうか。
食後のデザートが運ばれてきて、エルシーはヨーグルトムースのガラス容器に視線を落とす。ベリーソースがかかっているヨーグルトムースはとても美味しそうだが、今夜のことが心配だからか、あまり味がわからない。それでも残すわけにはいかないから口に運んでいると、離れたところに座っているフランシスと視線が絡んだ。
ふっと優しそうに微笑んだフランシスが、心配するなと言っているように見えた。
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