第93話 私たちにすべきことはひとつだけ
まず、朝食にユーリ様が姿を見せることがなくなったの。
そして寝る時も、私とアイのふたりきり。さらには城内のあちこちでユーリ様とリリアンが仲睦まじく話をする姿が目撃されるようになっていた。
もちろん、そんなことを放っておくような私ではない。
すぐにユーリ様に話をしに行ったわ。
けれどあの日以降、ユーリ様の周りには例の護衛騎士たちがうろつきまわるようになり、私ひとりの時は必ずと言っていいほど断られた。
それでもユーリ様は変わらずアイの様子を見にきてくれていたから、その時に話すことにしたの。なんとなくアイには聞かれたくなかったから、アイが他のことに夢中になっているすきに、私はそっとユーリ様のところへ行ったわ。
「ユーリ様」
「何だい、エデリーン」
呼びかけに答えたユーリ様の顔は優しく穏やかで、いつも通り……本当にいつも通りの様子だったの。それどころか、私を見る瞳はいつも以上に嬉しそうで、アイを見る時同様、とろけてすらいる。
その態度は真剣な表情で向かった私とは雲泥の差で、思わず動揺してしまったわ。
「どうしたんだ、顔色が悪い。どこか具合が悪いのか?」
さらにユーリ様は、戸惑う私に対して本当に心配そうにおでこに手をあててきたの。
「いえ、どうしたと聞きたいのはこちらの方ですわ……!?」
私は戸惑いながらも言った。
「ユーリ様。どうして朝食を家族みんなでとらなくなりましたの? どうして夜、私たちと一緒に寝なくなりましたの? 何か理由があるのなら、教えてほしいのです」
私が真剣に聞くと、今度はユーリ様が目を丸くした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔という表現があるけれど、今のユーリ様の表情はまさにそれだった。
「どうしてって……エデリーン、そもそも君が私に来るなと言っただろう?」
「えっ?」
私が? どういうことですの?
そう思って、私がさらに深く聞こうとした時だった。
「うっ……!」
ユーリ様が突然、額を押さえて苦しみ始めたのよ。
「ユーリ様!?」
「パパ!」
「国王陛下!?」
周りにいた人たちが、血相を変えて一斉に駆け寄ってくる。
「誰か! お医者様をお呼びして! ユーリ様は横に!」
私の声に、双子騎士たちがバタバタと走って行く。そのまま私が、ユーリ様をソファに横たわらせようとした時だった。
「国王陛下、ソファではなくお部屋でお休みになった方がよいのでは?」
進み出たのは、ずっと私の後ろにいたリリアンだ。
「そ、そうね。ではお手を」
「いえ、国王陛下はわたくしが案内いたしますわ。ね、“ユーリ様”」
リリアンはにっこりと微笑んだ。それからさも当然と言わんばかりの態度でユーリ様に対して手を差し出す。
私はあぜんとした。
ユーリ様呼びといい、今の行動といい、さすがにそれは
けれど私がそう注意するよりも早く――ユーリ様がリリアンの手を取ったのよ。
「すまない……。最近よく立ち眩みが起こるんだ」
そう言ってリリアンに向けられた瞳は、この上なく優しくて。
ガンッ、と頭を殴られた気がした。
「っ……!!!」
目を見開き、言葉を失う私の前で、優しく微笑んだユーリ様が皆に向かって言う。
「皆に心配をかけてすまない。だが少し休めばすぐによくなるから、心配しないでほしい」
その表情に後ろめたさは、微塵もない。
そのままユーリ様とリリアンは部屋を出ていき、残された私たちには気まずい沈黙が流れた。三侍女や双子騎士が、皆戸惑いの表情で顔を見合わせている。
「あ、あの、エデリーン様……! 今の、いいんでしょうか!?」
ためらいながらも、ずいと進み出たのは侍女のアンだ。
「リリアンは悪い子じゃないですが、その、さすがに今のはおかしいんじゃ……!?」
「あたしもそう思います」
「あの、あたしもぉ……」
続いてラナやイブもうなずく。アイだけはまだどういうことがわかっていないらしく、きょとんとしている。ある意味、理解しないでいてくれて助かったけれど。
「私もそう思うわ。リリアンはあくまで私の護衛騎士。先ほどの態度は注意しなければいけないわ」
……けれど。
他の誰でもない、ユーリ様が許容してしまっている。
それをどうとるべきか。
私はすぐに答えを出せなかった。
「皆に心配をかけてごめんなさい。でも、今はユーリ様の体調がすぐれないようだし、また日を改めて私の方から聞いてみるわ。そしてリリアンにも、行動を慎むよう注意するつもりです」
その返答に、三侍女たちはほっとした顔になった。
「ですよね! ユーリ陛下もきっと体調が悪かったせいですね。早く、治るといいですね」
「あっ! あたし双子たちを呼び戻してきまぁす! まだお医者さん呼びにいったままですよね?」
「そうね、お願いできるかしら?」
言いながら、私は皆に気付かれないよう、そっと詰めていた息を吐いた。
心臓は、まだドキドキしている。
先ほどリリアンに対して微笑みかけるユーリ様の顔が、目に焼き付いて離れない。
でも、ここで私が動揺している場合ではないのよ。
だって、先ほどのアンたちの態度からもわかるように、リリアンのことは私たち夫婦の問題だけではすまないんだもの。
かつて、先代の国王が好き勝手振る舞ったせいで、サクラ太后陛下は力を失くしてしまった。状況は違うけれど、私たち夫婦の問題は王宮全体、ひいては国全体に影響を及ぼしてしまうことには変わりない。
……何が起きているのか、慎重に見極めないと。
考えて、私は冷たくなった手をぎゅっと握った。
もし、私とユーリ様の間に何かあったら……私はともかく、私たちを親として慕うアイは、どうなってしまうの?
ひどい親だったとは言え、私たちはあの子から血の繋がった親を引き離したのだ。
ならば、私たちにすべきことはひとつだけ。
あの子が心から笑える、信頼できる家庭という場所を、絶対に作らなければいけない。
もちろん、私たちはまだ親として未熟で至らないところも多く、完璧とは程遠い。
だとしても、少しでもあの子のためになるよう努力を続けるのが、親としての、私の義務なんだもの。
再度強く決意し、私は顔を上げた。
ユーリ様に何があったのかは知らないけれど、必ず理由を突き止めるわ。
だってあのユーリ様なのよ? そりゃ、情けない所も不器用な所もたくさんあるけれど……彼ほどまっすぐで、誠実な人間を、私は他に知らない。
例え本当にリリアンのことを愛してしまったのだとしても、少なくともアイに顔向けできなくなるようなことはしないと、信じているの。
「ママ? どうしたの?」
黙り込んだ私を、アイが不思議そうに見上げてくる。
「ママね、もっと頑張らなきゃと思って、自分に気合を入れていたの」
私がしゃがんで目線を合わせると、アイはにこっと笑った。
「ママは、いつもがんばってるよ? いいこ、いいこ」
無邪気に言われたその言葉と、背伸びして私の頭を撫でるアイの手が優しくて、私は不覚にも一瞬涙ぐみそうになってしまった。
……大丈夫よ、アイ。アイの居場所は、ママが絶対に守ってみせるわ。
***発売まであと1日。明日もお昼12時更新予定です。
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