第112話 何か人間界に来てから、色々悪化していないか……?――魔王・ローズ

「ふう。あれが本物の“聖女”か。わかってはいたが、実物は完全なる子どもだな」


 ホーリー侯爵家の客間で、我は呟いた。

 そんな我を椅子から恭しく抱き上げ、ベッドまで運んでいくのはアイビーだ。


 ――我らは今、マキウス王国に潜り込んでいた。

 なぜかアイビーと夫婦の役を演じることになってしまったのだが、まあそれでアイビーが嬉々として動いてくれるのなら大したことではない。

 何せこの国に入った瞬間、聖女の力のせいで我は歩行も困難になってしまったのだからな。

 正確には歩けるのだが、体にかかる負荷が尋常ではない。

 元々我は、常に体を切り刻まれているような痛みを感じるのだ。それは四肢の切断面に特にひどく、魔界では四つ足で這いつくばっていたからこそ移動できていた。

 だが人型となると、二本足で歩かねばならぬ。立つだけでも太ももの付け根がちぎれそうなほど痛いのだ。

 そこへ聖女の力が負荷となってのしかかることで、痛みはより一層増した。

 そもそも、人型を保っているのもつらいくらいなのだ。


「舐めていたが、やはり聖女の力というものは恐ろしいな。女神の加護がついているだけある。アイビー、お前はなぜ平気なのだ?」

「さあ……ですが私が平気というよりは、主様にだけ負担がかかっているのでは? ショコラやキンセンカも、主様のような症状はありませんでしたから」

「それもそうかもしれぬな……」


 ショコラにキンセンカ、か。

 キンセンカは捕まっているため別として、あの黒猫を見つけたら一発きついお仕置きを入れてやらねば。


 そう思いながらも、我はずずずとベッドに体を沈ませた。

 ホーリー侯爵家は人間の中でもかなりの地位と権力があるようで、どこを見ても家具は高級品ばかりだ。


「それにしても運がよかったですね。まさかこんなに早く聖女にたどり着けるなんて」

「そうだな。あの父親が何を企んでいるかはわからんが……こちらは都合よく利用させてもらうだけだ」


 我には、未来と過去を視る千里眼がある。

 かつて我がまだ良き存在であった頃、我はこの力を使って人間たちに叡智を授けていた。


 だが、今はそれも無用の長物。

 我の願う未来は、ただひたすらに破壊と闇がもたらす安寧のみ。

 それゆえ長い間使っていなかったのだが――アイビーが言ったのだ。


「それをエサにすれば、向こうの方から招いてくれるのでは。人間の王族は少しでも面白いものは、やたら自分の元に呼び寄せようとしますから。踊り子とか詩人とか学者とか」


 確かにそれは一理あると思い、アイビーの言うまま魔術師夫妻として振る舞っていたら、本当にホーリー侯爵がのこのことやってきたというわけだった。


「聖女に直接会うのは、これで二回目か……」


 一回目は、聖女を異世界から連れ去った時。

 あの時はただ、放っておいたらすぐにでも死にそうな子どもを適当に連れて来ただけだった。


 だが今の聖女は、その頃とは比べ物にならないほど健やかに成長している。

 魔王である我が健やかという単語を使うのもおかしいが、子どもというものは肌艶がよくなり、身だしなみに清潔感が出るだけで見違えるように変わるものだな。

 鏡越しに姿は見ていたものの、自分の目で直接見るとやはり違う。


「明日は聖女も見てみたいな。あの様子だと、厄介なスキルに目覚めている可能性も高い。現に、母親の女には“剛力ごうりきしん”とかいう謎のスキルが付与されていた。あれも聖女の力だろう」


 千里眼は、目を合わせた生き物の過去も見える。

 聖女の母親役をしている女を見たところ、聖女によって不思議なスキルが付与された経歴があった。


「“剛力神舞”? ……なかなか癖の強いスキル名ですね。見た目は普通の女性なのに。身体強化の類ですか?」

「恐らくな。本人に自覚があるかはわからんが、あのスキルが発動したらショコラですら敵わぬのではないか」

「そんなにですか? それ、人類最強になりませんか?」

「……かもしれんな」


 あのたおやかな体にそんな力が秘められているとは、誰も予想できないだろう。我も気付いた時はぎょっとしたものだ。


「そういえばショコラも言っていましたね。飴ちゃんを降らせられるようになったとかなんとか」

「ああ、そういえばあったな……」


 ショコラが裏切る直前、なぜか「毒を飴ちゃんに変えられるようになりました!」とか言って、嬉々として飴を渡されたことがある。

 確かに味はなかなかおいしかったが、なぜに飴……と思ったものだ。


「子どもだからだろうか。聖女の考えることはわからぬ。同じように、周りの人物らにも何か付与しているやもしれぬ。まずはそれを調べねば」


 体が思うように動かぬ以上、力任せの攻撃は危険だ。ならばじっくりと奴らのことを調べ上げるまで。


 幸い、今のところは疑われていないしな……。


 我が考えていると、ベッドの隣にもぞもぞとアイビーが入って来た。


「…………おい、何をしておる。なぜ同じベッドに入ろうとするのだ?」

「主様。我々は今夫婦設定なのです。ならば同じベッドで寝なければ」

「ソファに行けソファに! あそこに馬鹿でかいソファカウチがあるだろう!」

「いけません主様。いつなんどき誰がやってくるかわかりません。別々に寝ているところを目撃されては怪しまれてしまいます」

「夜間に客間に侵入してくる輩がいたら、そっちの方がよっぽど不審者だろうが……」

「大丈夫です。やましいことは何もしませんので」

「当たり前だろう! そんな選択肢すらないわ」

「信じていただけているようで何よりです!」


 アイビーはニコッと笑うと、そのまま我の隣でスヤスヤと寝始めた。


 こやつ…………何か人間界に来てから、色々悪化していないか……?


 苦い気持ちで考えながら、我も目をつぶった。


 魔界の夜とは違う、人間界の夜。

 それは静かながらも、同じ建物の中で何人もの人間や動物たちが生きているのがわかる不思議な夜だった。





***

(花粉症つらすぎて寝込んでいました更新遅れてごめんなさい……!)

ゴリラ神舞……じゃなかった剛力神舞持ちのエデリーンさん、たぶん、武力だけだとユーリより強い(小声)

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